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第101話 先輩たちの思い

 お昼の校舎の前は、人ごみで埋め尽くされている。


 たくさんの人が棒のように立ち尽くしている様子は、まるで密林だ。


 昇降口に入り込んで、自分の下駄箱へ向かう。


 昇降口も一般の入場者が多くて、まっすぐに進めない。


 五歳くらいの女の子に当たらないようにして、階段を駆け上がる。


 お昼に差し掛かる文研の部室は、人の声でにぎやかだった。


 一日が経って、来客の勢いが収まったと思っていたのに。この様子だと、四時の閉会式まで休めなそうだ。


「あ、先輩」


 部室の当番が座る席で、柚木さんが待ってくれていた。


 そのとなりには、四橋さんのうろたえる姿がある。


「ごめんね、遅れちゃって。ひとりでつらくなかったかい?」


「はい。わたしなら、だいじょうぶです」


 当番の席に座って部室を眺める。


 泉京屍郎の小説の前に、今日もたくさんの客の姿があった。


「泉京屍郎の人気はすごいね。今日も人だかりができてるよ」


「はい」


「どうやったら、あんなに人気が出せるんだろうね。コツを伝授してほしいよ」


 昨日、早乙女さんが部室へ来たときに、同じことを言っていたような気がする。


 柚木さんは、虚ろな目で部室を眺めている。肩は下がり、背中も丸くなっている。


「柚木さん。だいじょうぶ?」


「はい。だいじょうぶです」


 だいじょうぶそうには見えないけど。


 午前中は、比奈子といっしょにいたはずだから、あいつと喧嘩でもしたのかな。


 部室に来てくれた人が、投票箱に投票用紙を入れてくれる。


 その度に、「がんばってください」と声をかけてくれて、俺の気持ちを奮い立たせてくれる。


 受験勉強で引退する部長のために、俺が文研を盛り立てていかなければならないんだ。


「みなさん、すごいですよね」


 四橋さんが、来客を眺めながら言った。


「すごいって、何が?」


「はい。だって、みなさん、ご自分で小説や漫画を描いてるんですから、やっぱりすごいと思いますっ」


 四橋さんは、物語を考えるのが苦手なんだっけ。


 泉京屍郎と狐塚先輩以外は、大した物語を考えてないんだけどな。


「二次創作の人もけっこういると思うけどね」


「そ、そうなんですかっ?」


 四橋さんが、赤面しながら身を乗り出す。


「自力で物語を構築できるのは、泉京屍郎と狐塚先輩くらいしかいないんだから。俺とか漫研の他の先輩は、市販の小説をパクるか、二次創作でちょっとしたシーンを書くのがやっとなんだよ」


 漫研の先輩たちが描いている漫画で、物語として成立している作品は、ほぼなかった。


 漫研の先輩たちが下手なんじゃなくて、物語をつくるのは、それだけ難しいことなんだと思う。


「市販の漫画を真似してみれば、いいんじゃないかな」


「市販の、漫画を?」


 四橋さんが、銀縁眼鏡の奥にある両目をぱちくりさせる。


「そう。物語をつくるのは難しいけど、市販の漫画の設定やストーリー展開を真似すれば、かなり簡単に漫画が描けるでしょ」


「で、でもっ、人の真似をするのは、よくないんじゃないかと」


「よくないのは人の真似をすることじゃなくて、人が描いた作品を自分のものにすることだよ。真似した作品を、自分のものとして発表するのはルール違反だけど、物語の手法を勉強するために真似をするのは、悪いことじゃない。むしろ必要なことなんだよ」


 物語をつくるという難しい作業を、練習もしないで達成させることはできないんだ。


「練習だと思って、好きな漫画を真似してみるんだよ。そうすれば、物語のつくり方が、だんだんわかってくるんじゃないかな。俺だって、そうやって小説を書きはじめたからね」


「そう、なんですね」


 四橋さんの言葉の歯切れが悪い。困惑させちゃったかな。


「こういう手法もあるよという提案だから、興味が沸いたら、ためしてみて」


「あ、はい。その、ありがとう、ございます」


 俺と四橋さんの間にいる柚木さんを見やる。


 柚木さんは、今まで小説を書いたことがないって言っていたのに、よく小説が書けたよな。


 俺も物語をつくるのが苦手だけど、柚木さんは器用なのかな。


「柚木さんは、小説を書くのが上手だよね。うらやましいよ」


「あ、あたしも、ことちゃんの小説を読みましたっ! すっごく上手だったですっ」


 四橋さんも早口で同意してくれるけど、柚木さんの沈んだ気持ちは、よくなってくれない。


「柚木さん?」


 今日の柚木さんは、やっぱり元気がない。文化祭の当番で、だいぶ疲れてるのかもしれない。


 当番を他の部員と交代させた方がいいか。だけど、柚木さんの無言のオーラというか、威圧感が半端ないから、とても切り出せない。


「柚木さん。あの――」


「部長は、お元気でしたか」


 部長? どうして急に部長の話になるんだ?


