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 九百九十九年と十一ヶ月と二十四日の昨日を越えて、今日という日はやってきた。

 朝の支度を軽く終え、アレンは家を後にする。

 まだ上がったばかりの太陽にまぎれて透き通るような花びらが舞っている。それはここ最近のレーラズ王国がにぎわっている一因でもあった。

 石畳の坂を上がり、まずは街の教会へ向かう。


「おはようございます。神父様」

 教会の庭で花に水をまいていた大柄な男がアレンへ目を向けた。

「アレンか、おはよう。たしか今日から”王”の護衛につくんだったね」

「はい……といっても下っ端中の下っ端なんですけどね」アレンは少しはにかんだ。

「いやいや、立派なことだよ。頑張りなさい」

「はい!」


 アレンと神父がたわいない会話をしていると、その声につられたように一人の少女が教会の裏手から現れた。

「あっ! やっぱりその声はアレンお兄ちゃんだ!」

「ミシェルか、神父様のお手伝いかな?」

「うん!」

 ミシェルと呼ばれた少女はアレンの足にしがみつき、キラキラと目を輝かせた。

「こらこらミシェル、アレンはこれからお仕事に行くんだから。遊びにきたんじゃないんだよ」

「おしごと?」

「そうだよ。しかもとびっきり大切な」

「たいせつな?」遊びより大切なことなどあるのか、と問いたそうにミシェルが首を傾げた。

「"王"を守るんだよ。アレンが千年の"王"を守るんだ」

 "王"という単語が出た瞬間、少女の瞳がとびっきり大きくなる。「アレンお兄ちゃんが"王"を守るの!? わたしみんなに自慢しちゃう! わたし"王"のお話大好き! わたしも会って千年前のことお話してもらいたいなぁ」とミシェルは大興奮だ。

「下っ端中の下っ端なんだけどね」

 アレンが照れくさそうに頭を掻いたのを神父は昔を懐かしむように見つめた。


 祈りをすませ、ミシェルに「千年の"王"によろしくね」と頼まれて、遅れないように足早に城へ向かう。

 朝市が一通り終わったのか市場には一服している商人たちの姿が見えた。噴水のある広場の"王"の銅像のわきを抜け、城の大階段を駆け上がる。鐘は八つを打とうとしている。



 城の敷地内の詰所を訪ねた。

「本日より"王"の護衛につくことになりました。アレンというものですが」

「イザベラさんのところかい」一人の恰幅のよさそうな女性が応えた。「話は聞いてるよ。"王"護衛部隊ならそこの角を曲がってまっすぐ……と言ってるうちに来たよ、ほら、あの人がイザベラさんだよ」

 恰幅のよい女性がアレンの後ろに目を配らせる。そこには遠くからわかるほどの美しさを持つ若き女騎士がいた。金色の髪に青い瞳。凛とした立ち振る舞いには大人らしさと無邪気さが騙し絵のように混じりあっている。

 アレンの視線に気づいたらしく、イザベラがこちらに向かってきた。

「本日よりあなたの下に配属されました。アレンと申します」

「やぁアレン、私はイザベラ。よく来てくれた。君のことはよく知っているよ。なんでもこの間の射撃大会では見事な成績を残したそうじゃないか」

「いえ、そんな、滅相もありません」

「謙遜はしないでくれ。私はその腕を買って君を招集するよう頼んだのだから」

「お褒めにあずかり誠に光栄であります」

 深々と頭を下げるアレンを見て恰幅のよい女性とイザベラが少し困ったように笑った。

 イザベラはすぅーっと静かに息を吸い込み「アレン!」と周りに響き渡るほどの声で叫んだ。

「は、はい!」

 突如名前を呼ばれてアレンの下げていた頭が跳ね上がり背筋がピンと伸ばされる。

「そう固くならないでくれ。こっちまで気恥ずかしくなる」

「はい、イザベラ部隊長様」

「イザベラさんでいい。なんなら特別に呼び捨てでもかまわないよ」

「い、いえ、とんでもないです。……イザベラさん」

「そう、それでいい」イザベラは満足したように笑い、恰幅のよい女性に軽く会釈した。

「ついてきてくれ、"王"護衛部隊の部屋に案内する」



 案内された部屋には中央に大きな机、その両側に長椅子、奥に部隊長のものであると思われる机と椅子があり、特筆することのない普通の部屋だった。変わったところといえば本棚が大量に備え付けられていることくらいだろうか。イザベラの机の上にも本がたくさん積まれている。

