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璃理恵の翼  作者: 植村夕月
第0章 翼を手に入れた少女、璃理恵
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3、居候の璃理恵 NO2

お待たせしました。

   3、居候の璃理恵


 俺は目を大きく開いた。すると先ほどの地獄絵図は消え去っていた。白い天井が目に映る。

 ゆっくりと体を起こそうとした。しかし思ったように体は動いてはくれない。俺は起き上がるのをやめて、素直に横になった。

「酷いもんを見てしまった」

 そうひとりごちた。

「あれ、シグ。目が覚めたみたいやんな」

 台所にいたのだろうか、雀崎はエプロン姿となっていた。彼女は俺の額に濡れたタオルを置いた。俺は先ほど公園で起こっていたことを思い起こす。そしてあのでたらめな現象について雀崎に尋ねた。

「あれは一体何なんだ?」

 雀崎は俺の枕もとで、正座した。

「……瘴気って言われるものや。災害、飢饉に戦争によって苦しみ嘆いた人々の怨嗟そのもの」

 雀崎が何やらオカルトチックなことを言い出し始めた。俺は正直何を言っているんだこいつ、みたいに思った。だから冗談はやめてくれって感じで彼女を見た。すると、彼女の目は鋭くなって、眉間には皺ができた。

 どうやら嘘は一切言っていないようだ。

「シグ、あんたはもう見てしまっているから適当なことで言い逃れできないと思って正直にいうよ。やから、まあ、なんていうかな。こんな変てこな事象に対して疑うのもわかるけど、ちゃんと信じてくれへん」

 彼女の潤んだ瞳はキランと光った。

 俺は雀崎の目を見てこくりと頷いた。

 そして体を無理やりに起こした。体の節々からは強烈な痛みが発せられる。額から汗が垂れた。まだ視界は揺れている。雀崎の表情は分かるが、輪郭がぼやけているように見えた。

 彼女は心配そうに見るも、右手を上げて大丈夫だから、というジェスチャーをした。

 雀崎は瘴気とやらの説明を再開した。

「瘴気に関してやけど、あれは境界を曖昧にする作用がある。あれが滞留する地域ではあの世とこの世の境目があやふやになってしまうんや。つまりは生きている人間は、生きたままに冥界へ、死んだ人間は死んだままに生者の世界に出てしまうんや」

「その、境界っていうのは一体何なんだ?」

 雀崎は俺の問いに淡々と答えた。

「生者と死者を分かつ壁みたいなもの。その壁をぶち壊すのが瘴気。生きている人間がそれを浴びすぎるとおかしくなる。死んだ人間が浴びたら、悪霊になってしまうな」

 悪霊。

 あの黒い渦がもう少しで璃理恵の魂を真っ黒に染め上げてしまっていたら、そんなことを考えると俺はぞっとした。

 雀崎は、何か飲み物を持ってくるわ、と言ってここから離れた。

 俺は彼女が話したことを簡単にまとめ上げる。

 まず、璃理恵が死んでいることに間違いはない。しかし璃理恵は死後に何らかの要因で瘴気を浴びることとなった。瘴気を浴びた璃理恵は一時的に俺みたいな一般人でも視認できるようになった。璃理恵は瘴気の影響で悪霊となりかけていたが、俺たちによってそれは阻止できた、と考えていいのだろうか。まあ、そこに関しては雀崎が言及しない辺り大丈夫だと思うが。

 それより問題なのは、雀崎はなぜあんま訳の分からない情報を有しているのだ。まるでその道の専門家であるように、この場で語って見せ、璃理恵を取り巻く瘴気の鎖を超人の身のこなしで断ち切っていった。それも刃物なんて使わずに血の濡れたハンカチでだ。

 俺は台所にいる雀崎に問いかける。

「瘴気だとか、わけのわからないことを知っているお前は一体何者なんだ?」

 カチャカチャと食器を洗っている音が聞こえてくる。水が流しに流れていく。彼女はしばらく何も言わなかった。食器を洗い終えたのか、水の流れる音が消えた。そして雀崎は口を開いた。

