10、転校生の新宮愛華 NO3
10、転校生の新宮愛華 NO3
昼休憩時、俺は雀崎の教室に向かった。少し話したいことがあって知り合いに教室の中にいる彼女を呼び出してもらう。教室から出てきた雀崎は瞼を重そうにしている。どこか疲れた様子の彼女は、俺の肩を叩く。
「おはよう、シグ」
「こんにちは、雀崎。もう昼だけどな。……疲れているみたいだな」
「はぁ、そうやね。否定はせえへんよ。で、どうしたん?」
「朝のホームルームで先生が、璃理恵のことについて話したんだが」
俺は廊下に数人いる生徒に目をやった。デリケートな話ゆえに、誰か聞いている者がいないか、チェックしたが誰もいないようだ。
「死んでいる、というのは誤った情報かも知れないというのは、どういうことだ?」
雀崎は腕を組んで瞳を閉じた。長い睫毛がぴくっと動き、瞳を少し開いた彼女は、唐突に俺の腕を掴んで、廊下を歩みだした。
「腹減った。学食にいく」
「えっと、俺もいかなきゃいけないか?」
「うん、話し相手居らんし、アタシの相手してえや」
俺は顔が引きつったのだろう。妙に頬の筋肉がけいれんしているような気がする。
というのも、今月の俺の財布事情はあまりよくない。
昼食は購買部の百円パンで済ませるつもりだったのに、学食だと最低でも三百円か。切り詰めないとまずいなあ。
俺たちは学食の食券機の前に並ぶ。前に六人くらいで、普段より空いている方だった。
俺はチャーハンを、雀崎はカツ丼を盆にのせて、学食一番奥の窓際にある席で食べることにした。
窓際の席って明るいから本当にいいな。椅子取りゲームじゃないけど空いていたら必ずそこを狙っていく。
「いただきます」
「いただきます」
合掌してから雀崎は割り箸を手に、カツ丼にがっついた。
俺も蓮華を手に、チャーハンを口に運んだ。この学校の学食はあまり評判がよろしくない。チャーハンは特にそうだ。なにせべちゃついている。逆に学食一の料理がカツ丼だ。学食に来る奴はこれ目当てが大半だろう。
「やっぱカツ丼はおいしいか?」
「何を今さら言ってんの。ここで一番おいしいのはこれやろ」
「いや、ただ今日はそのカツ丼目当ての生徒があまりいないんだなって」
学食の席にけっけう空きが目立っていたのでそういっただけだ。
この学校、学食の規模は他の高校より大きなものとなっている。最大収容人数は約二百五十人から三百人となっている。毎日その八十パーセントは稼働している。
今日は三十人もいないようだ。
「ま、そういうこともあるんちゃう。教室で食べるもんもおれば、中庭とか食べる場所はいっぱいある。ご飯持ってきてるんやったらあえて学食で食べる必要もないやろ」
「まあ、そう言われるとそうだけどな。うーん、やっぱチャーハンはダメだな」
「でさ、」
箸をどんぶり鉢に置いた雀崎は、目つきを変えた。
「アンタは、璃理恵がなくなっていないようなことを先生が言ったから、それがどういうことかアタシに聞きたいんやな」
ふむ、どうやら全校集会で校長が話したことに関して、実際には違うのではないかという話をどのクラスの先生も話しているみたいだ。警察情報が塗り替えられるような事態に学生たちは混乱が発生している。
この数日間璃理恵の周りに起きたことを踏まえつつ、新たに情報を更新しなければいけない。
「雀崎は、璃理恵の遺骸を目にしたんだろ。一体どういうことなんだ?」
「まあ、その説明をするには、璃理恵をあんなふうにした犯人が誰か、言わなあかんな。璃理恵殺しは、柳原霧子。璃理恵の母親や」
雀崎の言葉を聞いて最初に思った。そんなはずがない。どうして自分の子供を殺めるなんてことをしなければいけない。そもそも璃理恵はどこかから公園へ運ばれた痕跡がない。しかし彼女の母親は、璃理恵が帰ってこないことに不安を覚えて雀崎に連絡したときは家にいた。その証言は隣家の住人がしている。隣との関係が深かったことより、璃理恵が帰ってこないことを心配した彼らは探すのを雀崎と手伝ったそうだ。璃理恵が発見されたのは金曜日の午前零時。雀崎と璃理恵の母親にお隣さんが探し始めた時刻は木曜日の午後十一時半だった。
また彼女の死亡推定時刻も判明している。午後七時。その頃璃理恵の母はお隣さんと一緒に晩御飯を食べていたそうだ。お隣さんで。
アリバイが証明され、璃理恵の母は何も疑われる余地などない。
「いや、それはないだろ?」
「常識、科学的に考えればやけど。でもおかしいことが多すぎるやん。リリーの靴に付着した土の成分分析の結果からより間違いないで。靴についていた成分はこの界隈のもので、遠くから運ばれた形跡はなかった。そして監視カメラ。ここにリリーが映っているんよ。あの公園まで、その途中がね」