「さて、と」イザベラが奥の椅子に座り、アレンにもその辺に座るように促した。

「騙すようで悪いんだが早速君をテストしたい」

 入隊試験など聞いていなかったのでアレンは少し面食らったが、初めて見る相手をすぐさま入隊させるのもおかしなことかと納得することにした。

「はい、頭はあまり良くはありませんし射撃の腕も大会以上の実力はありませんが……」

「問題はそこじゃないんだ」イザベラがアレンの言葉を切った。顔の前で手を組み真剣な面持ちをみせる。「私はすこし口下手な方でな、何から話せばいいのか。そうだな、君は"王"を信じるか?」

「それはどういう意味でしょうか」

「あと七日後だったな」イザベラが街のにぎわいに耳を傾けるように目を細めた。イザベラの後ろの窓から外が見える。花びらが舞っていた。「"王"が存在するかどうかだ」

 アレンは思い出す。"王"のことを。"王"について教えられたこと、語ったこと。そして千年に一度の"王"について考える。



 レーラズ王国では古くからある伝承が残され、それにまつわる話が数多く語り継がれてきた。


『千年に一度、塔に眠りし王が目覚め、世界に幸福をもたらすであろう』


 おとぎ話の類にかわりはないのだが、王都郊外にその塔は実在していた。塔の内部を調べればいい話ではあるが、塔には今とは様式の違った魔法で封印が施されており調べるどころか入ることすらかなわなかった。

 いつしか塔はおとぎ話を成長させ、今では様々な角度から塔は研究されている。

 ある時一人の文献学者が塔に彫られた文字を解読し、"王"の目覚めが今から九百七十九年前だとわかる。それが今から二十年前。

 九百九十九年と十一ヶ月と二十四日の昨日を超えて、再び"王"が目覚めようとしているのだった。



 アレンはできるかぎりたっぷり考えてから慎重に口を開いた。

「"王"はいらっしゃると思いますが」

「私に嘘は通用しないからな」イザベラの口調は険しかった。

「はい。"王"を信じています」しばらくの沈黙のあとイザベラは一言だけ「そうか」とつぶやいた。

「イザベラさんは"王"をどう思ってるのですか?」

 アレンは自分に問いかけられた答えを求めるようにイザベラに聞いた。

「私は"王"を護るつもりだ、何があってもな」

「僕もそのつもりです」

「そうか」イザベラの口調はすこし穏やかになっていた。

「アレン、君の入隊を歓迎しよう。まず今の状況を説明する。私は口下手だがな、よく聞いてくれ」

「はい、ありがとうございます」

 いろいろとひっかかる点があったがアレンはまず話を聞くことにした。


「まず、なぜ私が"王"護衛部隊なのかわかるか?」

「それはイザベラさんの騎士としての実力が認められてのことなのでは」

「自分で言うのもなんだが私の剣の実力はそれほどでもない。部隊長の地位も亡き父のおかげだろう」

 イザベラの父はレーラズ王国では知らぬものなどいないほどの英雄であり、騎士団長の前任者であった。

「剣の腕がそれほどなんてご謙遜を」アレンは数々の大会の記念品が飾られた本棚の一段に目をやった。

「ありがとう。少し照れるな。しかし私より強いものが大勢いることも事実だ。それなのになぜ私なんだと思う」

「……わかりかねます」

「今は天へ旅立ってしまったが、騎士団長の娘である私は顔が広く人気も高い。本当に自分で言うのもなんだがな。過去の任務も他国から来た重役の護衛だとかそのようなものが多い。つまりは飾りみたいなものだよ」

「そんな飾りだなんて……」

「いや、いいんだ。昔は悩んだ時期もあったがいろいろあってね、飾りも必要だとわかった。問題は今回"王"の護衛に私が任命されたことだ」

 イザベラは机に積み上げられた本の背表紙をいたずらになぞりながらアレンに無言の問いを投げかけていた。上から、下へ、動きを目が追う。やがて指先は机の表面に到達し、イザベラはアレンの方を向いた。


