23、雀崎飛燕の想い NO3
23、雀崎飛燕の想い NO3
会計を終えて、店の外へ出る。
雀崎と共に、人通りの少ない道を歩く。街灯はところどころにつけられており、道その物は結構明るくなっていた。
「私は、怖い」
雀崎が突然放った言葉は俺には理解できなかった。
「アタシはお前のことが好き。でもお前はアタシのことを何とも思ってへんかも知れん。もし告ってお前に拒絶されたら、どうしよかって思ってずっと我慢してきた。だってさ、今の生活も悪くない。お前とどうでもいい話するだけで楽しい。お前は、お前は、どうやろか?」
「俺は」
璃理恵が事件にあってから翌日、雀崎と初めて出会った保健室での出来事より今までが頭の中を駆け巡る。結構男勝りな性格で、でも時折見せる女の子らしい側面はとても素敵なんだ。
女子の中で璃理恵並みに話しやすくて、話すのがとても楽しい。
「俺もそうだ」
普段の男勝りな性格からは、こんな可愛らしくて儚い表情なんて想像できない。今の俺は正直、この子に付き合ってくれと言われたら、断れないんじゃないかって思う。こんな可愛らしい子を彼女にできたらどれだけ幸せだろうか。
そんな心の傾きを正すように、一喝する。
ダメだ!
「俺も雀崎は可愛いって思う。正直胸の中身が爆発してこぼれそうなくらい、興奮している。ただ、それでも、付き合えない」
俺の決定的な一言。
雀崎の表情は絶望色に染まっていく。
彼女の真っ直ぐな気持ちに、今は答えることができない。俺は真摯に答えなければいけない。
「俺は、今の璃理恵を放って自分だけ幸せになるなんてできない。アイツは体と魂を引き離されて苦しんでる。アイツは外の瘴気から逃れるために、俺の中に入って一切の自由を失っている。そんな奴の目の前で、俺は幸せだなんて、酷なことはできない」
彼女は俺の言葉に、険しい表情をする。
「アタシとしたことが、璃理恵のことを失念していた。シグの中にずっとおるんやったな」
そういうと、彼女はおもむろに頭を下げた。
相手は俺ではない。俺の中の璃理恵だ。
「ごめん」
雀崎の放った言葉に反応するように、璃理恵が俺の体から出てきた。
『何を謝っているのよ。あなたたちで勝手にすればいいじゃない』
「アンタは、シグの中におる。そんな状態で、リリーがさもおらへんように好き勝手言ったのは許されんことや。アタシも興奮してて、何も見えとらんかった。本当にごめん」
璃理恵は気まずそうにする。
『そんな、謝られたって私には』
「謝るだけちゃう。アタシはここでリリーに宣戦布告する。あんたが元気になったら、シグにどっちが彼女としていてほしいか決めてもらう」
雀崎の気迫に璃理恵は驚くも、口角を釣り上げる。
どこやら楽しそうな雰囲気を醸し出していた。
『うん、体が元に戻ったらその勝負受けよう』
二人は握手すると、ニコッと笑った。
俺は彼女たちの笑顔を見て思う。
璃理恵を何としてでもたすけないといけない。俺の身命にかけても。
・・・
翌日。
俺は休日の朝をゆっくりと満喫していた。具体的には熱いコーヒーをすすってのんびりなんてことだ。 そんなおっさんくさい至福のひと時は、携帯の着信音によって破られた。
発信者は、雀崎。
あいつとは昨日の一件があるからまだ気まずいんだよな。
なんて思いつつ電話に出た。
「おはよう、朝からどうしたんだ?」
『いきなりで悪いけど、駅前のロータリーに来てくれへんか。理由は聞かんといてくれ。うまく説明できる自信がないから。ホントに頼むで、来てくれよ』
雀崎は用件を告げると、俺の返答を待たずに通話を切った。
