29、決戦 NO2
決戦 NO2
――ある男がいた。
その男は、名家の出であった。周りの大人は妙に仰々しく接し、悪いことをしても叱られない。子供のころはそのせいで、ひねくれた正確に育った。同年代の子供からは、けむたがっられて一緒に遊ぶことはできない。
そうして友人一人まともに作れず、空っぽな学生生活を送った。
家にとっては勉強ができればいい。術を覚えればいい。当主としての資質を備えれば問題なかったのだ。家にも理解者はいない。
叱るものがいなければ、傲慢な性格は治らない。それを嫌って人は近づかない。
そんなマイナスな日々はある日を境に終わった。
影平が大学に入学した時だ。
入学式にて、霧子という女と出会った。彼女は周囲の中でも輝いて見えた。周囲に分け隔てなく接し、明るい笑顔を振りまく。彼女はさしずめ大学のアイドル的存在だった。
彼女は、文芸サークルに属していた。物事に興味をもたない影平は珍しく彼女に興味をもって、同じサークルに入る。
そのサークルは、泡沫状態となっていてメンバーは影平に彼女を除いて柳原という男だけだった。
所属したサークルである日遠出をすることなった。影平は集合時刻に大幅な遅刻をした。傲慢な彼にとって謝るという行為はその時、頭の中を出てこなかった。三人に嫌な空気が流れる中だった。
霧子が影平をきつくしかりつけた。
初めてだった。怒られるという事を知らない影平にとって、霧子のそれは怒りと屈辱を抱いたと同時に、嬉しさというには若干意味が異なるだろうが、新鮮な感覚を覚えたのだ。
その時を起点として、彼は初めて恋をしたのだ。
学生生活で、彼女を見かけることがあれば無意識に追いかける。同じ授業になるように時間割を組んだりした。話ベタな癖に、積極的に話しかけようと努力もした。
そうして一年二年と経過していく中で、影平は気付いた。
霧子は、同じサークルの柳原に恋慕している。自分に対して特別な感情なんて一切ないと。
大学を卒業後、柳原と霧子は結婚した。
影平は、彼らの幸福を切に願った。決して柳原を嫉妬しなかったわけではない。辛くて仕方なかった。それこそ、三日で体重が二キロも減ってしまったのだ。
ただ、影平にとって柳原も霧子も初めてできたちゃんとした友人だった。二人の幸せそうな顔を見て、自身のちっぽけな嫉妬は掻き消えていった。
そして月は経つ。
風のうわさで柳原が死んだことを知る。母子家庭となった二人の身を案じ、陰から見守ることを誓った。決して自分がかかわっていることを知られないように――。
視界がクリアになる。
先ほど目が合った影平は地面に倒れ伏していた。
胸の内で、雀崎が泣いている。俺を通して彼の過去を見たんだろう。今どんな心境か、俺には全く図ることができない。
「雀崎」
「えっ?」
大きな眼に涙を一杯ためた少女は俺の呼びかけに素っ頓狂な顔をする。雀崎は雀崎で、俺がこんな怪我をしたことに相当なショックを受けているんだろう。『鮮血』なんて忌み名がつけられ、自身も戦いに血を使うというのに、誰かの血にこうまで弱い。雀崎の人の優しさが伝わってきた。
しかし、いつまでも呆けられては困る。
「雀崎! しっかりしろ」
俺は彼女の頬を軽くたたく。
ちょっとしたショック療法。雀崎の目に光が戻っていく。
「すまん、取り乱してもうたわ。心配かけた」
雀崎は地面に倒れている男に目をやった。それは哀れみを帯びていた。
「操り人形にされてたんやな」
刀を地面に突き立て立ち上がった少女は、破れて邪魔となっているパーカーを脱ぎっはらう。カチャと刀を握りなおす。
「シグは、ここでじっとしといて。あんたがいてくれて十分助かった。後はアタシに任せ」
そういって駆けだそうとする雀崎のズボンのベルトを思わず掴む。どうしたのかと、こちらに振り返り、怪訝そうな顔をする彼女。
俺は、雀崎の頭より上の方を見る。
黒い小さな点が見える。それは徐々に大きくなっていって、こちらに堕ちてくることが分かった。まるで鳥のように自然だった。違和感なんてない。
ただルートバンカーを両断したこと以外には。
「がああああああああああああああー。グホ、ゴボ。新宮、愛華。忌々しイ」
「忌々しい? それは私の言葉です」
鮮やかな紅袴に白衣姿の少女は刀を地面に振るい、血を落とす。まったくどうやったのか、白衣には一切血がついていなかった。
俺は新宮の姿を見て、頼もしく思った。さんさんと照り付ける太陽を混じりけのない白衣が反射して眩しい。その姿は神々しかった。今、地面を這いつくばる悪魔を罰する存在そのものだった。
「愛華、お前どうしてきたんや。規則がなんやらで来られんのじゃ?」
「大事な友達をそのまま、という事にはやっぱりできませんでした」
雀崎は、ぶわっと涙をあふれさせた。
「愛華―」
新宮は面倒くさい反応をする雀崎を相手にしない。
地面に倒れ伏していたルートバンカーが、ゆっくり起き上がる。ありえないほどの出血を起こし、体の主要な骨を砕かれているにも関わらずだ。
人間の体構造をまるっきり無視している。
「しぶとい。これで七十八回目です」
新宮は碌に動くことができない男に無慈悲な鉄槌を下した。男の周囲から、火が噴き出しす。あっという間に体を飲み込む。
こちらからは、男が黒焦げになりながらもそれから逃れようと体を動かしている様子が見られる。おぞましい悲鳴が周囲に響いた。数分で焔は消え、骨だけが残る。しかし新宮は容赦なく、炎を放つ。骨すらも残さないつもりだ。
俺は新宮の異様な様子に言葉が出なかった。
「まったく、無茶をしますね。腕はちゃんとくっつけました。もう心配いりません」
「ありがとう」
俺は、左手を握ったり開いたり腕を回したりする。
可動に問題はなさそうだ。新宮の能力は本当にすごいものだった。俺や雀崎の怪我を一瞬で治癒させてしまう。
雀崎は、刀をしまうと新宮を心配そうに眺めた。
雀崎と目が合った新宮はにこっと笑みを浮かべる。
「ちょっと何笑ってんねん。あんた命令違反したんやろ。大丈夫なんかい」
「私に下されていた命令は二つ。鳥居に入り込もうとする瘴気を取り除くこと。陰陽師とそのことで問題を発生させないことです」
「問題って、大熊院ぼこして奴らが連れて行こうとした霧子さんを助けようとしてんねんけど」
「今回の騒動が、ルートバンカーと、大熊院家当主にあったのだから仕方ないです。後でうまい具合に言い訳しますから」
雀崎は悲しそうな顔をする。梅雨時の空のようだ。
「迷惑かけて、ごめんな」
俯く彼女に、新宮愛華は歩み寄ると、そっと抱きしめる。
「いいんだよ。ひーちゃん私の親友ですから」
この時、雀崎と新宮愛華との間にあった見えない壁が消えた気がした。
パトカーのサイレンがこちらに近づいてくる。さすがに暴れすぎたみたいだ。近隣住民に通報されてしまったらしい。人除けの呪いを施したらしいが、度が過ぎたみたいだ。戦いが始まる前に車から結界空間に移した霧子さんを雀崎は抱きかかえる。
「とっととずらかるで」
「そうしましょうか。じゃあ、あとはお願いしますね」
新宮は地面に転がっている大熊院影平にそういうとそそくさと走り去っていった。影平はそんな彼女に半眼になっていた。




