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璃理恵の翼  作者: 植村夕月
第0章 翼を手に入れた少女、璃理恵
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1、時雨の後悔と飛燕の怒り

一週間ぶりです。若干長くなりましたが、作品をお楽しみいただけたらと思います。

   1、時雨の後悔と飛燕の怒り


 柳原璃理恵が死んだ。

 全校集会で校長が口にした言葉は、何かの酷い冗談だと思った。こんなものは夢なんだと、質の悪い夢なんだから早く目が覚めてくれって、何度も思った。頬をつねって、壁に頭を叩きつけて、とにかく体に痛みを与えた。

 ほとんど誰も近寄らない体育館裏で、俺は自傷行為を続けていた。

「なんで、なんで、なんでだ? なんで璃理恵が死んだ」

 頭を体育館の壁に強く打ち付けた。

 鋭い痛みが額より伝わる。同時にドロッとしたものが皮膚を通して伝わった。そして目が染みた。グラウンドに校舎が紅く染まっていく。青い空も白い雲もすべてが紅くなった。

 目に血が入ったのだ。 

 俺は乱暴に目を擦った。視界は少しクリアになった。ただ、まだ見えにくい。

 自暴自棄になっていた俺は、手についた血を見ると不思議にも荒れた心が落ち着いた。俺はその場に座り込んだ。誰も近寄らないそこで、ただコンクリートの地面を見ていた。

 ただ、心の中で俺は思う。

 昨日、どうして璃理恵の話をもっとまじめに聞いてやれなかった。あの時にもっと親身になって聞いてやれれば、アイツに近寄ってくる危機に対応できたかもしれない。思えばあいつが少しでも俺に我儘になっていたことはあったか。アイツは俺に対していつも遠慮していたような気がする。いつも誰かのことに気を使って、自分のことは二の次にしていた。そんなアイツがわずかでも自分のことを一番に考えてほしいと、態度で表した。それをどうして俺はあんなふうに雑にあしらった?

 歯を食いしばった。あまりに強かったから、奥歯が欠けてしまった。

 しばらく自責の念にとらわれていた俺だが、グラウンドで体育の授業が始まるのを見ていつまでもここにいるわけにはいかないと思う。ただ、額を切って血まみれ、拳も内出血で青黒く変色している。

 このような有様で、教室に戻ることなんてできない。

 とりあえずは血を拭って、包帯を巻いた方がいいか。

 右手で額からの出血を少しでも抑えようとっする。しかしなかなか血は止まらない。少なくなるようすすらなかった。顔の怪我は出血が多いというが、まさかここまでなんて。

 俺は少しくらくらしながら、保健室へ向かった。


「失礼します」

 俺は保健室のドアをノックしたのちに、中へ入った。

 保健室にはベッドが六つあってそれぞれに仕切りのカーテンが張られている。パイプ椅子は部屋の隅に畳んでおかれている。俺にとってこの学校の保健室に入るのは初めてなのだが、ここまで広いとは思わなかった。部屋の中央には木製の椅子が四脚あった。俺はそれに座って、養護教諭が来るのを待つ。その間に、引き出しから拝借した綿を使って血を拭き取っておこう。

 垂れた血をティッシュで適当に拭って、それから傷口の部分は綿で拭けば……。

 俺がけがの処置をしているところだった。俺の右側のベッド。そこのカーテンがおもむろに開く。そしてショートの女の子が腕を組んで姿を現した。唇はきゅっと閉じられて、目つきは鋭く、眉は整っている。まさに美少女だった。

「先生は当分戻ってこないから。気分が悪いんだったら適当にベッドで寝て――」

 その子は俺の様子を見て表情を見る見るうちに変えていく。

 眉は元気がなくなったように下がり、唇はわなわなさせる。目が少し潤んでいるような気がした。

「アンタ、どないしたんよ!」

「あ、いや。ちょっとやらかした」

 俺が適当に笑って答えた。その様子を見る少女はみるみる顔を赤くしていく。瞳は相変わらず潤んでいるが、眉間のしわから怒りを抱いていることは分かった。

「はぁ? ちょっとやらかしたぁ? とにかくこっち来い」

 女の子は俺の手首をつかんで、保健室奥の洗面台へ連れていく。

「アンタ一回自分の顔を鏡で見たほうがいい」

「えっと、そんなに酷いのか?」

「酷いなんてもんじゃない。このバカ。階段からでも落ちたの?」

「いや、違う」

 少女は俺の髪を掴んで洗面台に押しやる。そして蛇口を全開にした。

「とにかく、水で顔を洗いなさい。痛いけど傷口もちゃんと洗い流して。いい!」

「あ、ああ」

 俺は彼女の言われるままに顔を洗った。そしておもむろに顔にタオルを押さえつけられる。

「額を強く押さえつけて」

 俺は額にタオルを強く押しあてた。血が頭から下がってフラフラする。まともに歩けない俺は彼女の手に引かれて部屋中央の椅子に座らされる。そしてここで待っているように言うと、彼女は保健室を出ていった。

