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第十八話 武器


 どれくらいが経ったのだろうか。

 体が海の底から這い上がったように、覚醒する。


「ああ、やっとおきましたかぁ? 先ほどバルナリアが来ましたよぉ?」

「なんだって?」


 体を起こすと、腹に何かが乗っていた。

 革に包まれたその大きな剣を取りだすと、透き通るような赤の剣があった。

 真っ直ぐと伸びた剣は、それなりのサイズであり持ち歩くのに不便そうであった。


「治癒師さん、なんでこんなもの乗っけてあるんだよ」

「それ、持っていくと良いですよぉ。あなたに合わせて作った剣ですよぉ」

「……へ?」


 突然の言葉に一瞬きょとんとしてしまう。


「魔王様が一本用意しておけ、と言ったんですよぉ。まったく、私の仕事が大量にあったせいで、最近本当に疲れてしまいましたよぉ」

「……あんた剣なんか作れるのか?」

「そうですよぉ? というか、私の職業は鍛冶師なんですよぉ。治癒師は趣味です」

「……ほ、ほぉ」

「鍛冶師のスキルに、疲労回復というものがありまして、私の魔力が持つ限り、消耗した刃を治せるのですが……まあ、ある日暇つぶしに魔族に使ったら治っちゃったんで、それからは私は治癒師の仕事をしているんですよぉ」

「すげぇな、超再生……かっこいい!」

「……かっこいい? 言っておきますけど、私のスキル腕がなくなっても再生できちゃうんですよ?」

「マジで? 便利だなぁ」

「……不気味じゃないですかぁ? まるでゾンビみたいなんですよぉ?」

「でも、腕とかなくなった人も治せるんだろ? 結構な人に喜ばれそうだけど……」


 違うのだろうか。

 俺の世界でもしも、足とか腕がなくなって……それで彼女がいたら、そういう人たちに喜ばれると思うけど。

 治癒師は顔をうつむかせてしまった。……もしかして変なことを言ったのだろうか。話を変えて誤魔化そうか。


「それにしても、鍛冶師かぁ。そういえば、職業とかも全然知らないんだよなぁ、俺」


 治癒師が顔をあげる。別に……変な表情ではないな。


「そうなんですかぁ? 誰かに教えてもらえると良いですねぇ?」

「……治癒師さん、教えてくれね?」

「えぇ? どうしようかなぁ? もっと実験に付き合ってくれるのなら、考えてあげなくもないですよぉ?」


 こいつ。

 ただでは教えてくれないってことか。

 

「……まあ良いよ。その代わり、俺も死なない程度のもので頼むよ」

「わかっていますよぉ。それでは、また次のときに会いましょうかぁ」


 治癒師にもらった剣を背中に背負う。

 かちっと肩に回すようにしてしっかりと止めると、何だか剣士みたいな見た目になった。

 ちょうどバルナリアがやってきて、俺の姿を見た。


「これでようやく勇者相手の捨て駒として昨日しそうですね」

「いきなり辛辣だなぁ……。まあ、勇者が来たら俺を呼んでくれよ」

「大した度胸ですね」


 バルナリアが肩を竦めるようにして、踵を返す。

 俺も彼女の後を追って屋敷へと戻っていった。



 ○



 その日の夜。メイドたちとともに食事をしていると、メイド長がやってきた。

 メイド長は不安げな表情をたずさえ、俺のほうを見てくる。

 なんだ? と思っていると、メイドたちが立ち上がり、俺の腕を掴んでくる。

 二人がかりでがっしりと掴んでくる。


「へ? へ!?」


 状況についていけていない俺であったが、メイドたちがきっと睨んできた。


「タイガ、あんた何かしたでしょ?」

「メイド長、一発……いや三十発いいですよ」

「だから何の話だっての!?」

「男ってのは自覚なくいやらしいことをするものだからね……」

「……タイガ、あんた……メイド長に、何かしたの?」

「してないっ! メイド長、どうしたんだよ!」


 これでも伊達に鍛えてはいない。メイドたちを引っぺがして拳を構える。

 メイドたちも怯む様子なく戦闘姿勢を整え、そこでメイド長が声を張る。


「……タイガ、あのこと、よ」

「……ああ、あれか」


 それでようやく。

 メイド長が決意を固めたのだと分かった。

 不安げにこちらを見る彼女に、頬をかいて片手を向ける。

 掴んでから彼女を前に連れて行き、そこで一歩離れた。


「……一緒にはいてやるけど、いうのはおまえだ」

「……わかっているわ」


 弱々しくこちらを見てきたメイド長であったが、それでもしっかりと頷いた。

 なぜか不安げにテーレが俺のほうを見てくる。

 ……なんだ?