「部長は、元気――じゃなかったね。受験勉強でだいぶ疲れてるみたいだったよ」


 さっきまで、ふたりでいたところを見てたのか。


 でも、疚しいことは何もしていないから、隠す必要はないはずだ。


「部長は、偏差値のかなり高い大学に行きたいらしいんだよ。だから、猛勉強してるんだってさ」


 部長からさっき聞いた話を、差し支えのない程度で話そう。


「部長があんなに真面目な人だったなんて、知らなかったよ。大学に行って叶えたい夢があるみたいだし。今しか見えていない俺とは大違いだよ」


 四橋さんが、余裕のない表情で俺たちを見ている。


「今年の文化祭も、部長はほとんど活動してくれなかったけど、受験勉強で忙しいんじゃ仕方ないから、俺たちで、なんとかしなきゃなって、思ったよ。この勝負に負けたら、俺は副部長じゃなくなっちゃうけど、文研から追い出されるわけじゃないから、負けても前向きに活動していくしかないね」


 苦し紛れに笑ってみる。けど、柚木さんは俺を見てくれなかった。


「あの、すみません」


 四橋さんが唐突に頭を下げた。


「なんで、四橋さんが謝るの?」


「だって、その、先輩って、文研の、副部長なんですよね」


「そうだけど」


「ですから、もし、その、うちの部に、負けちゃったら、先輩が、あの、副部長じゃなくなっちゃうんですよね」


 ああ、狐塚先輩が勝負を持ち出した影響を気にしているのか。


「俺のことは、気にしなくて平気だよ。さっきも言ったけど、勝負に負けても文研から追い出されるわけじゃないから」


「そうです、けど」


「むしろ、今回の勝負は、お互いにとって、いい刺激になったと思うんだよね。文研も漫研も、こういうことがないと、だらだらしちゃうから。漫研の先輩たちも、きりきり活動してなかった?」


「あ、はいっ。すっごい活動してたと思います」


「だから、結果がどうなるか、それはわからないけど、今回の勝負はとてもよかったんじゃないかと思うんだよね。狐塚先輩が、そこまで考えてたのかはわからないけど――」


 言いながら、はっとする。


 狐塚先輩の真の目的は、部活の活性化だったんじゃないか。


 そういえばあの人は、夏休みの前に教頭先生と文研の部室へ来たときに言っていた。


 俺たちの曲がった根性を叩きなおしたいと。


 あの人は忙しいのに、敵である俺の小説をしっかりと読んでくれる人だ。


 しかも、自分の描いた漫画が気に入らなくて、破り捨てようとすらしていた。


 漫画やエンターテイメントにこんなにもストイックな人が、単なる嫌がらせで、俺を副部長の座から降ろさせようと思うのだろうか。


 ああ、なんて浅はかだったんだ。俺は何も気づけずに、狐塚先輩を短絡的に怨み続けて、あの人に勝つことしか考えていなかったんだ。


「あ、あのっ」


 椅子の背もたれに崩れる俺を、四橋さんが心配してくれる。


 柚木さんも不安げに、俺に顔を傾けてくれた。


 敵わないな。部長にも、狐塚先輩にも。


 俺は来年に、あのふたりのような三年生になれるのか――。


「おいっ」


 中学生の男子のような声が、唐突にかけられる。


 はっと我に返ると、背の小さい男子が俺たちの前に、いや柚木さんの目の前に立っていた。


 うちの学校の一年生だろうか。


 身長が比奈子のように小さい、とまでは言わないけど、クラスの背の順で並んだら間違いなく一番前に立たされる子だ。


「おい、ゆずっ」


 えっ、ゆず?


 この子、柚木さんの知り合い?


 柚木さんも振り返って彼を見上げる。


 小学生のように幼い顔立ちだけど、どこか生意気そうな様子に、彼女の顔色が変わった。


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