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「少しお使いを頼まれてくれないか」

「と、言いますと」

 昨日は散々飲んで酔いつぶれていたのにどうしてこの人はこんなにもきびきびと動けるものなのだろうかとアレンは感心した。

 朝礼には全員時間通りに来ていたのだが、グスとマシューはソファーでのびてしまっている。エリックも上品な笑みを崩していないがどこか顔には疲労の色がうかがえる。

 イザベラはというと隊長の椅子に座り、朝礼が終わるや否やせっせと書類に目を通し判を押していたのだが、ふと机の端の茶色の小包をみてアレンに声をかけたのだった。

「これをバーバラに届けてほしいんだ。忘れ物だよ」小包をアレンへ渡す。

「バーバラちゃんが忘れ物なんて珍しいですね」うつぶせのままマシューがくぐもった声を出した。

「そうなんですか」

「ほら、いつもあのとんがり帽子に何でも入れちゃうから」マシューが何かを思い出したように体を海老反りにして人差し指をピンと立てた。「アレン君に1ついいことを教えてあげようじゃないか」

「なんでしょうか」

「バーバラちゃんの帽子はね、お城の七不思議に数えられているんだよ。なんでも魔法の帽子だとかなんとか……。あの帽子は実はこのレーラズ国でも滅多にお目にかかれない魔道具で中の空間は無限なんだとか……。だからどんなに大きな、たとえあの帽子よりも大きなものでも入っちゃうの」体をめいいっぱい反らしながら両手を、こーんなものでもね、と大きく広げる。「とある証言によるとね、バーバラちゃんがあの帽子に入っていくのを見たって人もいるの。バーバラちゃんは実はあの帽子の中に住んでる……」

「冗談だぞ」エリックが呆れたようにマシューを見る。ここからがいいところなのに、とマシューがつまらなさそうに膨れた。

「そろそろみんな仕事をしろ。グスはいい加減に起きろ」

 イザベラの喝にマシューはやる気のない返事を返す。エリックもやれやれとでも言わんばかりにグスの体を揺らし始めた。

「すまないな、アレン」

「いえいえ、ところでバーバラはどこに?」

 朝礼が終わってすぐにバーバラは扉を出てどこかへ消えていたのだった。

「あぁ、そうか。まだ言ってなかったな。バーバラなら魔法工学研究所にいるよ。そこでの研究が彼女の本来の仕事なんだ」

 道はわかるか、とイザベラは尋ねた。


 ◇


 塔の上ではアリシアの花が今日も咲いている。

 アリシアという名前で、あの少女のことを思い出す。昨日の帰りに神父様のもとへ寄ったはずなのだが、恥ずかしい話だが酔っていたため記憶がほとんどない。

 昨日の失態を思い出し、奥歯で苦いものでも噛み潰した気分になるも気持ちを切り替える。

「魔法工学研究所か」

 イザベラに大丈夫だと言ってしまったが、実はアレンはそこに足を運んだことはなかった。しかしたどり着くことはそう難しい話ではない。なにしろ目的の建物は高いのだ。その高さはあの塔にも迫るほどであった。研究所の上に取り付けられている、何かの観測を行うものなのだろうか、ガラスでできた半球状のものが陽の光を反射している。

 やっぱりこれなら迷うことはないだろうな、とアレンは胸をなでおろした。どの道を通れば早くつけるのか少々心配だったがこういうものは悩むよりも足を動かしたほうがいいに決まっている。

 アレンは遠くに見える研究所へと向かうべく、広場を通り抜け、市場へと足を運んでいく。


 観光客らしき人が多いが、地元の人間ももちろん市場にはいる。しかしこの時期は普段買う側の人たちが観光客相手に商売をしている姿も多々見かける。そのため出ている店の数が異常なほどに多く通りを埋め尽くしているのであるが、客のほうも負けじと道に溢れかえっている。

 活気に満ちていて嬉しい反面どこか異国に迷い込んでしまったような不安な気持ちにアレンはなる。

 そういえば昔、ミシェルを連れてお祭りに出かけた時、はぐれてしまってそれはもう大変なことになったんだった。不安の原因はこれだったか、とアレンは苦笑した。今年は一緒に回ってやれそうにないな。

 よく見知った果実を見知らぬ異国の客が買っていくのを横目にアレンは先を急ぐ。

 と、そこに雑多な人々の中でも一際目立つ真っ白なフードが現れた。

「アリシア?」

「ん? アレン、こんなところで何してるの?」

「仕事だよ。そっちこそなんで、って親は見つかった?」

「だから一人旅だって昨日から言ってるのに」怒ったような少し呆れたような視線をアレンに向ける。「観光客なんだから観光してるの」

 アリシアはこの土地のパンやら果実やらの入った袋を抱えていた。観光客というよりもただの食いしん坊だ。今もシャキシャキと小気味いい音をたてながら林檎を片手にアレンと話をしている。

 ふとアリシアの視線がアレンの抱える小包にとまる。

「それも食べ物?」

「違うぞ。お前と一緒にするな、届け物だ」

「パシリだな」

「うるさい」

 一つ目の林檎を食べ終わり、何か袋をガサガサと探りながらアリシアがアレンの後を追う。

「どこまで行くの?」

「魔法工学研究所」遠くに見える半球を指差しながら答えた。

「魔法……工学?」

「そう、魔法工学研究所。魔力を実用的な力に変える魔道具の研究だとか開発だとかをしているところ。人間は掌から炎は出せないけど魔道具を使えば自分たちの魔力を炎に変換できるでしょ」

