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璃理恵の翼  作者: 植村夕月
第1章 璃理恵に穿たれた楔
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11、転入生の新宮愛華 NO4

  11、転入生の新宮愛華 NO4   

 

 担任が連絡事項を告げると、出席簿を手に教室を出ていった。

 そして間もなく教室はクラスメイトの雑談で騒がしくなった。外のグラウンドにはまだ誰もいない。後十分ほどすれば部活動の連中が集まってくる。

 夕暮れ時の教室は、俺にとって最も物憂いものとなった。

「神原さん、お疲れさまです」

「ああ、お疲れ」

 新宮は俺にお辞儀をすると女の子数人と教室を出ていった。

 俺は呆けていた。

 クラスメイトが全員教室から出ていって、ハッと自分だけ残っていることに気が付く。

 俺は鞄を手にすると、誰もいない部屋を出ていった。

 廊下は誰一人いない。部活動の連中がグラウンドで走っているのだろう。掛け声が聞こえてきた。あるいは吹奏楽部のメロディーに軽音楽部のエレキギターが特にリズムを刻むわけでもなく弾かれていた。ペグを捻って調律しているのだろう。

 そんなどこにでもある学校の風景。

 そこに何かがいた。

 最初は女子学生だと思っていた。頭がぼんやりしていて特に疑うこともなかった。しかしいくら近づいても輪郭が露わにならない。そうしてやっと俺は気付いた。

 こいつは不浄だと。

『時雨クン、逃げないと、はやく!』

 傍らに姿を現した璃理恵は俺の袖を掴む。そして不浄と反対方向へ走り出した。俺は璃理恵と共に廊下を駆ける。階段は廊下の両端にあって、一つは不浄の近く、俺たちはもう一つのほうへ向かった。

 階段を下りて校舎を出る。とにかくグラウンドへ出ることを考えた。

 しかしグラウンドには部活動に励んでいる生徒がたくさんいる。俺たちを追っている奴が彼らを見つけたらどうする? ただ静観してくれればいいが、彼らにも危害を加える可能性が高い。

 まず雀崎に連絡を。

 そうしようと思ったが、誰かが階段の前に佇んでいる。

「やあやあこんにちハ。神原時雨サンに柳原璃理恵サン。ようやく会えましたネエ」

 言葉の最後に変な韻を付ける男は、口を大きく釣り上げて歪んだ笑みを浮かべる。唇の合間より見える歯には血がこべりついていた。瞳は大きく開かれて血走っている。緑色の眉に白を通り越して青い肌。真っ赤な髪は長く床を擦っている。青いテンガロンハットに黒のスーツ。金ぴかのネクタイにピンクのマントを羽織っていた。

 何なんだ、この奇妙奇天烈なおっさんは! 

 明らかにヤバい人。

「あーららー。どうしたのですカ? ああ、ワタクシ、自己紹介をしておりませんでしたネ。大変失礼いたしましタ。ワタクシー、ルート・バンカーと申しまス」

 俺は顔をしかめた。

 どうして俺たちの名前を知っている。

 璃理恵の姿が見えているという事は、おおよそ雀崎と同じ世界の住人なんだろう。

「アンタ、校内に許可なく入り込んできただろ。俺たちに一体何の用があるってんだ」

「ウヒャヒャヒャヒャヒャ――」

 男は気味悪い笑い声をあげると、

「決まっていますねエ。殺すタメでス。申しわけありませんが、理由は述べられませン。あなたたちは、ただ抵抗することなく私にその首を差し出すだけですネ」

「えっと、ルート・バンカーさんだっけ。今までにそう言って言うとおりにした人っていんの?」

 青いテンガロンハットに赤髪の奇天烈男は考えるそぶりを見せた。

 男の視線がこちらからそれているうちに、俺は廊下の窓を開けた。

「……確かにあなたの言う通りですネ。ご指摘ありがとうございます神原サン。ところであなたは、脚を窓枠にかけて何をしようとしているのですカ? 自ら処されるおつもりデ」

