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璃理恵の翼  作者: 植村夕月
第1章 璃理恵に穿たれた楔
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18、美月の願い NO5  

   18、美月の願い NO5  


『お、やっと出たな。シグ、今日学校休んだらしいやん。どうしてん?』

「ああ、実は昨日大変なことがあってな、今日はとても行く気になれなかった」

 俺はベットに寝転がりながら携帯電話で雀崎と話していた。

 部屋には回復したのか、璃理恵が俺より飛び出してパソコンを操作している。ブラインドタッチなんてして、相当パソコン慣れしてやがる。

『大変なこと?』

「えっと、昨日の放課後にルート・バンカーていう変なおっさんに襲われた」

『ルート・バンカー!?』

 雀崎のあまりに大きな声に、俺は思わずケータイを放り投げた。ショックで顔は梅干しみたくなっていることだろう。

 俺は電話口に近づけていた耳を小指でほじりながらケータイを拾う。

「五月蝿い!」

『ああ、ごめんごめん。で、どないしてん?』

「どないしてんって、新宮さんに助けてもらった」

『あ、そう。そりゃあよかった。アイツ、相当やりよるけど愛華だけは勝てんから』

 雀崎もあの変なおっさんを知っている。

 あのおっさんはどうして俺たちを襲ってきたんだ? それが分かれば。

「ルート・バンカーって何なんだよ」

『ルート・バンカー、陰陽師、やと思う。アホみたいに強いのが特徴。ただ、あれの行動原理はよくわからん。気味悪いからアタシらの間じゃ、アイツに近づかんことになってる』

 こいつ、俺が別にそんな奴に襲われようと死なないだろ、みたいな感じに言いやがる。

「なあ、雀崎。あんまり心配してないだろ」

『うん。だって『璃理恵の翼』さえあればにげきれるやん』

 俺は電話口より放たれた翼という言葉に、あの夜を思い出す。闇の中、璃理恵の背より白く輝く翼を目にしたとき、俺はただ嬉しかった。闇を照らす光を持っていて、とても綺麗で、神々しくて、救われると思った。

 あの輝く翼は、誰のためのものでもなく璃理恵のためにある。璃理恵がどこかへ飛びたいと思えばどこだって行けてしまう。

「確かに璃理恵が自分の意志でそれを出現できるならな」

『は? 要するに使いこなせんてことか?』

「そうだな。まだアイツの任意で出現できるようではないみたいだ。それに己が望むときにそれが出せた暁には、アイツはもうどこかへ行ってしまいそうだ」

 雀崎はしばし言葉を閉ざしていた。

 俺の言葉が何を意味しているのか、すぐに察したのだろう。俺たちの間には重い空気が漂う。

『シグは当面、愛華と行動を共にし。アタシはやらなあかんことがあって手が離せん。不幸がより目に見える形で降りかかっていることは伝えとく』

 俺は携帯を耳元より話して通話を切った。


 俺は台所で、ジャガイモの皮をむいていた。

 美月と璃理恵はソファに座ってテレビを見ていた。ちょうど国営放送のニュースがやっている。ニュースの内容は大したものではない。しかし璃理恵と美月はそれを食い入るように見ていた。

 二人は肩が触れ合いそうなくらい近づいている。ただ美月は璃理恵を視認することができない。俺はジャガイモ片手に彼女らを窺った。璃理恵はあんまり気にしていないようだけど、認識されない辛さというものは俺には計り知れない。時折美月に何か話そうとして、何度か逡巡して、結局やめて。

 俺は彼女からジャガイモに視線を戻す。皮をむいたジャガイモ二つを四等分に切る。人参、玉ねぎも皮をむいて、適当な大きさにカット。

 なべに投入して、煮る

 ……。


 俺はテーブルにグラスを三つ、スプーンを三つ置いた。

 その様子に美月は首を傾けた。

「兄さん、グラスが一つ多いけど、あとスプーンも」

「ああ、気にしなくていい。間違ってないから」

「お客さんでもくるの?」

「いや、まあ似たようなもんだな」

 カレーライスを運び、俺は席に着く。美月は俺の向かいで璃理恵は俺の隣という配置だ。

 美月も璃理恵も俺を怪訝そうに見ている。

 美月はどうして一人分多いのか?

