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第八話 ドラゴン

「人間。傷は治ったか?」

「もう大丈夫だぜ! このとーり」


 剣を持って軽く何度か振ってみせる。相変わらず重さになれないのだが、それでも五体満足である証明はできたはずだ。


「魔王様、あまり怪我をさせないでくれませんかぁ? 人間なんか治したくないんですよぉ?」

「え?」

「そういうな。これはこれで、やる気だけはあるんだ。私の暇つぶし程度にはなってくれるしな」

「もう、魔王様が遊びたいだけじゃないですかぁ。ペットのドラゴンと遊んであげれば良いじゃないですかぁ」

「ドラゴンなんているのか!? みせてくれよ! 乗ってみたい!」


 思わず反応したが、魔王は頬をひきつらせている。


「……ど、ドラちゃんは私の訓練に怯えてしまったからな。最近では顔さえ向けてくれないさ」


 どこか悲しげに魔王がそっぽを向いて笑う。

 俺に誰も反応してくれないのか。

 まだ嫌われているほうが、反応あるだけマシだ。

 会話が途切れたところで、無理やりに声を張る。


「俺にドラゴンを見せてくれよっ。会ったことなくってさ」

「何? 貴様はドラゴンがいない世界からきたのか?」

「見たことはあるけど出会ったことはないんだよ。頼む!」


 両手を合わせると、魔王は少し誇らしげに腕を組む。


「魔王様、別に彼に見せなくても良いのではありませんか? 変な菌とか放ちそうですよ」

「俺を何だと思っていやがる!」


 バルナリアはつーんとそっぽを向くばかりだ。

 ちっとはこっちを見て何か言えっての。


「人間、来い。一生出会うことはできないだろう最強の種族、ドラゴンをみせてやろう」

「マジか! さすが魔王様!」

「はっ、褒めたところでドラゴン以外はでないからな」

「十分だっての」

「……」


 バルナリアからの鋭い視線があったが、俺は気にしないで歩き出す。


「それじゃーぁ、私は帰っても良いですかぁ? 部屋で寝――患者さんを待たないといけないんですよぉ?」

「お前も来い。どうせこの人間がドラちゃんにやられて治療が必要になる」

「いや、やられないように魔王様がこう配慮してくれればいいんじゃねぇか?」

「なぜ人間にそこまでしなければならない」


 ……だよな。

 共に歩いていくと、長方形のような建物についた。

 長大なそこでは、等間隔でしきりがあり、色とりどりのドラゴンがいた。


「竜舎だ。竜騎士たちのための竜がここにはいる。他にもいくつかあるが……ここに私の愛竜もいる。……怯えてしまってすっかり覇気はないがな」

「そ、そうか」


 ……でも、まあこの魔王様に遊ばれたら酷いことになりそうだもんな。

 竜の気持ちも十分理解できる。

 竜舎につくと、人たちが竜に餌をやったり鱗を磨いたりしている。

 そのうちの一人、背の低い男がヒゲを触りながら、魔王へ近づいていく。


「私のドラちゃんはどうだ?」

「魔王様。まあ、あんな感じだぜ」


 ぴっと指さした先では、すっかり元気のない竜がぐでーと眠っていた。

 ……あれだな。休日の俺の父さんみたいだ。


「あれが私の竜だ。乗ってきたいのならば、行ってくればどうだ? どうせ動きはしない」

「いいのか?」

「それで少しでもあいつが誰かを乗せる楽しさを思い出せれば良いのだがな」

「良いのですか魔王様? あれの尻が、魔王様が乗っていた部分にこすりつけられるのですよ? 間接尻ですよ?」

「……バルナリア、それ本気で言っているのか?」


 結構引いているよ今。


「……何? 確かにそれは少し不快だな」

「そんなの気にするなよっ。全然変じゃねぇだろ!」

「魔王様。あれは、恐らく魔王様の座っていた場所に尻をこすり付けたいのですよ。変態ですよ」

「あんたの思考のほうが変態だよっ」


 魔王が特に止めなかったため、俺はドラちゃんの前まで移動する。

 ……近くでみると圧巻な多き亜s。

 たまに寝息が聞こえたが、臭いさえなければ強力な扇風機のようだ。

 ぴくりとドラちゃんの片目があがる。ぎろりという擬音でも聞こえてきそうな、威圧的なものだ。


「よ、ようドラちゃん!」

『……人間、か。これはまた珍妙な生物が迷い込んだものだ』


 え? ……今こいつ喋ったのか?

 周囲を見るが、他に言葉を放っているものは誰もいない。


『くく、人間。貴様から感じられる力はあまりにも微弱。その程度で我の前によくもまあ姿を見せることができたな』

「もしかしておまえが喋っているのか!? 俺をあんまり馬鹿にするんじゃねぇぞ?」


 声を大きくして叫ぶと、ドラちゃんはびくっと目の奥を震わせた。


『……だ、だって周りの人たち我より全然強いし、怖いんだもん。あいつらなんであんなに化け物なんだよぉ。魔王様怖いよぉ、バルナリア様も怖いよぉ、実験とかいって治癒師の人も変な薬草飲ませてくるしぃ……もう嫌だよぉ』


