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璃理恵の翼  作者: 植村夕月
第1章 璃理恵に穿たれた楔
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26、璃理恵の扇 NO2

   璃理恵の扇 NO2


 翌朝登校すれば、新宮愛華は特に何という事もなく俺にあいさつしてきた。昨日あんなことがあった後だというのに、どうしてそんな平然としていられるのか不思議だ。俺はお前の顔を見た瞬間に怒りを覚えているというのに。

「あら、とても怖い顔をしておられる」

「そりゃあ、そうだろ。昨日あんなことがあったんだ」

「昨日のことは、巫女としての責務故に仕方ありませんでした。あなたや雀崎さんと相対することとなったことは残念です。でもそれを後悔はしていませんよ」

 彼女は顔色一つ変えない。

 そういえばそうだ。新宮愛華という少女は、いつも微笑んでいて、表情を変えることなんてない。あるとすれば、笑っている顔が仮面のように剥がれ落ちて、死人のように不気味で無表情な顔だ。

 それ故にこいつの本質なんてものを全く図りえない。

 ただ、そんな奴に対しても気になることはある。

 ほんの数瞬のことだったにもかかわらず、雀崎はあんなことになっていたのだ。こいつは大丈夫なのだろうか?

「新宮、おまえ、怪我とかはしてないのか?」

 先ほどまで、怒りに任せて噛みついていた様子だった俺が、態度を変えたことに意図を図りかねているのだろう。

 新宮はしばし黙りこんだ。

「……私は、特に大丈夫です。その、どうしてそんなことを聞いてきたんです」

「いや、あのおっさんに雀崎、お前もあんな物騒なものを振り回していたんだ。それで――」

 そういうと彼女は、悲しそうな表情を浮かべる。

 数少ない彼女の変化だった。

 新宮愛華から、少しでもこの様子を見て取ることができただけでも救われた。こいつはこいつなりで、昨日の衝突を少なからず後悔している。言葉ではそういっても本当はそうじゃなかったんだ。

「あの、雀崎さんは、今日はあの子を見ないのですが……」

 こんな様子を見せられて、すぐだ。雀崎の現象をそのままいうべきだろうか。

 俺は逡巡するも……。

「疲れて休んでいるよ」

 そういうと、彼女は腑に落ちないといった様子だった。刀の感触で分かっていたのだろうか。俺はあえて気を使う必要なんてなかったんだろうか。

「そう、ですか」

 彼女はくるりと踵を返して、教室の中へ戻っていった。

 本当に、いろんなしがらみに拘束されて、難儀な奴らだ。単純に怒りたくても、憎みたくても、そうできない。

 いっそ、怒り狂えたらどんなに楽だろうか。

 携帯の着信音が響く。

 メールの送り主は、新宮愛華。

『昼休みに、体育館に来てください』


 新宮の指示通りに昼休みが始まってすぐ、体育館へ向かった。

 体育館の中には誰もいなかった。四限目が終わってすぐだというのに誰もいないということは、さっきは空き時間だったってことか。

 俺は体育館シューズに履き替えて、壇上に上がる。

 壇上に上がったことのない俺からして、その中は大変興味があった。

「お待たせしました」

 体育館の入口より、鈴のように高く澄んだ声が響く。

 俺はその主に視線を向けた。

「大して待っていない。それより要件は?」

 彼女は、階段を昇って、俺と同じ壇上に上がってくる。彼女は俺の方を向く。

「大熊院影平のことについてです」

 俺は視線で続けるように促した。

「今回の瘴気蔓延、そして柳原璃理恵さんの魂魄離脱の原因があの男にあるという事です」

 新宮が言っていることをすぐには呑み込めなかった。もともと瘴気とか邪気とか、幽霊なんてそんなものからほど遠い生活をしていた俺は、何が嘘でどれが本当かなんて分からない。