電話を切られた俺はつくづく思う。
雀崎という女の子の強引さを。
ただ、さっきの電話は妙に切迫しているようだった。何だか嫌な予感がする。俺は家を出て、自転車で駅前のロータリーへ行った。距離は時間にしておよそ十分。
駅前につくと、雀崎の姿はすぐに見つけることができた。
俺はあいつに向かって大きく手を振った。彼女はこちらに気付くと走ってくる。俺は自転車から降りて、息を切らしている彼女を窺った。
全速力で走れば五十メートルでもしんどいよな。
彼女のそそっかしさにほとほと呆れた。
「どうしたんだよ、そんなに慌ててさ」
彼女は呼吸を落ち着かせると、俺をまっすぐに見た。
「アタシらだけで何とかしようと思ってたけど、やっぱり言った方がいいと思った」
「何の話だよ?」
全く話の筋が見えてこない。
仔細を説明してほしいと、首を傾ける。すると彼女は俺達の傍らにある喫茶店を指差した。
「あっこで、話しよ」
温かい店の中、注文した飲み物が置かれる。店員が去った後に、雀崎は口を開いた。ボリュームを気にしてか、とても小さな声だ。
「瘴気蔓延の原因は、リリーのお母さんやった。リリーにとっては酷な話になるさかい、耳を塞いどいてくれると助かる」
俺の傍らにいる璃理恵は、首をぶんぶん横に振った。
自分に対して起きたことと、母親がどんな関係に置かれているのか。彼女の様子からはどれほどつらい話でも耳を背けたくないという意志が感じられる。
どういう心境なのか、ここ数日にあったことを省みれば何となく想像がついた。
責任感の強い子だから、ある種の義務感が胸に沸き立っているのだろう。
雀崎は彼女の確認が取れたことから、話を再開した。
「ここ数日間、アタシらは瘴気の蔓延を防ぐ方法を探してた。でも瘴気を消すどころか、抑え込むことすら困難やった」
「それって、新宮さんや、他の陰陽師も協力してもダメだったのか?」
「そうや、もう瘴気は飽和状態。とてもこれ以上なんて言ってられへん」
雀崎は一度口をつぐむ。
いうのが憚られるようなことか。雀崎の矜持からして到底認めたくないことだろう。
「リリーのお母さんをある陰陽師一家に保護してもらうことにした」
璃理恵のお母さんに瘴気が憑りついている話は以前より聞いていた。この界隈の瘴気蔓延に関しても関係していることは分かっていた。
だけどこうも最悪な事態になるなんて。
俺は唇を噛みしめた。
雀崎は俺を窺う。
「シグ、続きを話していいやろか?」
「ああ」
「夕方に、璃理恵のお母さんの保護に向かう。璃理恵はそれに立ち会うか、それともやめとくか?」
雀崎は何とも難しい質問をしてきた。
璃理恵を『仮死』状態にしたのはその母親ではないかと言われている。科学的にはその証拠は一切見つかっていないものの、親が何らかの嫌疑をかけられて拘束されよう状況を立ち会うなんてことはできないだろ。
考えれば考えるほど、雀崎の質問は常識外れ、他人の心情を省みないモノだ。
「アタシ自身、こんなこと聞くんはどうかと思う。でもあのお母さんは、一種の悪霊になってもうた。封印って措置が取られるやろう。リリー、アンタは今回あわへんかったら、次いつ会えるかわからへんねん」
璃理恵はしばらく黙り込んでいた。
自分が『殺された』という実感があまり沸いていないだろう。俺や雀崎とこうして話して、パソコンに触れることができれば、食事をとることもできる。でも彼女はほとんど『死んで』しまっている、と言っても過言ではない。
次に母に会える、その時まで彼女はこの世にいるのだろうか?