「アタシは、陰陽師や。邪道のな」

 邪道、その言葉に俺は息をのむ。

 雀崎は続ける。

「陰陽師っていうと式神に占星術、祈祷術が使える。でもあたしは式の召喚も占星術も祈祷もできないんや。できることはただ、瘴気を切り裂いていく。悪意の滅却、憎悪生み出す根源的なものを滅することだけ。邪道っていうのはそういうことや。別に悪いやつとかそんなんちゃう。とアタシは思います」

 雀崎は台所から戻ってきた。そして先ほどと同じ場所で正座した。

「そ、そうか。一応はそう思っておくよ」

 雀崎の最後に言った言葉は本当に余計なものだと思うぞ。自分のやっていることが、本当に正しいか、疑っているかのような言い方じゃないか。もしくは本当に疑っているのかもしれない。

 ただ、雀崎と会って話をしたのは今日が初めてだがそれでもわかることはあった。雀崎という女の子の人間性。彼女は基本誰にでも優しい。ただ不器用で他人からは誤解されやすい印象だ。

「そういうところが少し残念だ」

「あ、何が残念って?」

 思わず口をついて出てきた言葉に、雀崎は眉を顰める。もう口をついて出てきたんだ。言い訳も見苦しい。

 俺は思ったことをそのまま告げた。

「雀崎は優しいのに、誤解されやすいのが少し残念だって。俺は思ったんだ」

 雀崎は顔を俯かせた。

「アタシは、優しいのか。皆に嫌われるようなことばっかり言っているんだぞ。学校じゃ、とにかく不真面目な奴に苛立って、怒って……。嫌われて。陰陽師としても、誰かを守るために結界を張れない。アタシの血が付いた刃でただ切り捨てて、壊していくだけだ」

「優しいだろ」

 口をつぐんだ雀崎に俺はそういってやった。彼女は目を真ん丸にしている。別に大したことを言っているつもりはないのに、どうしてそんなに驚く。お前は自分自身を今までどんな人間だと認識してきたんだ。

「嘘、やろ」

「違う。お前なあ、皆に嫌われるようなことっていうけど、例えばどんなことなんだ」

「えっと、それはやな、例えば授業受けている時にうるさい奴にしびれ切らして怒ったこともあったし、先生が宿題の提出を忘れていることに指摘して皆が嫌な顔してたこともあった。あと、何やろ、他にも……」

 俺は雀崎が優しくないっていう理由に呆れた。恐らくは自分のために言って、誰かのためではないっていう考えなのだろう。だが、他者を意識している時点で、自分のためだけに行動しているとは言わない。少なくとも俺はそう思う。

「優しいよ。誰かのことを考えている時点で。他の人も大切にしたいから、こんな風に悩むんだろ。本当に優しくない奴は、自分勝手で誰も見ない。それに剣で切っていくことだけしかできないっていうが、それって十分にすごいだろ。そんな力があったら、悪いことしようとする奴を止められるだろ」

 俺はにっこりと笑みを浮かべてそう言ってやった。

 すると、雀崎は瞳をウルウルとさせた。頬は真っ赤になって、唇はわなわなとさせている。握りしめられた拳は震えている。

「そうか、お前も、そう言ってくれるんか」

「お前も?」

「ああ、リリーがな、昔そういってくれてん」

「そっか」

「ああ」

 双方が黙り込んで、妙に気まずい雰囲気となる中、とある女性の声が聞こえた。その声は聞き覚えのあるものだ。それも二、三度会った人物というのではなく、何年も聞き続けてきた声音だった。

『あー、なんか二人ともいい雰囲気になってないかなあ』

 彼女の声と共に、俺の胸から手が飛び出してきた。

 胸から飛び出した右腕は俺の顔面を押さえつける。

「ふぐっ、お前」

 さらに左腕が胸から飛び出して俺の腹を掴むとぎゅーと押してくる。そして璃理恵は可愛らしい顔を俺の胸からひょっこりと現す。上半身を徐々に俺の胸から出していく。この様子、第三者からして相当気色わるく見えるのだろう。雀崎は顔をしかめていた。