 俺は璃理恵に耳打ちする。


「璃理恵、お前さ、前みたいに翼を出してくれないか。窓から飛び降りて逃げる」

『えっと、その……』


 でたらめな色合いに不健康そうな男が、こちらにゆっくりと歩み寄ってきた。ぎょろりと目から涙を流して。

 男の口の端より血がぽたぽたとこぼれていく。口内で溜まった血が口からあふれたのだろう。

 男のあまりに理解を超えた反応に俺は吐気さえ催した。

「ああ、ああ、哀れな。どうして自死するのでス。悲しい悲しい悲しい。そんな悲しいことをする必要がどこにありますカ。あるのですうーカ?」

 璃理恵が袖を引っ張った。

 それによって、男に気を取られていた俺は脱出に踏み切ろうとした。ただ、彼女が袖を引っ張ったのには別の意味があった。

 璃理恵は気まずそうな顔をしている。

『あはは、翼が出ないなあ。どうしてかなあ。困ったなあ……』

「えっと、それは本当か。本当の本当に本当なのか?」

 俺が詰問すると、彼女は渇いた笑みを浮かべた。

『うん、本当に出ないんだよ。羽』

 俺は片足を窓枠から降ろす。その様子を見ていた不健康男はキラキラという表現は使いたくないが、そう言ってもそれがしっくりくる満面の笑みを浮かべていた。そこに邪悪さは皆無であった。

「ああ、あ。良かった。良かったでス。考え直してくれましたネ。自殺は人間の最も愚かな行為ですヨ。命は何等かに消されるもの。奪われるもの。外部の影響によってなくなるものなのです。なのデッ、自死は本来の命の在り処から外れている、愚かな、愚かナ、行為なのでス」

 そういって赤髪青帽子はマントとスーツの間、背中に手を入れて何かを取り出した。彼の右手には刃渡り五十センチメートルのハサミ。左手には六十センチのとがった金属の棒。奴の持ち手より後ろには長い穴がある。およそそれは針に似た形状をしていた。

 男はゆらりゆらりとこちらへ迫ってきた。

 俺は璃理恵の手を掴んで男の反対にいる不浄めがけて走っていった。

 先日夜の山で、雀崎と共に不浄の大群から逃げていた時だ。彼女が裁ききれない連中は,喧嘩をほとんどしない俺の拳でもなんとか退けることはできた。

 恐らく前にいる奴もなんとか俺だけで撃退できる。

 そう思って殴りかかった時、ふと足が床にのめり込んだような感触を覚えた。

『時雨クン、足が、足が……』

 璃理恵がおびえて言葉が途中までしか出てこない。

 俺は床に沈み込んだ感覚がする足を見た。足は床の中に不自然にはまり込んでいた。性格には足首の周りの床は黒くなって沼のように変化していた。俺は右足を両手でつかんで床から持ち上げようとした。

 足首より下は感覚が一応あった。

 しかし、ありえない光景に俺は背中に寒気が走った。手から汗が吹き出しべたべたにある。額には脂汗が流れた。

「お、おい。お前ッ。何なんだよ。これは!」

「泥にございますヨ。神原サン、あまり驚かれましても困りますネ。よくあなたが目にしたものと大差はありませン」

 璃理恵は赤髪青帽子の男をキッと睨む。

『時雨を離せ―』

 璃理恵は青の男へと駆けて行った。

 男は左手に構えていた針? というにはあまりに大きなものを彼女へ投擲した。鋭い金属は、糸のように短い時間の中で璃理恵に避けるという行動をとらせる間もなく彼女を貫いた。

 璃理恵はドンと音を立てて床に倒れた。仰向けの彼女の口からは血が流れ出している。腹部からは夥しい量の血と臓物が少し飛び出していた。

「オマエッ、よくもよくもよくも璃理恵を、許さねえ、絶対!」

 俺は床をかきむしり、必死に床に飲まれた足を引きずり出そうとする。そしてあの男に一発、拳を叩きこまなくては。

 ただ、俺の怒りや憎しみがいくら増えようが、まったく現状を変えるものとなりえない。虚しい、とても虚しかった。いくら感情が高まろうと結果に何も作用しない。

 床全体が黒く変色し、俺の体を徐々に飲み込んでいく。

 璃理恵も同様だった。彼女はぐったりとしていて何も反応しなかった。

 俺は歯を食いしばった。自分の無力さに対する怒り。突然現れた奇妙奇天烈な男による理不尽な行動への憎しみ。そして美月を一人にしてしまう悲しみ。心の中はグチャグチャになって泣いているのか笑っているのかも分からなかった。ただ、濡れていたのは分かる。顔が濡れていた。だから、たぶん泣いていたのだろう。


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