19、美月の願い NO6
19、美月の願い NO6
夕食後、俺は久しぶりに美月と共に台所に立って食器の片づけをしていた。入浴後に、コップ一杯の水を飲んで、自室に戻ると璃理恵はパソコンを開いていた。おもしろ動画でも見ているのだろう彼女は、時折顔をニヤケさせていた。
「ほどほどにしとけよ」
「うん」
俺は数学の教科書を本棚から取り出して、今日授業でやっただろう部分に目を通す。
「璃理恵は新宮さんをどう思う?」
「唐突だね。君は何か思うところでもあるのかな」
思うところがあるかと言われればある。なければそもそも聞くこともない。
彼女は綺麗で優しくて、とても印象は良い。あの不健康男から助けてもらったこともあって、俺は信用に足る人物だと思っている。車にあわや接触されそうになる寸前で、俺に見せた彼女の一面だけ、かなり引っかかった。
「あの子は、周りから多分かなり好印象にとらえられているだろうと思う。お前自身もそうだろ?」
「ふぅ、……うん、印象は悪くないよ。でもひねくれた奴からはやっかみを買うんじゃないかな。私自身も何だか苦手だし」
新宮愛華が転入してきたその日、璃理恵はほとんど俺の中で眠っていて、表に現れることがなかった。ただ俺の内側からでも彼女の様子を観察することは可能なのだろう。新宮に関する印象を聞いて、答えている以上はそう思う。
「あの日はほとんど俺の中にいたな」
「うん、疲れていたしね。こうやって、物体に鑑賞できる今の状態は結構疲れるんだよ」
疲れていた、か。山を飛び回れば疲れもするわな。
璃理恵はパソコンの電源を切ると、手を上に上げて大きく伸びをした。
「あー、肩がこるなあ」
肩をモミモミして、首をグルんと回した璃理恵は俺に背を向けたままこういった。
「私さ、あの子怖いな。なんだか、とてつもなく怖い。悪い人じゃないんだよね。それを分かってても、とても怖いんだ」
璃理恵は続ける。
「これは女の勘だけどさ、時雨は彼女のことを信用しすぎないほうがいいと思うよ。余計なお世話だろうけどね」
璃理恵は大きなあくびを欠くと、ひゅうと蛇のように俺の胸の中へ入り込んできた。するっと入り切ると、大きな鼓動が一回胸を叩いた。胸の内より、熱い感覚がじわじわとあふれ出る。
俺は数学の教科書を閉じた。
腕を組んで璃理恵が言葉にしたことを考える。
彼女は愛華をあまり信用していない。それは俺も何となくであるが分かる気がする。表面上彼女は完全無欠を誇っているが、どうにもそれが信じがたい。人間どこか一つくらい欠点があっていいようなもの。それがないと、妙に接しがたいというか。
いや、俺自身は彼女とお近づきになりたいと思っているし、げんに雀崎以外の誰よりも俺は距離の近い学生として彼女からみられていると思っている。
『( ̄∇ ̄;)ハッハッハ! 自意識過剰だね、時雨クン』
『うっさい。俺の心を読むんじゃないよ。プライヴァシープライヴァシー』
『前も言ったと思うけど、幽霊相手に生きた人間はプライヴァシーもくそもないと思うよ』
『……分かっているよ。だから、なるべく俺の心の声は聞かないようにしてくれ』
『善処しまーす』
さて邪魔者が入って、思考が中断されてしまった。
ただ、彼女が別れ際に放った言葉、その声音と表情。あれだけは本当に俺もおどろいた。明るく可愛らしいという印象からのぞかせた死神のように近づくことを躊躇わせる昏い顔。
俺はベッドに転がると、目元を手で覆う。
スマフォから着信音が響いた。
机に放り投げていたそれを手に取り、内容を改める。メールの送信者は妹の美月だ。なんでわざわざメールを送ってきたんだろうか。
そう思いつつ、メールを開けた。
『お兄さんへ
あなたが言ったことは理解しがたいことだったよ。ただ、兄さんが璃理恵さんのことで必死なのはわかった。だから兄さんは、自分の心配だけしていればいい。私は私の身を最優先に考える。そして、あなたの思うようにしたらいいと思う。
じゃあ、おやすみ』
俺はスマフォをそっと机に置いた。
そっか、ありがとうな美月。俺、決めたから。




