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第12話 柚木さん、比奈子と岩袋ランチ

 比奈子と柚木さんがUFOキャッチャーを代わる代わる操作したが、ぬいぐるみを取ることはできなかった。


 見かねて俺が、貴重な五百円を財布から取り出して、小犬のぬいぐるみをなんとかゲットした。


「ええと、じゃあ柚木さんに、これ」


「あっ、はい」


 比奈子に渡そうか、瞬間的に悩んだが、柚木さんにあげることにする。


 柚木さんが小犬のぬいぐるみを抱える。原寸大の小犬くらいの大きさだから、邪魔になるか。


「あ、ありがとうございます」


「いや、別に。そんな大したものじゃないから」


 女子にプレゼントなんてしたことがないから、すごく恥ずかしい。


 比奈子がすかさず拗ねると思ったのに、


「ええーっ、にいからもらったんだぁ。ことちゃん、いいなぁ」


 意地悪な顔で柚木さんに詰め寄ったから、柚木さんが途端に赤面した。


「ひなちゃんっ!」


「にいがとってくれたぬいぐるみ、僕も欲しいなぁ」


 比奈子が柚木さんの後ろから抱きつく。あたふたする柚木さんの陰から俺を見て、にんまりする。


 この野郎、俺たちをからかって楽しんでやがる。


「だったら、お前の分もとってやるよ。ほら、百円出せよ」


「ええーっ、やだー。百円出せとか、かつあげみたいーっ」


 くっ、比奈子め。


「妹からお金を取ろうとするなんて、なんて怖い兄貴なんだろうねぇ」


「もう、ひなちゃんってばあ」


 比奈子の思惑がだんだん見えてきたぞ。


 俺と柚木さんの微妙な距離感をいじって、遊び倒すつもりなんだな。


 浅知恵で俺たちを振り回すつもりだろうが、そうはいかないぞ。


 ゲームセンターの店内をまわって、腹が減ったので昼食のとれる店を探す。


 休日の岩袋は若い人でごった返しているから、道を歩くだけでも一苦労だ。


 スマートフォンで電話しながら歩く金髪の女性。俺と同い年くらいの男四人のグループ。


 そして、人目も憚らずにいちゃいちゃするカップルたち。大都会の岩袋では見慣れた光景だ。


 路地裏の暗がりから、埃や焦げ臭い空気が漂っている。


 道路にはポイ捨てされた煙草の吸殻や空き缶が転がっていて、お世辞にもきれいな街とは言えない。


「あ、ここっ。前にテレビで紹介されてたお店だ!」


 比奈子が指したのは、店の扉の上にでかでかとかけられたカフェの看板だった。


「ひなちゃん。有名なお店なの?」


「うん。よくわかんないけど、レポーターの芸人がいろいろ言ってたっ」


 いろいろ言ってたんじゃなくて、このお店の看板商品の食事レポートをしてたんだろ。


「じゃ、このカフェでランチにするか」


「オッケーっ」


 ガラスの扉を押して店内を覗く。


 狭いフロアに四人掛けのテーブルが四つ並び、奥にはカウンターが設置されている。


 人気の店なのか、同い年くらいの女子たちで店内が占領されている。


 どの席からも、うるさい話し声や笑い声が聞こえてくる。数分間滞在しただけで鼓膜が破れそうだ。


「あそこのテーブルが空いてるよ!」


「ほんとだっ。早く座ろう!」


 比奈子と柚木さんが、客のいないテーブルへ飛び込んでいく。


「にいっ、早く!」


 他の客の目が気になるけど、みんなおしゃべりに夢中だから、俺のことなんてきっとだれも見ていない。


 テーブルの隅に立てかけてあるメニューブックを広げる。


 料理は、ワッフルやパンケーキを女子受けしやすいように、デコレーションしたものばかりだ。


 デザートじゃない食事らしいものは、パスタとクラブハウスサンドしかない。


「わあっ、どれもおいしそうっ」


「ほんとだねっ」


 比奈子と柚木さんは、デザートの数々に心を奪われているようだ。


 柚木さんが興奮しながら俺を見て、


「先輩は、何がいいですかっ?」


「俺は別に、なんでも」


 急に聞かれたから、素っ気なく返してしまった。


 比奈子がむふふと笑って、塔のようにそびえるジャンボパフェの写真を指した。


「じゃあ、にい、これ食べれば?」


「食えるかっ」


 お腹が空いているから、デザートは食べたくない。カルボナーラとホットコーヒーを注文しておこう。


「ねえ、ことちゃん。昨日のチアガール観たっ?」


「うん、観たよっ。そらちゃん、可愛いかったねっ」


「そらちゃん可愛いよねぇ。チアのユニフォームも可愛いもんね。僕も着てみたいなぁ」


「わたしもぅ」


 ふたりが話しているのは、昨日に放送されていたドラマだな。


 青葉あおばそらっていう、最近デビューした女優が主演を務めているから、うちのクラスでも人気なんだよな。


「うちの高校のチアのユニフォームと全然違うよね。なんであんなに違うんだろうね」


「そうだよねぇ」


 運ばれてきたカルボナーラをフォークに巻きつける。


 テレビで紹介されたというだけあって、味はなかなかおいしい。


 太めでこしのあるパスタに濃厚な卵が絡まって、絶妙な味わいを生み出している。


 黒胡椒くろこしょうのスパイシーな風味も食欲をそそらせる。


 かりっとしたブロックベーコンの食感も文句なしだ。


「おいしいですか?」


 柚木さんがテーブルの向こうで微笑んでくれる。


「ああ、おいしいよ」


「よかったですね。カルボナーラ、おいしそうですっ」


「柚木さんのパンケーキもおいしそうだよ。俺もそれにすればよかったな」


「よかったら、少し食べますか?」


 柚木さんが食べているのは、どら焼きくらいの大きさのパンケーキに、いちごと生クリームが乗っているストロベリーパンケーキだ。


 パンケーキは三段にかさなって、真紅の苺ジャムがお皿を鮮やかに彩っている。


 せっかくの申し出だけど、柚木さんの食べかけをいただくのは気恥ずかしい。


「いや、いいよ。なんだか悪いし」


「そうですか」


 柚木さんはフォークを置いて、パンケーキをじっと見つめていた。少しの間があって、


「ひとりだと食べ切れないから、先輩に食べて欲しかったんですけど」


 俺の顔色をうかがうように見上げて言った。


 量が多いから、俺に少し食べて欲しいのか。それなら食べた方がいいか。


「そういうことなら、少しもらおうかな。俺はまだ食べられるし」


「いいんですかっ?」


「俺でよければ、いくらでも食べるよ。ジャンボパフェは、さすがに食べられないけど」


「ありがとうございますっ!」


 柚木さんの表情が、ぱあっと明るくなった。


「お皿に移さないと食べられないから、店員さんに言って取り皿をもらおうか」


「はいっ。あ、わたしが呼びますっ」


 柚木さんはやっぱり可愛い子だ。笑顔を見るたびに、気持ちがくらっともっていかれてしまう。


 カルボナーラを運んできた女性の店員が、ふたつの取り皿を持ってきた。


 それを受け取る柚木さんのとなりで、比奈子が不敵な笑みを浮かべた。


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