璃理恵は胸元にあてていた手をぎゅっと握りしめ、唇をキュッと結ぶ。ゆっくりと上げた顔からは覚悟が垣間見えた。
「お願い、します」
雀崎は神妙に頷いた。
夕方、俺たちは大熊院とやらの屋敷に招かれた。
通された居間には座布団の上に正座する着流しの男性の姿があった。年のころはおよそ四十後半だろう。
俺たちは座布団に正座する。座布団はきちんと璃理恵の分まで用意されていた。こんな様子を見て、この家は「そういう役職」に関係しているんだなって認識させられた。
とにかく挨拶をしないと。
「あ、あの、俺は神原時雨と申します。わざわざお屋敷に招いていただきありがとうございます」
「いえ、私は大熊院影平と申します。君には何かと苦労を掛けて申し訳ない」
「い、いえ。そんな」
こ、この人、異常に腰が低い気がする。
こんなでかい屋敷に住んでいる人だから、威厳とか物凄くて怖い印象しかなかったのに。
大熊院は、璃理恵のほうに向くと、一礼する。
「あなたが柳原璃理恵さんかね」
『はい』
「君のお母さんに関しては、雀崎殿からもお願いされていてね。我々の全力をもって、彼女の安全確保をしていくつもりです」
璃理恵は額を畳にこすりつけた。
『どうか、母をよろしくお願いします』
「あい、わかった。準備が整い次第、柳原宅に向かうこととします。時刻は日が完全に沈んで六時とします」
当主は一礼して、部屋を去っていった。
日没後、大熊院影平と共に俺たちは璃理恵宅に向かった。
着物姿の影平さんは何やら紙切れを電柱、塀にペタペタと張っている。俺はそれを凝視する。
「何をしているんです?」
穴が開くほど見ている俺に対して、彼は他に紙を貼りながら答えた。
「人除けの呪いですよ。ことの最中に部外者が混じり込むと問題なんでね」
彼のしていることに興味を抱いていると、後ろから腕を引っ張られた。驚いて振り向く俺に、不機嫌そうな顔を浮かべる少女。
「大熊院さんの邪魔したらあかんで」
「分かっているよ」
そういうと、彼女は腕を振りほどいた。
影平さんが、何枚か『人除け』の紙を張り付けると璃理恵宅の門前に佇んだ。俺は彼の後ろで様子を窺う。
璃理恵は、俺の隣で悲しそうな顔をしていた。
璃理恵の母を保護するために向かった人員は璃理恵を含めて四人。異能に対して対抗することができる人物に限っては二人になってしまう。
今まで経験してきた不浄に関する出来事から、こんな人数で大丈夫なのかと不安になる。
しかし、大熊院家の陰陽師はほとんどが町の瘴気鎮静化のために出払っていて、これが限界だそうだ。
「ん? シグは私ら二人っていうのが不安か?」
俺の表情から推測してのことだろう。
彼女の言っていることはなにも間違っていない。俺はこくりとうなづく。
「大丈夫や。アタシはともかく、あの人はやり手やで」
そういって、彼女は力強く俺の背中を叩いた。
雀崎の表情は自信にみなぎっていた。堂々とした様子を見ていると、不思議にも俺の中の不安が少し消えたような気がする。
傍らにいた璃理恵は、心配そうに顔を覗き込んできた。
璃理恵のそんな様子を見て、俺が今不安になっているわけにいかないと自覚した。これから、璃理恵の母を保護するときに何が起こるか分からない。その時にちゃんとした行動をとれるよう、影平さんの脚をひっぱるようなことがあってはならないよう、気を引き締めないと。
今にも消え入りそうな璃理恵に手を伸ばす。
「行くぞ」
俺から視線をそらし、恐怖に震える少女は恐る恐る俺に手を伸ばす。小さくて白い手だ。酷く冷たくて柔らかい感触。そんな可愛らしい手をぎゅっと握りしめた。
恐怖で潰されそうな少女は、雀崎がしてくれたとき同様に少しでも安心させてやりたい。
正直俺は怖い。
得体のしれないモノの大本を断ち切る。それがどれほどのものか想像もつかない。でもそんな不安を隣の女の子に見せてはいけない。俺はいつも妹にしていたことを思い出した。
「行きますよ」
影平さんが門扉を開き、中へと入る。
玄関扉を開けると中は真っ暗となっていた。人のいる気配を全く感じさせない。部屋の一つ一つを調べていく。
調べていく途中で、物音がした。小動物が駆けずった程度のものだ。
びっくりして、璃理恵がしがみついてくる。
影平さんは、その音を聞くと刹那、ある部屋のふすまをぶち破った。部屋の中央には、ぼうっと佇む璃理恵の母、霧子。そして闇に佇む何か……。
そいつはゆっくり霧子のもとへと歩む。
そのものの姿が、月光にさらされて徐々に明らかとなっていった。
鮮やかな紅袴、次に白衣。漆のように黒く長い髪が特徴的な少女。
新宮愛華。