雀崎が言っていることに俺は混乱してきた。彼女が言っていることは、璃理恵の母がむしろその事件に関わっていないことを証明するものだ。
「何言ってるんだよ」
「そう、その反応で間違ってないんよ。アタシが言いたいことはただ一つ、常識も科学も通用しんことが発生した。殺された形跡はなく、心不全が死因やってことやが、本当はあった。殺されてんねん。首を絞められてな。ただそうされたなら鬱血してるはずやろ。なのにその形跡はなく、絞められたところもわずかに跡となって残っているだけや。夜やったからアタシは全然気づかんかった。死亡推定時刻を割り出したのも、検視やない。彼女が公園に入った時刻と監視カメラに公園から何者かがフラフラ歩いていく姿が映っただけ。その後車が何台か通ってるけど、間違いなくシロや」
「死亡推定時刻を割り出せないのはどうして?」
「死後硬直が起こっていない。血液も凝固する様子が見られない。瞳孔は開いていない。死体に本来発生すべき変化が一切ないこと。ただ心臓と呼吸が止まっている」
常識が通じず、死という状況にありながらそれを素直に受け入れていない。
俺は以前、璃理恵と山に登ったその夜を思い出した。登山口より黒い靄に包まれた何者か。零れ落ちた眼球に肌はただだれて、腹はガスで膨らんでいる。そんな無数の骸が俺達を追ってきた。夢か幻かと思えば、殴った時に感触はしっかりあった。
その時の様子が俺の頭をよぎった。
「瘴気」
「その通り、アタシが協力してもらっている陰陽師いわく、リリーの母親から大量の瘴気を観測したんやね」
雀崎はため息を吐いた。
「私が言うのもなんやけど、話がむちゃくちゃやな。こりゃあ警察サンも困るわ」
雀崎がそういいながらコップを仰いだ時に、ある人物が声を掛けてきた。雀崎の隣でお盆を抱える少女は可愛らしく首を傾げる。
「何を話してらしたんですか、雀崎さん」
「ブフーッ」雀崎は傍らにいる人物に驚いて、水を噴出した。
「おい」
俺は眉をぴくつかせていた。
「あらあら、神原さん、大丈夫ですか? 雀崎さん、はしたないですよ」
新宮さんはうどんをテーブルに置く。そして彼女は自分の顔を俺の顔に近づけた。スカートからハンカチを取り出すと、それでポンポン俺の顔を拭いていく。
俺は恥ずかしくて頭がカーッとする。
「あ、あの新宮さん。俺は大丈夫だから、そんな綺麗なハンカチを使わなくてもいいからさ」
「いえ、こんなものは大したことはありません。ほらやっぱり、かっこいい顔です」
彼女は顔を拭き終えると、納得したように笑った。
この子ヤバい。
少し可愛いなとか思っていたら、俺が嬉しいこと何の躊躇いもなく言いやがって。
雀崎は席を立つと、俺たちの間に割って入る。
「ああ、近い近い。離れなさいよ」
「ちょっと、強引ですよ」
雀崎は俺と新宮さんを引き離すと、お盆を手に席を立つ。
「シグ、この女には気いつけや。とんでもない奴やからな」
「止めてくださいよ。雀崎さん。彼に変な先入観を植え付けるようなことは」
キッと睨みつける雀崎に対して新宮さんは悲しそうな顔をしていた。雀崎は、彼女から顔を背けると、そのまま学食を後にした。
「行ってしまいましたね」
俺の隣に座った新宮さんは、うどんに粉末の唐辛子を多めに振りかける。
俺は冷めてしまったチャーハンを蓮華ですくい、残りをパクパクと食べていった。
今日初めて会った人故に、何を話したらいいかわからない。自然、俺たちは何も話さなくなった。俺自身彼女が妙に馴れ馴れしいのが、何というのだろうか、気まずい。かなり上品な印象を感じさせるけど、どうやら雀崎とは面識があるようだ。
「少し気になりますか、雀崎さんと私が知り合いであることに」
「まあ、気になったな。特に雀崎が言ったこと」
「私って、彼女とはライバル関係にあるようなものですからああいうことを言ったんでしょう。いわゆる好敵手ってやつです」
「ご馳走様。新宮さん、俺は先に教室に戻っているよ」
「はい」
彼女は残念そうな顔をするも、すぐに微笑んで俺に手を振った。
この子本当にしぐさの一つ一つが可愛くて仕方ない。恐らくこれは彼女の自然体だろう。絶対いろんな男を虜にしてきたんだぜ。そして知らぬ間に振られる。確かに雀崎曰くとんでもない奴、だろう。
俺は廊下を歩きながら考える。
最近異常なことが起こりすぎて頭が回っていなかった。だがようやく冷静になってきた。
そして近日の俺の行動を思い起こす。後先考えないでよく、額を傷つけたり、璃理恵をこの体に迎えたり、瘴気の強い山に登ったものだ。後悔はしていないが、大切な妹のことを考えて行動しないといけない。