 ただ、事件が発生してすぐに出逢った雀崎の誠実さから、俺は彼女を信じることにした。雀崎は、俺がピンチの時は迷わず飛び込んできてくれた。己の状態なんて省みずに。

 そんな雀崎の信用する相手なら、俺も信用していい。そう思っていた。大熊院なんて妙な苗字をしていると訝しんだことはあった。ただ、人となりは優しそうだったから。

「その様子だと、軽率に人を信じてしまったようですね」

 まるで嘲るような新宮の言いように、腹が立った。

「お前、その様子だと雀崎を信じたことも愚かだといいたそうだな」

「勘違いしないで。彼女は正直で誰よりも信用できる人だ。むしろ今回一番踊らされたのが、彼女なんだから」

 新宮が雀崎を疑っていないことを聞いて安心する。同時に、彼女が騙されている、という言葉に驚きを隠せなかった。

「どういうことだ?」

「雀崎飛燕は、はぐれの陰陽師。集団で行動なんてことは難しい。ある意味孤独なんです。一人でいるという事は、それだけ同業に関する情報にも疎くなる。それを補うためにも、大熊院影平から、瘴気や邪気に関することの最新情報を提供してもらっていた。要は雀崎飛燕の後見人です」

 確かにあいつははぐれだとか言っていた。しかし今、目の前に新宮という少女がいる。その言いようだと、彼女とのかかわりはどうなる?

「えっ、一人って、お前もいるだろ」

「私は立場が違います。基本情報を与えることはしません。よほどのことがない限りは」

 新宮と雀崎の関係が俺に理解できないことは分かった。

 その上で、まず雀崎が騙されているという話を聞いた。その雀崎はどの段階から、あの男に騙されていたんだ?

「雀崎さんは柳原さんが魂魄遊離を起こした原因が瘴気であることを知ることはたやすかったでしょう。でもその原因を知ることは自分だけでは分からない。その時点で、大熊院に協力を要請したんでしょうね」


 新宮曰く、

 雀崎の『殺害』の現場、状況までは彼女が現認している。ただ、誰によって、どうしてそうなったかは大熊院から知らされている。柳原霧子が、娘の帰宅が遅いことを理由に親睦の深いお隣に探す手伝いをしたことも間違いない。そしてそれまで、彼女は家を一歩たりとも出ていない。むしろ彼女をあんなふうにしたのは、大熊院であり、霧子が濃密な瘴気を発するようになったのも彼という事だ。


「じゃあ、俺たちは完全にはめられたってことか」

「はい。残念なことに」

「でも、それなら、元凶でない霧子さんをどうしてお前は襲ったんだ?」

 新宮は髪をかき上げて俺を見据える。

「彼女が元凶でなくても、彼女が災禍そのものになりつつある。それは変わりようのない事実です」

 新宮の話を聞いて、俺は壇上背後の壁を殴りつける。

 クソ。

 大熊院がかかわっていようがいまいが、璃理恵の母は救うことができないという事か。


「雀崎さんから、連絡が来ています。恐らくですが、大熊院が何か隠していることにそろそろ感づいていると思います」

「今、掛かってきているのか」

「はい」

 俺は彼女のもとへ駆けよると、手を差し出す。

「それを貸してくれ」

 強引な俺に文句ひとつ言わず、彼女は渡してくれた。ただ溜息は吐かれてしまったが。

『もしもし、愛華。話したいことがあるんやけど』

「ちょうどいい、俺も話したいことがあった」

『あんた誰やねん。勝手に人の電話でてんとちゃうぞ、ボケが』

「時雨だ時雨。緊急で、新宮から携帯を借りているんだ」

 雀崎は、電話口から『あー』だの『うー』だの言っている。

恐らく乱暴な言葉を使ったことを後悔しているのだろう。

「とにかく、大事な話だ。今新宮と璃理恵のことについて話をしていたんだ」

『そうか、アタシも学校のすぐそばまで来てねん。詳しいこと全部話してもらうからな』

 といって電話を切った。

「強引にして、すまなかったな」

 俺は新宮から携帯を取り上げたことを謝る。

 たぶん、今から大熊院家のほうへ行くことになるだろう。こいつはどうするんだろうか。

「新宮、お前は……」

「ごめんなさい。私は、やはり行くことができません」

 頭を垂れた彼女の顔から、きらり輝くモノが滑り落ちた。


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