第110話 柚木さんとの関係は
「くみちゃん。にいなんかと話してないで、またいっしょにゲームやろう!」
比奈子がソファへ飛び込んでくる。
戸惑う四橋さんの両手をつかんで、胸元へ強く引き込んだ。
「うんっ」
「でも義経と弁慶でまたやったらつまんないから、キャラを替えてやろうっ」
「今度は、だれとだれでやるの?」
四橋さんが問うと、比奈子が「うーん」と首をかしげて、
「頼朝と平清盛とかでいいんじゃない?」
ものすごく適当に答えやがった。
「じゃあ僕は頼朝でやるから、くみちゃんは清盛ね」
「あ、あたしが、清盛なんだ」
四橋さんが、やや不満そうにコントローラをつかむ。比奈子はのりのりだ。
「無双って、楽しいですねっ」
柚木さんが笑顔でソファへ戻ってきた。
「そうでしょ。操作が簡単だし、敵がいっぱい倒せると気持ちいいからね」
「そうですよねっ。最初はちょっと怖かったんですけど、やってみたら意外と簡単でしたから、安心しました!」
キャラクターのレベルがMAXだから簡単なんだけどね。
「ゲームだから、史実と異なるところは多いけど、武将や戦場は割と史実に忠実だからね。歴史好きとしては、そこは大きなポイントだよ」
「先輩は歴史が好きですもんね」
柚木さんが口元を隠して笑う。
「操作できる武将も、義経や頼朝だけじゃなくて、けっこうたくさんいるんだよ。有名なところだと、北条政子や藤原秀衡とか、後白河法皇とかね」
「後白河法皇って、日本史で勉強する人ですよね」
「そうだね。頼朝や清盛の時代で院政をやってた人だけど、それ以上のことは俺もよく知らないよ」
「歴史好きの先輩でも知らないことがあるんですねっ」
「上皇とか院政とか、天皇がらみの部分は特によくわからないからね」
後鳥羽上皇とか建武の新政とか、天皇が関係する政治は興味がない――いや難しいから、読んでも面白くないんだよなあ。
「源平の戦いとか、戦国時代だったら面白いんだけどね」
「先輩は戦うのが好きなんですね」
「そうかもね。意識したことはないから、よくわかんないけど」
「先輩の話を聞いてると、そんな気がしますっ」
「有名な戦いとか、強い武将が出てくると、わくわくするからね。だから戦国時代なんかは人気が高いんだろうね」
テレビ画面には、荒川のような大河が映し出されている。義経と木曽義仲が戦う宇治川だ。
比奈子の操る頼朝が透明な水面を駆けながら、敵武将の今井兼平 と戦っている。
無双の頼朝は、典型的な美形キャラだ。
白い肌に、切れ長の目と眉。華奢な身体つきに、歴史の教科書でよく見る、あの黒い服装。
史実の頼朝のイメージを崩さず、かつ一般ユーザにこのまれるようにデザインされている。
それなのに、このデザインを今までは当たり前のように眺めていた。
――人気が欲しいんだったら、ゲームみたいに美形キャラにしちまえばいいじゃねえか。
早乙女さんの言葉を、こんなときに思い出すなんて。
「ゲームのキャラには美形キャラが多いけど、それにもちゃんと理由があったんだね」
柚木さんが、きょとんと首をかしげる。
「夏休みに、早乙女さんが言ってたでしょ。人気が欲しいんだったら、ゲームみたいに美形キャラにしろって」
「あ、はいっ」
「今までは、無双をやっててもまったく気づかなかったけど、市販のゲームって、ちゃんと考えてつくられてるんだなあって、やっと気づいたよ」
「また難しいことを考えてるんですかっ」
柚木さんが呆れ口調で言う。
「難しいことなのかな。ふと思いついたことなんだけど」
「わたしはゲームをやってても、そんなことに気づけませんから。先輩は見てるものから、あれこれ考えるのが好きなんだと思います」
それは、あるかもしれない。
「部長が引退しちゃうからね。俺も部長みたいにならないといけないから」
「そう、ですね」