 途端に弱きになり、ドラちゃんの顔は今にも泣きだしそうなものとなる。

 さすがに慰めずにはいられなかった。


「まあまあ、泣くなっての。ほれ、俺は弱いんだ。俺なら別に怖がる必要もないだろ?」

『……そ、そうだったな。くく、矮小な人間よ。我の前にひれ伏せ。頭を下げろ』

「え、こうすれば良いのか?」


 頭を下げた途端、べしっとドラちゃんの手の平が俺の頭を捉える。

 あまりの威力に体が潰される。


「な、なんだと!? あれは私が怒鳴らないとしてくれないお手ではないか! どういうことだドラちゃん!」

『ひ、ひぃ! す、すみません、すみません!』

 

 ドラちゃんが謝罪の声をあげるたび、俺の体がつぶされていく。


「……くっ。というか人間はどこに行った? まさか逃げ出したか?」

「さぁ、どこでしょうか? まあ、彼は蚊のような存在でしたし、この際いなくなっても良いのではありませんか?」


 まさに、蚊のようになってるよ。早く助けてくれないと俺死んじゃうよ。

 叫ぼうとしても地面とキスをしている状態なので満足に声が出せないのだ。


「あ、いなくなりましたかぁ? それでは私は戻りますねぇ?」

「お、おい、あんたら。人間なら今ドラちゃんの手の下で眠っているんだけど……」


 竜舎にいたおっちゃんが教えてくれたようだ。こっちに来てから初めて優しくしてもらった気がする。


「ドラちゃん。手をあげてみろ」

『は、はい……ってあぁ! 人間、すまない。あまりにも久しぶりにこんな弱い奴と出会って、加減を誤ってしまった!』

「……い、いでぇよ」


 体が満足に動かなかった。

 治癒師が面倒そうにやってきて手を当ててきた。


「どうですかぁ? 痛いですかぁ? あとどのくらい放置していても大丈夫ですかぁ?」

「も、もう無理……」

「あ、まだ喋れるみたいですし、あと一分くらいいってみましょうか」


 どこに? あの世?


「遊んでいないで、そろそろ治療をしてやれ」

「はぁ、わかりましたよぉ」


 それから三分ほどかかって、体の傷が完全に治った。


「す、すげぇな……。一瞬天国の婆ちゃんの顔が見えたってのに」

「あ、惜しかったですねぇ。感動の再会を邪魔してすみませんでしたぁ」

「いや、もっと早く止めてほしかったんだけど」


 こちらに来てから死に掛けることが多くなってしまっている。

 肉離れのようにくせになってしまうかもしれない。

 体を動かし、五体満足であることを確認していると、


『に、人間無事か!? 我より弱い奴に死なれては困る! 我も、少しは誰かにでかい顔をしたいんだ!』

「だ、大丈夫だから、唾を飛ばしてくるなっての!」

『……ほぉ、大丈夫か。ならば、くく。我の眷属になるというのならば、貴様を背中に乗せてやっても良い』

「眷属……? それって何するんだ?」

『何もすることはない。我のほうが強いということの証明だ』

「……え、意味あんの?」

『あ、ある! 我、誰かより強いって思っていたいんだ!』

「ここの世話する人たちや、騎士は?」

『くははっ、あの程度の奴らはそもそも土台にもあげるつもりはない。我はな、そこそこの職業を持っている相手よりも強くありたいのだ。聞けば、勇者として召喚されたそうではないか。まさにそれは、好敵手としてふさわしいのだっ』


 ……なんていうか、このドラちゃん強気なのか弱気なのか良くわからない。

 けど、背中に乗せて飛んでくれるというのならば願ってもいないチャンスだ。


「じゃあ、それでいいや。のせてくれよ」

『わ、わかった! 我より弱い者をのせて飛ぶ快感……久々だ! ブレス吐きそう……』

「そんな嬉しそうに言っても吐くなよな!」


 ドラちゃんが大きな手をこちらに向け、おそるおそるそれに乗る。

 ……なんだろう、硬いような柔らかいような不思議な感覚だ。

 ぎゅっと掴まれるとひょいと背中に乗せられる。


「ま、まさか……ドラちゃんどういうことだ!」

『ひぃっ! すみません! はい、あの……本当にすみません! けどたまには飛ばせてくださいよぉ!』


 ドラちゃんが驚きながらもその翼をはばたかせた。

 爆風とともに、ドラちゃんは飛び上がり、慌てて男が叫ぶ。


「天井開けろ! 久々に魔王様の竜が飛ぶぞ!」


 嬉しげに男が言うと同時に、すぐに天井が開いた。

 開いた、というよりも消えた? って感じだな。何かの魔法なのかもしれない。

 ドラちゃんも久々の空を見て、楽しそうに声をはる。


『我は、伝説の七竜の一角、漆黒竜だ。本当は隠しておかなければならないが、ブラック・フィストリアドラゴンという名前を持つ』

「よし、ドラちゃん。もっと高く飛んでくれ!」

『ど、ドラちゃんはやめろ! それはあまりにも恥辱だ!』


 言いながらもドラちゃんは翼を伸ばし、くるくると回るように飛ぶ。必死に背中にしがみつきながら、風に揺れる髪を押さえて目を開ける。

 広大な……どこまでも続きそうな綺麗な平原が、そこにはあった。

 動物が駆け回り、木々についた木の実を食べる大きな生物もいた。

 たまに、あちこちで魔物同士の戦いもあったが、ドラちゃんが低めに飛行すると、それらは驚いたように逃げていく。


「みんなドラちゃんに怯えているじゃねぇか。よかったな」

『……わ、我は魔物を統べる竜だっ。怯えられるのは嫌だ、寂しい!』

「面倒くせぇ性格してんなぁ……。まあ、そろそろ戻ったほうが良いか?」


 そう呟き、下を見ると、魔王がギャーギャー騒いでいた。


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