 数分ほどだった。

 少女は汗だくとなって戻ってきた。彼女は俺の手を引いて玄関まで連れて行った。玄関前の道ではタクシーが待機している。俺はタクシーに押し込められると、そのまま病院へ連れていかれた。出血が多いせいか車の中でのことは覚えていない。ただずっと彼女が右手を握っていたことだけは覚えていた。

 

 額の縫合を終えた俺は処置室を出ると、受付前の椅子で足を組んでいる女の子に手を振った。彼女は俺の様子を見てほっとしたのか、背もたれに深く凭れかかった。

「本当に誰ともわからない奴の面倒をここまで見る羽目になるなんて、なんて日よ」

「悪いな。本当に、迷惑をかけた」

「アンタ、名前は?」

「えっ?」

 素っ頓狂な反応をする俺に、もとよりツンケンとしている彼女の眉間のしわがさらに深くなった。

「アンタさ、ここまで連れてくる間に一度も名前を言ってないでしょ。名前くらい教えなさい」

 そこまで言われて初めて気づいた。俺は額を切って保健室に入った後、彼女に何かと面倒を見てもらっている間、その必死な様子のすべてから俺の知っている人物だって勝手に思い込んだ。意識が混濁する中での出来事だったとはいえ、あまりに失礼が過ぎた。

 ここまでしてくれているのに、俺は彼女に礼を言う以前に、名すら名乗っていないなんて。そんな自分が恥ずかしくてまた、許しがたかった。

「すまない」

 俺は待合室の椅子で隣に座っている彼女におもむろに頭を下げた。そして遅ればせながら名を名乗った。

「俺の名前は神原時雨かんばら しぐれっていう」

「わ、分かったから……」

 彼女は俺の肩に手を載せる。俺は顔を上げて彼女の表情を窺った。彼女は顔を真っ赤にしている。その反応が意外だった。しかしそれもすぐにわかる。ちらりと周りに目を向けたら、待合にいる患者の視線が集まっているのだ。

 彼女は俺の手を引っ張ると、待合から病院の玄関へ向かう。

「アンタの怪我の治療費は、私が肩代わりしてやったんだから後で返しなさいよ」

「ああ、何から何まで、本当に済まない」

 少女はこちらに視線を向けることなく、病院の廊下を進む。玄関を出た後で、彼女は学校に携帯電話で何やら話していた。俺のことだろう。携帯をポケットにしまい込んだ彼女は、俺のほうを振り向いた。

「アンタは私の名前を知ってないでしょ。それともあの子を通して聴いていた?」

「あの子って?」

「リリーよ。聞いてないなら今のうちに言っておく。わたしは雀崎飛燕すずめざき ひえん、よろしく」

 普通ならよろしくって言いたいところだが、飛燕は気になることを口にした。リリーと。

 リリーとは璃理恵と親しくしている者が彼女につけたあだ名だ。つまり彼女は璃理恵と親しい間柄にあったという事だ。今日の朝、保健室のベッドに寝ていた理由は、あの訃報による精神的なものが原因だったのだと勝手に認識する。

「とりあえず、もうここにいる要はなくなったわけだし、学校に帰るか」

「そうやね。でもあんたのせいでアタシは金欠になったんやからな。タクシーもバスもつかえるなんて思ったらあかんで」

「本当に面目ない」

「まあ、リリーのことに関しては本当に悲しいことだし、仲の良かったアンタたちだからこそ、あんなに傷ついてしまったのでしょ」

 雀崎は憂いを帯びた表情で俺にそういった。

 そして丘の上にある病院から学校のほうへと足を進めた。


 雀崎飛燕、彼女はショートヘアで背が高い。中性的な顔立ちにきつい目な口調から異性に対してよりも、同性からの人気が高い。特に下級生女子からの人気はすさまじい。スタイルの良さから、学園美少女のジョーカーとして位置している。そんな外見だけでも衆目を集める彼女は、弓道二段。弓を構えて矢を放つ凛々しい姿が人気を不動のものとしている。

