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第二話 始まりの夢



「ちょっと! あんたまたやったの!?」


 そう叫んだのは、友人の一人、山瀬やませ美奈みなだ。

 部室内をずんずんと歩いてくる彼女は強気な態度で、俺の隣にいた無気力な男に突っかかっていく。

 無気力男は慣れた嘆息の後、肘をつく。

 彼の名前は、夕霧ゆうぎりしょう


「……なんだ?」

「喧嘩したんでしょ! 相手が殴りかかってきて、反撃したって。前も行ったけど、あんた足速いんだから逃げちゃえばいいじゃない!」


 げ。もうこいつの耳に入ったのか。

 俺は他人事のふりをして、何も言わないように顔をうつむかせる。


「……。……。悪かったな」


 何度か言葉を口にしようとして、結局黙ってしまった。

 翔はいつもこうだ。言い合いになることを面倒がり、説明を怠るくせがある。

 そして美奈は、自分を頼って欲しいと思っているからこそ、その態度が余計に頭にくるようだ。

 美奈は翔のことが好きだし、心配もあるのだろう。


 つんとそっぽを向く翔に、美奈の顔が般若のようなものへと変貌していく。

 さっきまではまだライオン程度だったのだが、今はもう声さえもかけたくない。怖い、俺もそっぽ向きたい。

 それから遅れて、美奈をなだめるように双子の妹の亜美がやってくる。

 亜美は知的さと冷静さに溢れたような顔とともに、美奈の肩に手をおいた。


「どうどう。姉さん、落ち着いてください」

「美奈は関係ないからちょっと下がっていなさいっ。今日ばかりはこいつに言わないといけないのよ!」

「あの、その……えーと……大河さんぅぅ」


 亜美の弱点は、かなり泣き虫なところである。

 普段から冷静な顔をしているが、姉にこういわれると涙目で俺を頼る。

 そして、俺がいつものように翔と美奈の間に入るのだ。


「まあまあ、翔にも事情があったんだって。な?」

「……」


 じろっと翔に睨まれたあと、嘆息をぶつけられる。なんだその態度はっ。

 美奈はというと、邪魔されたことを怒っているようであった。

 今日という今日は怒りのすべてをぶつけてやる。彼女の両目にはそんな感情が宿っていた。

 あまり正面からぶつけられるのは怖い。さっさと逃げ出したい。


「……昨日のは、少し事情があったんだよ。それ以上はいいだろ?」


 翔がそういうと、やはり美奈は気になるようでつっかかってくる。


「その事情を聞いているのよっ。あんた……いつも傷ばっかり作って、心配なのよ」


 美奈のしおらしい態度に、俺は少し驚いた。普段の彼女はこのようなしおらしい顔を見せることはない。

 翔も慣れないようで頬をかく。

 それから、諦めるように肩を落として語りだした。


「この馬鹿が、昨日不良に絡まれていた。別に喧嘩するつもりはなかったが、殴りかかってきたんだ。倒すしかないだろう?」


 馬鹿とは誰だろうか。


「……ちょっと。何しらばっくれているのかしらぁ?」


 がしっと美奈に肩をつかまれる。

 ……やっぱり、こうなっちまうよなぁ。

 昨日、ガラの悪い男達に囲まれて困っている人がいて、それに割り込んだ。

 んで、俺を標的にしてきて、殴りかかってきたのを翔が助けてくれたのだ。

 そう、翔は悪くない。完全に俺が悪いのだ。


「細かいことは忘れようっ! ふごっ!」

「あたし、無駄に翔に切れちゃったじゃない!」


 胸倉を掴みあげられ、そのまま壁際まで押される。


「ち、力強いっすねっ」


 美奈の両目の鋭さも混ざり、まるで反撃の気持ちがおきない。

 俺たちしかいない部室で、翔と亜美が話をしている声が小さく響く。


「……翔に嫌われちゃったらどうするのよ」


 ぼそりと美奈は震えるように言った。

 

