14、美月の願い NO1
14、美月の願い NO1
「一応『彼女』の出血は止めました。あと、あの変人が残していった針ですが、これは私の方で預かっておきます」
「ありがとう。本当に」
新宮は首を横に振った。あくまで笑みを崩さずに俺を見ていた。やはりいつどんな時も美しさを損なわないようにしているなあと俺は思った。彼女が璃理恵に何か特別なものを(あの淡い光の正体を知らない)放っている姿も傷ついた人の心、魂をいやす天使のように高貴なものだった。
そういえば彼女が璃理恵から針を抜いたときも血がドバっと出た。
「あの、神原さん。じっとこちらを見られると恥ずかしいです」
「ああ、すまない」
新宮さんは軽く握った右手を口元にあてると、目をそらす。頬はほんのりと紅く染まっていた。白桃のように綺麗な頬っぺただ。見ているだけで、胸が高鳴ってしまう。
俺は彼女に背を向けた。
あんまりにも綺麗な人だ。俺の頭がおかしくなってしまう。というよりもうおかしくなっているだろう。
「この子は、柳原璃理恵さんですね」
俺は目を見開いた。彼女は璃理恵に関する情報をほとんど得ていないはずだ。ただこの学校の生徒の一人が不幸に巻き込まれたという情報を学校側より与えられているらしいが。
璃理恵の姿を視認できる彼女は自身を巫女と称している。
あっち側の人間なんだろう。
「どうして璃理恵のことを知っているんだ?」
「はい。柳原さんに関しては雀崎さんから伺っていました。私のこと驚きました?」
「ああ、もういきなり転校してきたと思ったら、そんな子が異能持ちなんて」
可憐な少女が廊下一杯を埋め尽くすほどの炎を放って、それをおどろかずにいられますか。
「まあ、ここで話すのもなんですし、私がよく通っている喫茶店に行きませんか?」
「あ、いらっしゃい愛華ちゃん」
「こんにちは、おじさん」
白髪にオールバックの男性、顔にあまり皺がない様子から四十代後半だと思う。カッターシャツに黒いズボン姿、……季節はずれなクールビスのサラリーマンを彷彿とさせた。
「まだ営業前みたいだけど大丈夫なのか?」
お店の扉に立てかけてあった板には準備中とあった。しかし彼女はそんなものを意に介さずに中へと入っていった。
お店の人と結構親密なようだし、問題はないのだろう。
「えっと、おじさん。急に押しかけてきちゃったけど大丈夫ですか?」
え? 大丈夫だと思って板を気にせずに、中に入ったんでしょう。違ったんですか。
「いいよ、気にしないで。愛華ちゃんは僕にとっては娘も同然だからね」
「ありがとうございます。おじさん」
お店のマスターらしき男性は、カウンターの奥、調理室だろうところへ入っていった。奥からはフライパンなのか調理器具を取り出すときに器具同士がかすれる金属音がこちらに聞こえてきた。
「いつものでいいかい」
「はい、それでお願いします」
男性は奥から水の入ったグラスと、おしぼりを二つずつお盆にこちらへやってくる。俺はお礼を言った。彼は軽く会釈するとカウンターの方へ戻っていった。
「やっぱり、あの口ひげがとっても可愛らしく思います。あなたはどう思いますか?」
「結構雰囲気に合った感じがする」
俺は今日初めて会った子に、いきなりお茶に誘われた。こんな可愛らしい子に誘われて、舞い上がらない男なんていないだろ。しかも結構雰囲気がいい喫茶店だ。
喫茶店は入口を入って左側にテーブル四つ、右側にカウンター席が八つ。扉のすぐそばに年季の入った柱時計がおかれている。カウンター、てーブルに椅子は上品な皮色となっていて、壁紙の白は暖色系の伝統によってゆったりとした感じになっている。
「いいお店だな」
「えへへ。私の自慢のおじさんがやっているんですから当然です」
彼女は嬉しそうに笑っていた。
彼女と他愛無い話をしていると、カウンターからマスターがコーヒーとサンドイッチを運んできた。注文していない俺に、コーヒーとサンドイッチを置いた彼は、「ごゆっくり」と言ってまたさがっていった。
さて、俺は結構金にはうるさい。