「メイド長? どうしたんですか?」

「……その、私は……少し皆に話しておかないとならないことがある」

「……はい? まさか、子どもが!?」


 メイドたちがひそひそと話し、俺を殺さんばかりに睨んでくる。

 どうしてこの人たちはそっちに結び付けたいのだろうか。メイド長が不思議そうに首をひねった後、左右に振る。


「……そのようなことじゃ、ないのよ。私は……その、みんなに……」


 そこから先の言葉が出てこないようで、俺のほうを見てくる。

 だから、言うのはおまえなんだって。

 俺が言い切るのは簡単だけど、それじゃあ本当の意味でメイド長がみんなに心を許したわけではない。


「俺は何も知らんからな。あー、大河くんの耳は聞こえなくなりましたー!」

「……タイガ、あなたちょっとメイド長が困っているのだから助けてあげなよ!」

「知らん! 俺は何も聞こえていません!」

「聞こえているじゃない!」


 両耳を塞いで俺はもう聞こえない振りをする。

 馬鹿っぽい演技のおかげか、メイド長も多少は落ち着いてきたようだ。


「……私の、背中を見て」


 メイド長は服を脱ぎ、その背中をさらす。

 傷と……それから生え始めた羽。

 見た瞬間、メイドたちが息を飲むのがわかり、そして視線を合わせる。

 一番驚いたのはテーレのようだ。反応に困ったようで、口をもごもごと動かしている。


「……」

「メイド長……酷い」

「……っ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。メイド長は別にみんなを騙すつもりはなくてだな」


 メイドたちの厳しい目が、メイド長……ではなく俺へと向けられる。

 あれ?


「ど、どうしてこのアホなタイガへ、先に伝えたんですか!? ……私たちも、そりゃあ驚きはしますけど、メイド長が立派な方っていうのは知っていますから! 今まで見てきたことまで、かえるつもりはないですよ!?」

「……け、けど……みんなはテーレのことを嫌って……」

「あ、あれは……その少し怯えていたんです。それに、メイド長がテーレのことを嫌っているのと思って……その、私たちも目をつけられないようにって」

「わ、私のせい!?」

「ち、違います! メイド長のせいにするつもりはありません。勘違いしていた私たちが悪いのです……。けど、一度きちんと話せばわかることだったんですよね……」

「わ、私がそういう機会を用意しなかったのが、悪いということ……?」


 メイド長が泣きだしそうになり、メイドたちが慌ててそれをなだめる。

 気づけばテーレもその輪に自然に加わり、メイドたちは立派に良い関係を作っていた。

 なんというか、俺邪魔だな。

 料理をこっそりと食べおえ、俺はそっと部屋から抜け出した。

 ……なんていうか、見ていると思い出してしまう。

 

 あいつらとは、いつも放課後適当に駄弁ったり、何も活動のしない名前だけの部活動で遊んだりしていた。

 のんびりとした、適当なことをいって適当に誰かが返事をする……そんな環境。

 他人から見たら、つまらない、意味不明な世界なのかもしれないが、俺たちには最高の場所だった。

 メイドたちの雰囲気が、それに似ていた。

 ……だからこそ、見ているのがつらいのだ。


「……はー、もう何日会ってねぇんだろうな」


 こっちに来てから二週間くらいだったか?

 あいつら、ちゃんと飯食ってるかな? 今頃は寝てるかな?

 ……生きて、いるよな?


 部屋に戻っても、色々と考えてしまいそうだった。

 今日もらった剣だけを回収して、庭に出て剣を振る。

 何度も振っていても、状況が好転するわけではない。

 ……ずっと考えないようにしていたが、今勇者たちがどこで何をしているのか、俺は何も知らない。

 本当に、助けられるんだよな?


 剣をただ闇雲に振り続けていると、やがて人の気配を感じる。


「……メイド長か、どうしたんだ?」

「……お礼を言いに来たのよ」

「別に、俺は何もしてねぇだろ? 最後まで言ったのは、メイド長じゃねぇか」

「それは、あなたがそうするようにしてくれたからよ。……あなたが、あっさりと言うこともできたはずよ」

「まぁな。けど、それじゃああんたのためにならねぇと思っただけだ」

「それが……お礼よ。それに、テーレのことも色々と面倒見てくれたわ」

「あれは……まあ、最初に知り合ってちゃんと話してくれた友達だからな。第一、なんだかんだいって、みんなの勘違い、行き違いがあっただけだろ? 俺は話す場を整えただけで、後はみんなが勝手にやったことじゃねぇか」

「そうね。そういうことにしておくわ」


 くすりとメイド長が笑い、それから表情を真剣なものへと作り変えた。


「……明日、男と会う予定だわ」

「もう、何も恐れるものはねぇな」

「ええ。けど、何があるか分からないわ。もしものことがあったときは、バルナリア様に話しておいてちょうだい」

「……もしもがあったら、怒るからな。ちゃんと、怪我なく戻ってくること」

「……そうね。言い方が悪かったわ。安心して。大丈夫だから」


 メイド長がすっかりと自然な笑顔で、頷いた。


「風呂入ってきたらどうだ? 今みんな入っているんだろ?」

「……そうね」


 もう、メイド長は大丈夫そうだな。

 俺は再び剣を振り続ける。どうせこの後風呂に入るのだ。汗はいくらでもかけば良いだろう。

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