「……うん、そうだね」アリシアはわかったようなわからないような顔をした。「魔道具ってどんな仕組みになってるんだろうね」

「詳しいことまでは難しくてよくわからないんだけど、とにかく魔道具がないとこの王国もこんなに発展しなかっただろうね。電機や炎に変換してくれる魔道具があるからこそこの市場も成り立っているし、アリシアだってその林檎を食べれてる」

「綺麗にまとめたつもりだろうけど、まだまだ勉強不足ってことだね」

「うるさい」

 真面目に聞いているのかそうでないのか、二つ目の林檎を食べ終わる。

「どうでもいいことなんだけど、その果実、芯は食べないぞ」

「え、もっと早くに言ってよ。道理で真ん中だけ固いと……」

「あと種を飲み込んでしまうとへそから芽が出て大変なことになる」

 アリシアの顔がみるみる青ざめていく。

「冗談だ」


 ◇


 それからしばらくして、アリシアのご機嫌をとったり昨日の夜の話を聞いているうちに研究所にたどり着いた。

 近くから見るのは初めてだがこれほどまでに高いとは、どこか荘厳な雰囲気さえ感じる。

「塔くらいはあるんじゃないかな」アリシアも同じことを思ったようだ。

 太陽から逃げるようにしてエントランスに入った。

「僕はこれから中に入ってこれを届けてくるけど、アリシアはどうする?」

 向こうには受付とその横にゲートが並んでいた。どうやら許可なしでは入れなさそうだ。

「せっかく来たし見学していきたいんだけどな」

「それは無理じゃないかな。観光施設じゃないし」

 そうだよね、とアリシアが肩を落とす。

「それなら横に博物館があるわ」

 突然横から声がした。

「バーバラ、わざわざ出迎えに来てくれてたのか」

 彼女が首を縦に振った。

「博物館?」アリシアが尋ねる。

「研究所のはなれが博物館になっているの。塔の歴史とか魔道具の事とかについて」

「そっか。ありがと。じゃあアレン、私はそっちに行ってみるから」

 アリシアは礼を言うと一目散にかけていった。

「今の、誰?」

「さぁな」

「ナンパ?」

「違うぞ、観光客だ」

 そう、とだけ言うとバーバラはゲートのほうへと歩き始めた。

「ついてきて」



 施設の中は外観から感じられた荘厳さとはかけ離れており、どこかさっぱりしたものだった。

 中心の吹き抜けから天井の半球部が見える。

「魔道具の開発、研究というよりはここは塔の観察や研究が主な目的だから」

「塔について?」昇降機に乗り込む。バーバラの研究室は上のほうにあるらしい。

「塔に関すること全般。″王″についてや塔に書かれている文字、古文書の解読、塔にかかっている魔法の解析。私はアリシアの花について」

 昇降機が大きく揺れる。目的の階についたようだ。


 机の上には大小さまざまなビンが並び、中にはこれまたさまざまな色をした液体が入っている。壁に備え付けられた本棚には一寸の隙間もなく分厚い本が詰まり、部屋の大半をアレンにはそれがどのようなものなのか見当もつかないような魔道具が占めている。

 とにかく物が多い研究室だったが、持ち主の影響もあるのか不思議と落ち着く。

「コーヒーくらいしかない」アレンにその辺の椅子に座るように促しながらバーバラが言った。

「大丈夫、おかまいなく」

 そう、とつぶやきバーバラが少し残念そうな顔をした。

「そういえば、これが頼まれてたものなんだけど」どことなく気まずい空気が流れる前にアレンが茶色の小包を渡す。

「ありがと。今朝は眠かったから忘れた」

「それいったい何なんだ?」

「フレーム」

 そういうとバーバラは作業机の上で何かの魔道具を組み立て始めた。魔力変換部のコアが青白い光を放つ。それを小包の中から取り出した装飾具のようにも見えるフレームに取り付けていく。

「できた」ほどなくしてそれは組みあがった。

「それは?」

「小型通信機。耳につけて使うの」そういうとバーバラは自分の髪を耳にかけてみせた。耳には今彼女が組み上げたものと同じものがついている。「これ、アレンの」

「僕の?」

「これがあれば部隊のみんなといつでも連絡が取れるから」

「でもそれ、かなり高価なものなんじゃ……」

「気にしないで」

 通信機といえばまだまだ最近普及したばかりの魔道具で高価な代物だ。なかなか個人個人が持てるような代物ではない。国から部隊に貸し出されることはあるが、あくまで貸出だ。任務が終われば返却、使用で使うなどもってのほかであった。

 アレンは手渡されたそれをじっと見つめ、それだけのことをしてもらう価値が自分にあるのだろうかと不安とも焦燥とも言えない感情に駆られる。

「そうだ」何かを思い出したようにバーバラが声を出す。「ちょっと貸してみて」

 通信機を手渡すと再びバーバラは作業机へと向かう。

「よし、これで完成」

 見ればさっきのものに1つコアが追加されている。

「ただの石だよ。お守りなんだ」

「そうか、ありがとう」

「つけてみて」

 それを耳に押し当てるとカシャンと冷たい音がして装着された。

「痛かったりしない?」

「大丈夫、ぴったりだよ」頭を揺らしてもちょっとやそっとのことではとれなさそうだ。

「使い方は誰かと連絡を取りたいときに横のコアに軽く触れればそれでつながるから。あとその魔道具は魔力をこめて使うタイプじゃなくて常に魔力を吸収して動くタイプ、いつ通信がくるかわからないから。部隊のみんなの通信機は登録しておいたからまず私に繋げてみて」

 言われたとおりに取り付けたばかりの通信機を軽くなでる。

「バーバラ、聞こえるか?」

『正常に動いてる』耳の近くで彼女の声が聞こえた。

「こんなものを作れるなんてバーバラは本当にすごいな」

『……ありがと』

 彼女はとんがり帽子を深めにかぶりなおした。

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