昼食の時もそうだったが俺は現在金欠状態となっている。喫茶店は紅茶一杯、コーヒー一杯で三百円から四百円取られる。出来立てのサンドイッチはタマゴサンドと、カツサンドが一つずつで……。
「なあ、このお店のメニューってどこにあるの?」
「ああ、今日は休業日だったかもしれないです。多分ないと思いますよ」
小声になって話していたが、休業日という言葉を聞いてから悪いことをしたと思う。俺は白い皿にあるカリカリの食パンに挟まれたタマゴサンドを口にした。あまりにサンドイッチがおいしいもので、余計な思考はすぐに消えていった。
「おいしいな、これ」
サンドイッチのパンの表面はカリッとしていて、中の卵はふんわりとろとろ、間にはさんだキャベツの歯ごたえもまたいいのだ。そして砂糖もミルクも入れていないコーヒーを一口。!? パンの甘さと卵の濃厚な味が、香ばしいコーヒーのうまみを引き立てる。
思わず顔が緩んでしまった。
そんな俺の反応を見て、新宮さんは笑う。
「なかなかおいしいでしょ。おじさんのは最高なんです」
「本当にすごいな、これは」
サンドイッチを食べ終わって、コーヒーをすする。
綺麗な女の子とこんなお洒落でおいしいコーヒー飲みながら時間を潰すなんて、幸せすぎる。幸せに浸っていると、ある友人の言葉が頭の中に響いた。
リア充爆発しろ。
忘れろ忘れろ。
それより、本題だ。ここへ来たのもそれが目的だったし。
「さっき、新宮さんはルート・バンカーとかいう不健康でおかしな男を撃退してた。雀崎にと近しいものを感じたんだけど、ライバルということ以外でどういった関係なんだ?」
「そうですね。彼女は陰陽師で、私は巫女です」
新宮さんは温かいコーヒーを飲み干すと、「はふう」と息とついた。
「巫女、て神社で働いているあの……」
「その認識で間違いないですよ。私は雀崎さんを手伝うことになったんです。最近瘴気濃度が高くなりすぎていることは、さすがに何とかしないといけないです。璃理恵さんに関してもああいう者に何度も狙われてはたまったものではありません」
「うん、俺も神経が麻痺してきたんだろうか。奇妙奇天烈な奴を見てもあまり驚かないことがかえって怖くなってきた。そのせいで命の危機を察知する感覚が鈍ってしまっている。何とかしないと」
俺に危険が迫ってくる原因は、おそらく璃理恵の憑依体となっているからだ。璃理恵は誰かに狙われていて、そのものの瘴気を直接浴びることからくる狂化の影響をこうして減らしている。
ただ、その結果俺共々狙われるわけだ。
「あなたにとって、璃理恵さんはとても大切な人なんですね」
大切じゃなかったら、こんな危険な道は進まない。それに、こうなった原因は俺にあるんだ。あの子から脅威が立ち去るまでは、俺の中で隠れてもらう。
「雀崎さんだけでは手に負えない状況になりました。街の瘴気を絶ち、璃理恵さんを、あなたを同時に守ることなんて一人でできないです。そこで私はあなたと璃理恵さん、そして学校の皆さんを守るために、この学校にやってきました」
俺はコーヒーのカップを両手で包み、その中をじっと見つめた。
こうして聞くと、やはり俺は守られる側で、特に何かができるわけじゃない。新宮さんは俺たちのために学校まで変えた。仲が良かった友人だっていただろうに、突然別れることになって、そんな彼女を可哀想と思うことはごく自然なことだと思う。そんな子に何かできることはあるか。なあ、雀崎。お前なら何て言う。
俺には美月という妹がいる。あの子は絶対に一人にさせない。そのために俺も元気でいなくちゃいけない。ただし璃理恵というかけがいのない友人も守らねばならない。ある程度の危険に遭遇するだろうが、極力それに回避する。
今の俺が彼女にできることは……。
「新宮さん、良かったら友達にならないか。転入して分からないことも多いだろ。その時は遠慮せずに聞いてくれ」
朝の社交辞令の時とは違う。
彼女はぱあっと顔を明るくさせた。
「はいっ! 私こそ、その、よろしくお願いいたします。ほんと、その、嬉しいです」