 俺も名前だけは聞いたことがあるが、今日実際に接してみて彼女の人気がそれ以外にあることは分かった。怪我をしている者を見るとすぐに自分にできる最善を尽くして、助けようとする。当たり前ともいえる行為ではあるが、大量の血を流している者を目に、その当たり前ができなくなってしまうなんてことは多々あるだろう。怖気づいてしまう。だけれども彼女にはそんなものはなかった。彼女のするどい瞳からは何のよどみもなく、ただ剣のように鋭くて、真っ直ぐなものだ。

 なんて高潔な奴なんだ。こんなやつを目にしてしまうと、先ほどまで悲しさから自暴自棄になっていた自分が恥ずかしくて仕方がない。

 丘を降りる途中、ちょうどバス停を過ぎたあたりで俺はため息を吐いた。

 その様子を雀崎はぎろりとにらんだ。

「何? やっぱりしんどいの?」

「え、いや違うけど。どうしてそんなことを」

 彼女の反応に俺は一瞬何のことだか分らなかったけど、バス停を見てすぐに理解した。

「血はしっかり補充したから大丈夫だ。ただな、自分で傷つけてこんな情けないありさまなのに、雀崎は友達がいなくなったていうのに、自分を見失わずに誰かを助けることができる君がすごいなって思っただけだ」

 俺は真剣にそう思った。怪訝そうな顔を向ける彼女に対して真っ直ぐに見つめ返した。そしたら彼女は少し頬を赤くし、顔を背けた。

「そんなことはない。アタシだって辛くて仕方なかった。でも、落ち込んでいる間もなく血まみれのアンタが転がり込んでそれどころじゃなかったよ。別に、……特別なことじゃない」

 そんな風に謙遜しなくていいのに。

 俺はそう思った。にしてもこのあたり坂が本当に多いな。病院からの坂道を下った先に道がなだらかになっていたから、ひと段落したかと思うと銀杏の並木道を二、三百メートル進んだあたりでまた下り坂が見えてきた。先を進む雀崎は俺の様子を時折伺っては心配してくれた。大の男が女の子にこんなことで心配をかけていることは、本当に恥ずかしい。

 俺が羞恥より溜息をついていると、雀崎はこの丘が多い場所に関しての話を始めた。

「シグはこのあたりの土地に関してあんまり知らなさそうやね。休憩がてらに話すか」

「あの、シグって何?」

「アンタのあだ名やん。なんか呼びやすそうなフレーズないかと思ったけど、ちょうどごろよさそうやしって思ってな」

「そうかい。まあ、好きに呼んでくれ」

 病院がある坂道を下って左に曲がった先には、堀のない古墳があった。誰でも立ち入ることができる公園となっていて、平らな場所には子供が遊ぶためにブランコ、シーソーに砂場が設置されている。公園中心に向かって地面が高くなっていく。中央は鉄板プレートで遺跡としての解説文が記されていた。この塚には何本か木が生えており、そのうちの一本に雀崎は凭れかかる。そうして彼女は近場に転がる大きな石に座るように促した。

 岩に腰を落ち着けた俺に彼女は目もくれず、ただ一心に何かを見ていた。

「この辺りはな、昔山やったそうやねん。ここ二十年ほどの宅地開発でどんどん山は切り開かれて住宅に病院、学校にショッピングモールができていったんよ」

「歩いていて時々竹林とかがあるのは、その名残か」

「さあね。ただ、この町は私の生まれ故郷に近いねん。特にシグを連れてった病院より先には大学があって、その近くにかつてのアタシの家があってんや」

「そっか」

 雀崎の嬉しそうでありどこか悲しい様子に俺は特に何かをいう事は出来なかった。

 しばらく彼女と共に公園から町を眺めていた。すると彼女は振り返って、鷹のように何でも見てやるぞ、ていうような眼で俺を見る。明らかに俺を値踏みしている様子だった。一体何を企んでいるのか、全く予想もつかない俺は彼女に対して苛立ちを募らせる。

「どうしたんだよ?」

 雀崎は俺の苛立ちを察してか、視線をずらす。そして急にもじもじとしだした。雀崎という少女とは今日初めて会ったのだが、大体彼女の性質は分かった。その上でどうして急にしおらしくなったのか不思議だ。むしろ気味悪くなって反応に困る。

「いや、あんたさあ、今日アタシと学校サボらへん」

「はぁ?」

 動揺する俺にさらに追い打ちを掛けるこの言葉。処理落ちした俺の脳は、彼女の次の言葉によって機能を取り戻した。

「リリーの死んだ場所に行ってみいひんか?」

 ――璃理恵の死んだ場所。一体どうしてそんなところへ。

「シグ、アタシは璃理恵がなんで死んでしまったんか、知りたいねん。興味心とかそんなふざけたもんとちゃう。あの子がいなくなってしまった現実が許されへん。校長はあの子が自殺か他殺か何も言わんかった。でもな、リリーと長いこと一緒やったあんたならわかるやろ」