 今、俺はおそらく半分魂が抜けた人間なんてふうに見えるんだろうなあ。

 笑えねえ。

 璃理恵は上半身まで抜けたのだが、そこから先がつっかえてしまったようだ。

 璃理恵は涙目になって、雀崎に。

『抜けない。助けてえ~~』

 雀崎は璃理恵の両手を掴むと、俺の腹を脚で押さえつけてきた。俺はむちゃくちゃにされているわけだが、璃理恵の手で口をふさがれて半分窒息状態となっており、文句を言う余裕もなかった。

「リリー、あと少しで抜けるからなあ。もうちょっと我慢しいや」

 雀崎は、ふぐう、と力を入れると思いっきり引っ張ってきた。すると、先ほどまであんなに難儀していたのに、すっぽりと抜けた。

 俺は視界が半分ブラックアウトしていて、床に倒れ込む。しばらくして酸素欠乏状態が治ると、璃理恵のほうを見た。

「璃理恵はなんで俺の中から出てきたんだ?」

 璃理恵は苦笑交じりに答えた。

『えっと、時雨クンの中に入っていました。俗にいう憑依とやらです』

 雀崎が言っていること、俺は何となくではあったがそうなっていても仕方ないと考えた。先ほど、黒い渦に飲まれそうになった彼女を助けるためになんだってやってやるつもりだった。

 あの時の一体になる感覚というのがまさにそうだったのだ。

 雀崎は、俺を一瞥すると璃理恵を抱き寄せた。

「リリーはアタシの隣にいて」

『あ、うん』

 雀崎は俺に攻撃的な視線を向けてくる。なぜそんな目で見られるのか不思議だった俺は首を傾げる。雀崎はあかんべーをしてきた。

「アンタはこれから先、リリーと四六時中同じなんやからな」

『ねえ、ひーちゃん。あなたたち仲がいいのは分かったから、私が彼に入り込めた理由かな。簡単に説明してほしいな』

 雀崎は先ほどからのゆるゆるな空気を一蹴するように咳払いした。表情はなくなり、瞳は怪しく光る。

「そうやね、まずはそこからの説明をしていこうか」


 ……


 雀崎曰く、霊と化している璃理恵が俺の中に入り込めた理由はやはり憑依合体によるものだ。俺という人間はあくまで一般人としてそんなオカルトからは遠く離れた存在のはずだった。霊障、雀崎のようなその道の専門職の者でも俺に誰かを憑依させる力なんてものがるかどうかなんて分からない。憑依されてから初めてわかるそうだ。雀崎は俺には生まれた時から依代体質となっているそうだ。神や精霊を降霊させることができる稀有な存在。

 依代として肉体を提供する代わりに、何か特別なものを得られるとか雀崎は言っていたが、別にそんなものはいらない。


 ……


「依代体質の説明に関しては簡単に言うとそんなもんや。シグの体の中に入っている間は瘴気の影響から逃れることができる。やから、しばらくはシグの中で生活してや」

『えっ! それってどういうことなの?』

 璃理恵は雀崎の言っていることにぎょっとした。俺の中で暮らせなんて、同年代の男女の居候よりも、危険な気がする。

「やから、リリーはシグの体にしばらく居候させてもらいな。でないと悪霊になってしまったら目も当てられんからな」

「雀崎よ、こんなこと聞くのはもはや意味がないと思うが、俺のプライバシーは?」

「そんなもんは、端からない!」

 俺は頭を抱えた。そして本来、目が覚めた時にするべき疑問を雀崎にぶつけた。

「ここどこ?」

「アタシの下宿先のマンションや。何を今さら言ってんねや」


お読みいただきありがとうございます。

璃理恵の翼シリーズは、一週間での更新を予定しております。

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