「つい最近まで国は"王"なんて信じちゃいなかったんだ」


「……そうなんですか」

「意外と驚かないんだな」

「私も"王"を信じてはいますが目覚めると言われても実感は湧きませんから」アレンは少し考えてから「でも"王"の目覚めだなんだと今のお祭り騒ぎに国は大きく協力していたような……」

 事実祭り自体は毎年やっているのだが今回は"王"が目覚めるため特別盛大にするようにと国からたくさんの寄付金があった。

「そこがこの話の重要な点で、国は"王"のことは信じていなかったが"王"を登場させるつもりではあったんだ」

「といいますと」

 イザベラはまた顔の前で手を組み、どこから話すべきかと悩んでいたようだったが、私は口下手だがと前置きをしてから話しはじめた。

「諸外国では次々と新しい王がでてきていてね。世代が変われば考え方も変わる。外国はレーラズの最高権力者が"王"の代理という地位なのは納得がいかないらしい」

「そんな、眠れる"王"を会談に出せというのですか」

「まさか」イザベラが笑う。「困らせてみたいだけだろう。しかし、この際本当に"王"に会談に出ていただこうと上層部は考えているのだ」

 話のつかめないアレンの前に二枚の絵、いや、一枚の絵と一枚の写真が置かれる。

「これは……」

 アレンは驚いた。アレンの前に置かれた絵は"王"の絵であった。灰色の髪に大きな青い目、整った顔立ちに気品溢れる口ひげがついた街のどこでも見ることのできる"王"であった。

 その横の写真にうつっていたものも"王"としか言いようがなかった。

「そっくりだろう、魔法で顔を変えているがな」

「この方は一体……」

「今の最高権力者、レーラズ国"王"代理、そのご子息だ」

 ぽかんと口を開けているアレンを置いて、イザベラはさらに話を続ける。

「つまりな、国はこの"王"の目覚めというおとぎ話を利用して偽の"王"を登場させ、そのまま統治してもらおうというシナリオを書いていたんだ」

「まさに千年に一度のチャンスというわけですか」

「ようやく話が飲み込めてきたようだな」感心感心とイザベラが子どもあやすように目を細める。

「……でもそうなると本物の"王"はどうなるんですか」

「邪魔だろうな」

「殺す、ということですか」

「塔の封印を見ても"王"は古代の魔法を使える可能性が高いからな、捕えて研究したいだろう。しかし最悪の場合は、そうなるだろうな」

「本当の"王"に統治してもらえばいいのでは……」

「"王"には不確定な要素が多すぎる。それに有力な学説としては"王"はまた眠るはずだからな、次目覚めるのはまた千年後だ」

 いつのまにかイザベラはアレンの向かい側に座っていた。

 遠くで街のにぎわいが響いている。"王"の目覚めが近いことを知らせる花びらが窓の外を舞っていた。

 世界の誰にも聞こえないような、自分自身に言い聞かせるような声でイザベラは「たかが飾りのわがままなんだが、私は"王"を守りたいんだ」とつぶやいた。「君の力を貸してほしい」

 アレンの言葉は決まっていた。

「はい」

 イザベラはしばらく何かを見定めるように、あるいは自身の考えは正しいのかをもう一度問いただすようにアレンを見つめていたが、しばらくして安心したように微笑んだ。

「ありがとう。改めて歓迎するよ。そうだ、この前うちのマシューが名前がダサいと駄々をこねてね、変わったんだ。『千年部隊』へようこそ、アレン」

「こちらこそよろしくお願いします! 」

 さしだされた手をかたく握る。

「……そういえば"王"ってまだ目覚めてないですよね。僕たちは一体何をすれば」

 いったいどこから取り出したのか、イザベラからアレンに一本のほうきが手渡された。

「掃除だ!」

失恋のショックで鬱になりかけていた時に友人から小説を書くよう勧められて書くことにいたしました。

ミステリが書きたかったのにファンタジーを書けといわれたので書いてみたので出来はお察しです。

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