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第118話 後輩の村田になぜか忠告される

 駅まで続く長い下り坂を歩く。


 歩道に大きな水たまりがたくさんできていて、歩きづらい。


 村田くんは水たまりを避けながら、俺の後ろについてくる。


「先輩、ゆずと仲いいんすね」


 村田くんが控え目な感じで口を開く。


「あいつが文研に入部してるのは知ってましたけど、あんなに楽しそうにしてるのは初めて見たなあ」


 柚木さんのことを「ゆず」と呼んでいる。柚木さんとそんなに仲がいいのか。


「文研って、よっぽど楽しい部活なんすね。俺も楽しい部活に入りてえなあ」


 柚木さんを、いつもあだ名で呼んでるのか。


 ふたりの仲のいい様子を想像すると、胸のあたりがむかむかしてくる。さっきから、どうしてこんなにいらいらしてるんだ。


 駅前の交差点を超えて、目の前にデパートが聳えている。


「二階のカフェでいいよね。他でまったりできる場所は知らないから」


「ええ。どこでもいいっすよ」


 デパートへ入って、エスカレーターで二階へ上がる。


 夕食前の時間帯のせいか、店内はかなり空いている。客は四組くらいしかいない。


 レジカウンターでカフェラテを注文する。


 夕食の前だから、コーヒーを飲む気分じゃないけど――。


「先輩はカフェラテが好きなんすね。へえ」


 村田くんが、カウンターのメニューを覗きながらつぶやいた。


「カフェラテを注文するのは普通だと思うけど。なんか文句ある?」


「いや、別に。そういう訳じゃないんすけど」


 レジカウンターの向こうにいる店員が、少し困った感じで村田くんに微笑む。


「お客様のご注文は、決まりましたか」


「俺はアメリカン。ブラックで」


 村田くんが得意満面で言い張った。


 俺は甘くないブラックコーヒーが飲めるから、お前より大人だと言いたいのか。嫌なやつだな。


 カフェの受け取りカウンターでカフェラテを受け取って席へ移動する。


「それで、村田くんは文研に入りたいの? 入部するんだったら、俺に言うんじゃなくて、顧問の高杉先生に相談すべきだと思うけど」


 窓際の二人掛けの席につき、たかぶる気持ちを抑えて話を切り出してみる。


 だが、村田くんは従順な表情で、


「そうなんすけど、文研のことを何も知らないのに入部するのは不安なので、先輩からいろいろ教えてほしいんです」


 俺の意見をやんわりと否定する。


「何も知らないから不安だという気持ちはわかるけど、そんなに構えなくてもよくない? 文研は運動部みたいに厳しい部活じゃないんだから、不必要に怖がらなくてもいいと思うけど」


「そうすけど、入部する前に情報収集をしておきたいじゃないすか。入部してみて自分のイメージと違ってたら困るんだし」


 まるでロックバンドに入るときみたいなことを言うんだな。


「入部した後のリスクを心配してるんだね。理由は納得したけど、文研のことを聞きたいんだったら、柚木さんに聞けばよくない? 柚木さんと仲がいいんでしょ」


 村田くんの一連の言動は、かなり不自然だ。


 文研に入部したいと言っている後輩を、邪険に扱うのは気が引ける。しかし、この子を素直に受け入れる気分になれない。


 村田くんがむっと口を閉ざす。うつむいて、わざとらしく俺を見上げて、


「先輩は俺のことが嫌いなんすか」


 また意味のわからないことを言った。


「そんなことはないけど。どうして、そう思うの?」


「どうしてって、俺に突っかかってくるじゃないすか。俺は先輩から話を聞きたいだけなのに」


 そういう物言いが、かちんとくるんだけど。


「俺、先輩に何か悪いことをしましたか?」


「別に嫌じゃないよ。俺は、自分が感じたことを言ってるだけだから」


「それなら、いいんすけど」


「柚木さんと喧嘩でもしてるの? それなら、俺を頼るのもわかるけど」


 文化祭の二日目の記憶を、はっきりと思い出した。


 柚木さんはあのとき、我を忘れて怒っていた。


 あんな関係だったら、柚木さんに相談することはできないな。


 ほっと胸を撫で下ろす。いや、ふたりの関係がうまくいってないのに、安心すべきじゃないだろう。


 村田くんが、また口を閉ざす。真剣なまなこで俺を正面から見つめる。


 やや緊迫した沈黙がしばらく流れて、


「あいつと喧嘩してるっていうか、あいつは嫌なやつだから、俺が聞いたって何も教えてくれないすよ」


 村田くんがまた意味深なことを言った。


 柚木さんに聞いても教えてくれない?


 真面目で優しい柚木さんが、そんな意地悪をするなんて、俺には想像できない。


「先輩は、俺が文化祭のときに文研の部室に行ったときのことを覚えてますよね」


「え、あ、ああ」


「あいつ、すげえ嫌なやつだから、気を付けた方がいいっすよ」


 村田くんがテーブルに肘をつく。身をずいと乗り出して、


「あいつは、先輩の前で猫を被ってるだけなんすよ。あいつがいい子ちゃんぶるのは最初だけだぜ。いつものことさ」


 柚木さんの悪口をしゃべり出す。


「俺だってさ。最初の頃は仲がよかったんだ。小学校でおんなじクラスだったときは、あいつのうちへ何度も遊びに行ったし、あいつだって俺んちへ遊びに来た。あいつの親だって俺のことを知ってるし、あいつが引っ越した後もよく遊んでたんだ」


「へえ。そうなんだ」


「言わば幼馴染さ。あいつが引っ越してさ、学校に友達がいないって泣き叫ぶから、俺は仕方なく、あいつのうちへ遊びに行ってたんだ。電車でわざわざ衣沢にまで行ってたんだぜ。それなのによ、なんなんだよ、あいつはっ」


 村田くんが右手でテーブルを叩く。


 カフェラテの入っているプラスチックのカップが、わずかに浮いた。


「中学んときに喧嘩してから、この通りさ。今じゃ、もう学校で口も利いてくれねえ。あいつは、そういう女なのさ」


 柚木さんがそんなにひどい子だったなんて、俺には信じられない。


 こいつの言っていることは、全部でたらめだ。俺は彼女を信じるぞ。


 村田が俺を突き上げるような感じで見上げる。にっと口元を不自然に歪めて、


「あんただって、今にそうなるぜ。今は部活で利用価値があるから、あいつはあんたにいい顔をしてるだけなんだ。だから、勘違いしない方がいいぜ。利用価値がなくなったら、あいつは容赦なくあんたを見捨てるぜ。俺みたいにな」


 俺に滔々と説教じみたことを話しはじめる。後輩だというのに。


「空き缶をぽいって、道端に捨てるのとおんなじさ。あいつは猫を被ることが得意な、超わがまま女だからな。部活じゃ、あんたの前で超いい子ぶってるけど、本音はあんたのことなんて、どうでもいいと思ってるのさ。とんでもねえビッチだぜ」


 そんなはずはない。柚木さんの笑顔は本物だ。


「俺は忠告したからな。気を付けなよ。あいつの猫被った姿に油断すんじゃねえぜ」


 村田の乱暴な言葉を全否定しながらも、なぜか耳を傾けずにはいられない。


 礼儀を知らない後輩の言葉なんて、無視すればいいんだ。


 それなのに、俺は……。


 村田に反論したいけど、喉がからからに乾いて痛い。俺は奥歯を噛みしめることしかできなかった。


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