 すたすたと俺のほうへ彼女は進む。襟首をつかみあげるような剣幕で俺をにらむ。俺はそれに負けじと彼女の目をじっと見た。

「ああ、分かる。アイツはそんな奴じゃない」

 そうだ、俺は柳原璃理恵のことに関してなら何でも知っている。もう何年もの付き合いだ。アイツの好きな食べ物に音楽、小説にゲーム、好きなことならなんだって答えられる。また璃理恵の嫌っていたものも片っ端から上げてやる。爬虫類系全般に、食べ物なら麻婆豆腐、牛肉。勉強は英語に数学、物理ができない。

 今までにいろんな所へ遊びに行って、いろんなものを見てきた。俺はあいつと多くのモノを共有してきた。俺は誰よりも璃理恵を理解しているつもりだし、アイツだって俺をそう見ていると思っていた。

 俺はあいつを誰よりも知っていた。


 パシン。

 

 空気を割くような音が周囲に響く。遅れて左の頬に走る痛み。そして前には歯をむき出しにした少女。数秒間反応できなかった。彼女の荒くなっている息を聞いて、初めて自分がビンタされたことを認識した。

 それと同時に彼女は俺にタックルをかました。そして雀崎はバランスを崩した俺の脚をひっかけて転倒させた。地面に伏した俺に乗っかり、彼女は右の拳を握りしめる。

 そして俺の顔面を何度も殴りつけた。

「アンタなら、それは分かるやろねえ。ずっと一緒やったなら、なおのこと。そして一番近かかったあんたやからこそ、分かったこともあるやろうな。だからこそ全部自分のせいやと思ってんやろ」

 そういっている最中も彼女は殴ることをやめない。

「神原時雨、お前は本当にムカつくなあ」

 殴打の連撃が止んだと思ったら、瞼が腫れて見えにくくなった視界に女の子の泣いている姿が映った。ただただ、静かに雨のようにしんしんと泣いていた。

「お前……」

「アタシかって、あの子の友達やった。あんただけが悪いんとちゃう。でもな、あの子の友達があんただけやと思ったら傲慢も甚だしいで」

 雀崎は、傍らに投げ捨ててあった鞄から水の入ったボトルを取り出すと左手にあったハンカチを程よく濡らした。そのハンカチをぼこぼこに殴りつけた顔面に押し当てていく。彼女の優しさと暴力を浴びたことによって、その心情をわずかながらに感じ取ることができた。

「雀崎、ごめんな」

「あやまるな。一方的に殴ったのはアタシや。目撃者が複数居ったとしたら全員がアタシを悪やって判断するやろうし、私もそれは仕方ないと思う」

「いや、それは俺にために、だろ」

 雀崎が俺を殴りまくった理由。それは柳原璃理恵が死んでしまった理由のすべてを自分のせいにしてしまおうとすることを正すため。俺は璃理恵に近かったが、璃理恵に親しかった者は他にもいたわけだ。だが、俺の思考はその人すべてを排斥する。そういう傲慢を正してくれたのだ。

そして雀崎が殴ることによって、璃理恵の死に対しる自責の念をほんの少しでも自身が負担してあげようとしたのだ。

「ボコボコに殴り倒してすまない」

「いや、お前のお蔭で俺がどれほど自分勝手かわかったよ。ありがとうな」

 心の底からそう思った。だから、雀崎を安心させたくて少し笑ったのだが、どうしてまた眼をウルウルさせているのだろうか。顔まで赤くなっている。

「あ、あ、アタシも殴れこのバカヤロー」


――「いや無理だって」

   「でもあんたの歪んだ思考を正すためといってやな、ここまでするんちゃうかった」

   「だから、それはもういいって言ってるだろ」

   「シグは優しすぎるわ、このボケ」

   雀崎はしまいには大声で泣きだした――


「あー、いや、本当にすんませんした。アタシもこんな風に取り乱すとは思わんかった」

「仕方ない」

 それから特に話すこともなくて俺たちを静寂が支配した。


 雀崎はしばし空を見上げていた。

 俺は目を閉じて、特に何も考えることはしなかった。だから途中で睡魔に襲われた。座っている岩の上でこくりこくりと舟をこいでいる。その眠気も彼女のちょっとした言葉に吹き飛ばされた。

「シグ、今から璃理恵の死んだって言われている公園に行かんか?」

「どうして」

「あの優しい璃理恵がどうしてこんな目に合わなあかんのか、アタシは知りたいねん。こんな自己満足って到底許されるものと違う。でも、どうしてもその場所に行かなあかんと、思うねん。あの子がたった一人、そこで誰にも看取られずに逝くことになった場所。せめてその場所をアタシらは知っておかなあかん気がする」

