サルカニ合戦(もうひとつの昔話12)
「サルカニ合戦」の絵本を読んで、その蟹はがくぜんとした。ご先祖様はやられてばかりで、活躍している場面がまったくないのだ。
なによりタイトルからしておかしい。
「サルカニ合戦」であれば、サルとカニが戦うべきであろう。
しかるにどの場面にも、戦うご先祖様の姿が見られない。サルと合戦をするのはウスとハチとクリなのである。
さらには柿だ。
ご先祖様が柿を食するなど、まことにもって不可解なことである。
ご先祖様は柿なんぞ食わない。
食するのは山の幸にあらず、川の幸、海の幸なのである。
その蟹は絵本の出版社に出向き、ご先祖様の名誉の回復を訴えた。
「なんとかならぬものだろうか? ご先祖様が活躍するようにしたいんだよ」
「昔からこうですから」
担当者の反応はそっけなかった。
「だけど、ぜったいおかしいだろ」
「おっしゃられることはよくわかりますがね。すでにこれで、広く世間に知られておりますので」
「だれも疑問を持たないとはな。なら、わたしが書き直すということでは?」
「それは勝手ですが、登場人物はみんな同じにしてくださいよ。それにカキを、モモなんかにしてはいけません。読者のみなさんは、現在のものになれ親しんでおられますのでね」
「わかった。とりあえず書いてみよう」
その蟹は自らの手で、改訂「サルカニ合戦」を創作することにした。
いざ書き始める。
物語の書き出だしはそのままに、ご先祖様とサルが出会う場面から書き改める。
『カニがカキを持って歩いていると、そこにサルがやってきました。
「カニさん、そのカキをわけておくれよ」
「いいよ」
カニはカキをみんなあげました。
そのことを知ったウスとハチとクリは、自分たちもカキが食べたくてサルのもとに出かけました。
ところが……。
「腹が痛てえ、腹が痛てえよー」
サルは腹をかかえて苦しんでおりました。
そばにはたくさんのカキ殻があります。
「サルのヤツ、ひどく苦しんでたぞ。たぶんカキにあたったんだ」
「焼かずに、なまで食ったせいだよ」
「今夜にも、食中毒で死んでしまうかもな」
ウスとハチとクリは、サルの痛々しいようすをカニに話して聞かせました。
――海から運んで帰るのに、ずいぶん日にちがかかったからなあ。
カニは、サルのことを気の毒に思いました。』
その蟹は再び出版社を訪れ、自分が創作した改訂版を渡した。
「あずかって検討してみましょう」
担当者は快く作品を受け取ってくれた。
しかし……。
その改訂版は本作の中で読むしかない。
いまだ世に出ていないのである。