「大丈夫だろ。おまえが心配して言ってくれているのはあいつも分かっているって」


 そう思って翔のほうを見る。彼は相変わらずの無表情に近い抜けた顔をしていた。

 よほど暇なのか、あくびまでもしていて、困った様子の亜美と目があった。

 亜美はあんまり人と話すのが得意じゃないし、翔も好きではない。

 そんな二人がいれば、沈黙の時間ができるのは当然だ。

 亜美は喋らないが、静かなのが好きなわけではない。今すぐにでも泣き出しそうだ。


「帰りに、なんか奢るから!」

「豆腐食べたいわよ」

「あ、相変わらずだな……。んじゃスーパーにでも寄っていくか。買い食いだ!」


 美奈は途端に目を輝かせ、胸倉から手を離してくれた。

 四人で並んで校門を抜ける。話す内容は他愛のないもの――。

 最近の流行の話などはない。美奈は食事の話ばかりだし、亜美は好きな漫画の話、翔はスポーツの話。

 このメンバーで集まると、誰かが適当に話し出し、それに多少の質問をしてすぐに次の話へとうつる。

 聞いていてためになる話などまず起こらない。それでも、この時間は楽しいものだった。



 ○



 がんがんと鉄格子が殴りつけられる。

 嫌なアラームだ。

 目をこすりながら体を起こす。


 夢、か。

 って何寝ているんだ俺は。

 体を起こすとあちこちが痛んだが、睡眠自体はきちんと取れていたようだ。

 夢を少し思い出す。……あの後に俺たちは、異世界に召喚されたんだったよな。


「何か用か? 助けてくれるのか!?」

「魔王様がお呼びだ」

「俺もちょうど用事があったんだよっ! サンキューな!」

「……無駄に明るいな」

「そりゃあー、こんだけ追い込まれたら、明るくでもしてないと泣いちまいそうだしなぁ……じゃなくてっ! すぐに魔王様に会わせてくれ!」

「わかったから」


 魔族は呆れた様子で鉄格子をあけた。

 牢から出ると同時に鎖を巻きつけられ、背中を押される。

 ……これでは、逃げ出すのも難しい。

 階段をあがっていくと、久しぶりの日差しに目を瞑る。

 なのに背中を押されるものだから、転びそうになる。


「早く歩け」

「わーってるって。それで、魔王様は俺に何の用なんだ? あ、地球に戻してくれるとかか!?」

「そんなわけがあるか。処刑の日時を決めるだけだ」

「しょーけい? ……処刑!?」

「朝からそんなにテンション高く喋らないでくれ、頭が痛ぇよ」


 苛立ったように背中を押される。

 やがて巨大な石造りの城へとあがっていく。

 赤い絨毯が真っ直ぐに伸び、階段をいくつかあがった先の大きな間まで連れて行かれる。

 ここまでの規模に、さすがにくらくらと目眩がしてきそうだ。


「魔王様、つれてきました」

「ご苦労だ。下がって良い」


 魔王の言葉を受け、魔族の男は下がっていった。

 広間に残っているのは、魔王と昨日の剣を渡してきた可愛い女の子だけか。

 随分と舐められたもんだな。暴れたって勝てるわけがないのだが。


「えーと、魔王様? 俺処刑されんの?」

「当たり前だ。勇者を生かしておいて何の価値がある? 見せしめに使ったほうが士気もあがるというものだ」

「い、いや! ほら、俺ってかっこいい人間だし! 美青年が殺されたら、世の女性魔族たちの士気が下がるってもんだ!」

「ふざけたことを抜かすな。どこにその美青年とやらがいる」

「こ、ここ……ですぅ……」


 言っていて恥ずかしい。

 頭がおかしいと思われようが、今はどうにかして処刑を回避する手段を考えないといけない。

 とにかく適当に口を動かして、時間を稼ぐ作戦だったが、すでに手の内は使い果たした。

 キョロキョロと馬鹿にしたように笑う魔王は、玉座の肘掛けに肘をおき、足を組む。

 相変わらず露出すげぇな……って見とれている場合じゃないっ。


「……ど、どうして勇者を殺すんだよ? 体とかいじくりまくって……実験とか色々利用価値あるだろ?」

「何だ。いじくりまわされたいのか?」

「嫌だ! ……じゃなくてさ。あんたらかしたら勇者召喚による貴重な人間じゃ……ないのか?」

「勇者召喚で召喚された人間には、精神汚染などが効かないように念入りに魔法がかけられている。実際、貴様がぐーすか眠っているときに洗脳魔法をかけようとしたが失敗したのだ」

「人が気持ちよく眠っているときに何してんのっ。どうりで寝心地悪いと思ったら!」

「あんな石の上など、気持ちよく寝れる人間のほうが少ないだろうさ」

「だったら、ベッドとか用意してくれよなぁ……。ってこんな話している場合じゃないんだよっ」

「話を戻そうか。貴様はいつ死にたい? 私もあまり融通がきくほうではない。明日か明後日か。せめてもの情けで選ばせてやろう」


 魔王の真剣な眼差しをぶつけられる。

 ……本気で、人を殺す目っていうのだろうか。

 これほどの殺気? みたいなのをぶつけられたのは初めてだったが、不思議とそこまでの恐怖はなかった。

 やることは決まっているし、今の会話でもしかしたら、殺されないかもしれない道にいけるかもってわかった。

 だから、それを言い放ってやるのだ。


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