 神妙な面持ちで話す彼女に、俺はこくりと頷いた。


 日が徐々に傾きだすころ、俺と雀崎は学校から最寄りの駅付近にいた。商店が立ち並び、夕食の準備などで買い物をする主婦などの姿が目立つ。弁当屋にたこ焼き屋と焼き鳥屋などから香ばしい臭いがする。

 雀崎の進む方に随っていると、この辺りまで来た。

 事件だとかそんな物騒なこととはこれっぽっちも関わりがないような活気のある場所だ。

 そしてこの近くにある公園、そこで璃理恵は死んだそうだ。

 璃理恵の死に場所は、校長の口から放たれていない。すなわち誰も知らないはずなのだ。なのにどうして雀崎はその場所を知っているのだろうか。そんな疑問を当然のごとく彼女にぶつけた。


『えっ、私がその場所を知っている理由やって?』

 雀崎は俺の疑問に対して不機嫌そうな口調で聞き返してくる。あまり聞かれたくないようなことなんだろう。彼女は髪を両手でバサバサと掻いて、仁王立ちする。表情は非常に厳しいものだった。

 しかし、決心したのだろうか腕を解くと唇に人差し指を当てて――口外厳禁――の意を表す。そしてひそひそと話し出した。

『アタシは璃理恵のお母さんとも懇意にさせてもらっててやね、いろいろお話することがあった。事件の当日、家におる私に電話がかかってきて、お母さんから、璃理恵の帰りが遅いってことで、何か知らないかって電話があった。思い当たる節はなかった。けどあんまりに遅い時間やったから、アタシはお母さんと協力してあの子を探したんよ』

『遅いって、それは何時くらいなんだ?』

『まあ、夜の遅いっていう言葉も人によっては遅くないって認識があるんやろう。璃理恵はどんなに遅くても夜の八時までには家に帰ってきたんよ。門限がその時間でな。だからそれより遅いなんてことはなかった。ところが、あの夜、リリーは夜の十一時半になっても帰ってこなんだ。お母さん、あの時は藁にも縋るような気持ちやったんやろ。普通、あんな時間に電話かけようって思えん』

『遅かったのは分かる。それでお母さんと璃理恵探しを手伝ったのも分かる。でも璃理恵が見つかった場所をお前が知っているのは分からん。どういうことなんや』

 俺の詰問に雀崎は顔を伏せた。夕焼けの中、影が彼女の顔をうまく隠す。

『璃理恵の第一発見者がお母さんなんよ』

 

 雀崎の話によれば、璃理恵の変わり果てた姿を発見したのは璃理恵の母で、本人が救急車と警察を呼ぶことはできなかった。錯乱していて唯一、雀崎にこのことを伝えた。雀崎は悲惨な事件が行った公園から璃理恵を抱えて少し離れた場所にいた彼女の母と合流。警察と消防の連絡は、雀崎が行ったようだ。

 俺たちは人通りの多い商店街を抜け、裏路地に進む。裏路地を抜けたあたりで人通りは不思議なことにばったりとやんでいた。そして閑散としているこの通りを左に曲がって進んだ先には、例の公園があった。

 逢魔が時、影が長くなる。空は血のように赤く妙な寒気がした。

 公園の中へ入る。公園は簡素なもので、ブランコに砂場、滑り台があった。そして彼女がもたれかかるようにして息絶えていた杉の木。

「あれ、目にゴミが入ったかな」

 俺は目を擦った。少し疲れているのだろう。何か見えた気がした。今日は大量に出血しているし、頭がぼんやりしても仕方ないな。

 そうしてため息をついてまた「そこ」を見た。先ほどより鮮明に見える。いよいよ、おかしくなったか。狐に化かされているのだろうか。

「はは、璃理恵が見えるぞ」

 ブランコに座ってずっと顔を伏せていた少女は、俺の声に反応してパッ顔を向けた。俺の顔を見てから彼女の表情はみるみる明るくなった。

『時雨クン、時雨クン、時雨クンだ』

「どうして、お前死んだんじゃ?」

『やっぱり見えているんだ。良かった。良かったよー』

 璃理恵はブランコから降りると、俺に飛びついた。

 雀崎はその様子に目を真ん丸としていた。

「リリー、え、アンタが、ここにおって……、昨日アタシが見たのは……」

 雀崎は腰が抜けたようにズルズルとその場に崩れ落ちた。




次回は一週間程度を予定しております。

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