「昨日も部長の小説を読んでたんだけど、レベルが違うなって思ったよ。俺は、三国志とか市販の小説を参考にしないと小説が書けないけど、あの人は違うんだ。世界観とかストーリー展開を、読者のニーズに合わせて書き分けられるんだ。俺には、絶対にできないことだよ」
俺に部長みたいな才能があったら、文研の部員たちをもっと強く引っ張っていけるのにな。
宇治川の戦いが終わって、戦場が京に切り替わっていた。
源義朝と清盛が総大将だから、平治の乱のシナリオだな。
比奈子の操作する頼朝が平軍にいるけど。
柚木さんの横顔を眺めて、村田くんの姿が頭を過ぎる。
文化祭のときに突然あらわれた彼は、何者なのだろうか。そして、彼とどういう関係なのか。
柚木さんに聞いてみたい。だけど、口が開かない。
こんなことをいきなり問い質したら、柚木さんにどう思われるのか。想像しただけで怖かった。
無双を遊び尽くして、その後にみんパーを遊んでいたら、時間があっという間に過ぎていった。
気づけば午後の五時だ。母さんのパートの時間も、五時までだったはずだ。
ゲーム機や遊んでいるときに食べたお菓子のごみを片して、柚木さんたちを帰した。
「ああ、ゲーム楽しかったー!」
比奈子が万歳しながらソファへ寝転ぶ。
「みんなでゲームやると、楽しいよな。このみや操作の仕方が違うから新鮮だし」
「にいは、ことちゃんといっしょにゲームできたから、嬉しいんでしょっ」
比奈子がぴしゃりと核心を突く。
「いつの間にか着替えて待ってるんだもん。にい期待しすぎっ!」
「別に、待ってたわけじゃない。お客さんが来てるのに、だらしない恰好――」
「はいはい。つまんない言い訳はいいから、布巾でテーブルを拭いといて」
くっ。言い訳なんて断じてしていないのに、比奈子に何も反論できない。
濡らした布巾でテーブルを拭きながら、柚木さんと村田くんの関係がまた頭を過ぎった。
比奈子だったら、知ってるんじゃないか? 女子は恋バナなんかをするのだろうから、村田くんの話も上がるはずだし。
「ん、なに?」
ソファでだらしなく寝転ぶ比奈子が、俺の視線に気づいた。
「いや、別に」
「ことちゃんのことが気になってるの?」
う。俺は何も言っていないのに、どうしてこいつは俺の気持ちが読めるんだ。
「なんだあ。それだったら、素直に聞いてくれればいいのにぃ」
比奈子が、いやらしい顔つきで後ろから抱き付いてきた。俺の右の肩に顎を乗せて、
「で、何が気になってるの?」
「そんなこと、言ってないだろ俺は」
「うふ。顔にめっちゃ書いてあるけど」
なんだと!? 鏡を見たいけど、リビングに鏡はない。
比奈子がソファへ戻って爆笑する。
「にい面白すぎっ! ことちゃんのこと、めっちゃ気になってるじゃんっ」
「う、うるさい! くだらないことで、俺をからかうなっ」
「だって、無駄にかっこつけてるの、ばればれなんだもん。そんなだと、ことちゃんに嫌われちゃうよ」
そうなのか? 柚木さんに嫌われるのは困る。俺は、どうすればいいんだ。
「にいが何を考えてるのか、よくわかんないけど、気になってるんだったら遊園地にまた行けばいいじゃん。ことちゃんだって待ってるんだよ」
柚木さんが待ってるだなんて、考えただけで顔が熱くなってしまう。
「ことちゃんも、最近なんか押しが弱いんだよなあ。余計なことを考えないで、どんどん行っちゃえばいいのに」
比奈子がむくりと身体を起こして、俺の丸まった背中をばしっと叩いた。
「いたっ」
「うかうかしてっと、他の男にことちゃんを取られちゃうからね。気を付けなさいよ!」
俺の頭に村田くんの顔がまた蘇る。比奈子は彼のことを暗に警告しているのか!?
けれど比奈子は、間抜けな顔でぐっと伸びをして、
「んじゃ、僕は部屋でずっと勉強してるって、お母さんに言っておいてねえ」
かったるそうにリビングから出ていった。その直後に、玄関の扉の開く音がした。