 璃理恵はどうして私の分まで用意しているのか?

 まあ、当然の疑問だわな。一応美月に璃理恵のことについて話すとするか。

 美月のためとか言ってこれ以上璃理恵のことを隠しても、アイツの安全を保障するわけでもない。それにそういう考え方は俺の独りよがりだ。あんな風に一緒に事故にまで巻き込まれている。

 俺は背を正す。

「まあ、信じられないと思うけど、俺の隣には璃理恵がいるんだ。ゲームした後で言ったと思うけど、俺の中には璃理恵がいるって言ったろ。時々体の中から出てくるんだ」

 メモ帳とペンを璃理恵の手元に置いてやる。

 普通璃理恵は視認できないし、彼女の言葉も届かない。しかし彼女は物体に対しての影響力を持っている。もし俺みたいなの以外で誰かに伝えたいことがあれば、こうして筆談するという方法がある。

「そんなこと、いきなり言われてもさ。はっきり言うと信じられない」

 美月は思った通りの反応を示すので、俺は璃理恵にメモを使って妹と話すように伝えた。璃理恵はこくりと頷いて、ペンを握るとつらつらと書く。

『こんにちは、美月さん。私は柳原璃理恵です』

 璃理恵はメモ帳を美月に向ける。

 俺からしたら璃理恵が左手に掴んで見せているそれは、美月からして空中に浮いているように見えるだろう。

 美月は目の前で起こっていることに対して衝撃のあまり、言葉をなくす。目を大きく開いたまま、固まってしまった。

「おーい、美月ー、しっかりしろ―。大丈夫かー?」

 妹の顔の前で手を振ってみる。

 美月はハッとして、顔をブルブル振る。そしてもう一度メモ帳を見た。

「……ホントウ、なんだ」

 コップを両手で口に運び、唇を濡らした美月は大きく息を吐いた。

「お兄さんの、友達ていうか恋人の既成事実ができつつあるあの璃理恵さんですか」

「おい、恋人の既成事実ってどういう事だ」

 即行でツッコミを入れる俺を無視するように、璃理恵はメモで彼女に返答する。

『はい、友人で、私は恋人だと思っているあの柳原璃理恵です』

「お前は何を言っているんだ!」

 顔がかあっと熱くなる。璃理恵はちぇっというと、メモに筆を滑らせる。

『ちょっとしてジョークなのに、時雨クンって頭固いよね』

「あ、ジョークなんだ」

 そしてどうやら本当のことだと思っていた美月は、何やらほっとした様子だ。美月は美月で冗談は通じない。璃理恵は天然バカだし。いや、バカではないか。

「もうその辺にして、晩御飯食べないか」

 素直にうなずく美月に対して璃理恵は戸惑っていた。

『えっと、私幽霊だよ。別にご飯は食べなくても大丈夫だよ』

「まあ、せっかく用意したんだから食べろよ」

『う、うん。じゃあいただきます』

 璃理恵はカレーライスをスプーンですくう。

 物体に干渉することのできる彼女は、食事も生前と変わらずに行うことができる。本人曰く別にとる必要はないらしいが、こうして姿を現してくれている時は、一緒に食べたいと思う。

 俺もカレーを食べ始めた。

 璃理恵は食欲が旺盛で、瞬く間に皿を空けた。

 美月はそれを驚いた様子で見ている。

 俺にはちゃんと璃理恵という存在を視認できているが、美月は先ほども述べたように見えていない。しかし、スプーンが浮遊してカレーライスが何もない空間に突然消えていく様子は何とシュールなモノだろうか。

「どういう原理なのよ?」

 さあ、どういう原理なのだろうな。

 俺は皿を手に台所へ引っ込んだ。


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