ホテルのロビーで出会いました~伊藤氏の企み
前作のアクセス数にびっくり。皆様読んでいただきまして、誠にありがとうございました。遅筆ながら、やっと続編を書き終わりました。伊藤氏の計画実行即、完了の裏側です。どうぞ。
婚約者の麻倉美空嬢とは彼女が香學館女学院中等部在学中に引き合わされた。かれこれ、六年になるだろうか・・・・・正式に結納を交わしたのは、彼女が短大を卒業するすこし前だ。
俺は既に成人して、社会人になって数年が経っていた。それなりに彼女もいたし、後腐れの無い関係の女性が居たときもあった。何しろ婚約者予定の美空嬢は十歳以上離れていたし、未成年の相手に手を出す気も起きなかったので、速く進めようとする祖父達を宥めて引き延ばす事にしたのだ。彼女の方もその事には賛成してくれたので美空嬢が成人してからとなったのだが、高等部に進学した後から友人達から良くない噂の中に彼女の名前が出るようになった。
クラブを貸し切りにして朝まで騒いでいただの、複数の男と付き合っているだの、気に食わない知人にレイプ紛いの暴行を人を使ってやっただの、後は読み上げるのも嫌になるものばかりリストに載せられていた。彼女の友人らしき男が婦女暴行未遂で何人か刑事訴訟されていた。いずれも噂話ばかりで決定的な証拠は無い。俺と会う月に一度の茶会の時は世間知らずを装っているようだ。たまに夜の繁華街で見かける彼女とは正反対の姿だ。だいたい取引先の接待中に見かけているため、証拠を残そうにも無理がある。
正式に婚約したあと、卒業後彼女の祖父が立ち上げた若者向けのジュエリーショップの店長兼デザイナーとしての仕事を始めた。広告費を使い、芸能人に身につけてもらい、そこそこの知名度を上げてはいるらしいが、新作発表会のパーティをするといっては月に一度の食事すらキャンセルするようになった。元々義理を果たすために無理矢理スケジュールを空けていたのだが、ソレを止めてからはますます悪い噂話ばかり耳に入っていた。婚約自体も公にはしていないし(彼女の方から式の日取りが決まってからにして欲しいと言われたからだ)、お互い表立ってはフリーなのだが、よくもまあ、あのじいさん達の目を欺けるものだと感心する。
最初の内は男性モデル達を取っ替え引っ替えしていたみたいだが、最近は一般人の男と出歩いているらしいここ半年はずっと同じ男だった。彼女の素行調査を興信所に依頼することになるとは、情けない限りだ。じいさん達に見せてやりたい。調べてわかったのだが、男の方には別で付き合っている女性がいるらしい。その女性が気の毒でしょうがない。素直そうな笑顔で写真の中で微笑んでいた。
いい加減美空嬢と縁切りをするために行動を起こすことにした。数ヶ月振りに美空嬢を食事に誘ってみた。案の定、出張を理由に断りのメールが入る。週に一度の頻度で誘っては見るものの平日以外の夜は全く連絡すら着かなくなっていた。秘書のいる前で連絡を入れて、断られているのを見せつつ、順調に下準備を重ねていた。後は浮気真っ最中に場面に出くわすだけだ。あのじいさん達のの目を覚まさせる為ならばめんどくさい作業も仕方が無い。
今日は朝に誘っては見るものの、断られている。興信所からフレンチのレストランから二人がタクシーに乗って出たと連絡があった。近くに車を止めて待っていた俺は、二人が良く使うシティホテルに向かった。泊まりの時はここにするようだ。経費で落としているためかすこし調べるとすぐに出てきた。
二人は仲よさげにフロントに向かうと予約していたのかすんなりとエレベーターに向かった。向かい合わせ四台のエレベーターの内、二人の死角になるレストランエリアのエレベータードアが開いた。出てきたのはあの男の付き合っている女性だった。最初の計画では二人が乗る前に声をかけるつもりだったが、彼女に気を取られているうちにエレベーターに乗って行ってしまった。
少し、離れた場所で彼女を観察していると、スマホの画面を見ながらブツブツ独り言を言っていた。座っているソファーの後ろに回り、画面を覗き込むと、先ほどの二人が映っていた。あの状況で二人に気付かれず写真を撮るとは、今雇ってるヤツラよりもかなり優秀だ。写真はあっても顔が写らず、証拠として欠けるものばかりだったのだ。その彼女はかなり近づいているにも係わらず、集中してメールを打っていた。
「ん~こんなかんじでいいかあ~、写真添付するのもイヤミったらしいよね。もう、他に居るんならさっさと言ってくれれば良いのに、最後に会ったのって先週の水曜日・・・・・・」
聞こえてきた独り言の内容は、とても失恋に落ち込む様子はナイ。しかもあの男は美空嬢だけではなくこの女性の所にも通っているとは、仕事してるのか?調査ではほぼ毎日美空嬢と会っている。そういえば先週の水曜日は夜の八時には離れていたな。彼女の所に居たのか。
もう少し近付いて彼女に気付いてもらう為、自分の陰を被せてみる。
「さっきの盗撮、写りがいいなら、画像データを売って欲しい」
急に話し掛けたせいか、かなり驚いた顔をしている。いや、妙齢の女性としてはその顔はダメだろう。吹き出しそうな笑いをギリギリ押さえて、ポーカーフェイスを作る。
写真データのやり取りのためお互いのスマホでやり取りをする。彼女との連絡先を確保し、人柄を見るためにいろいろと話し掛けた。その返事のすべてが俺の予想を超えている。大抵の女は俺の顔に見惚れてこちらに有利な返答を促す事が可能だが、面白い。この女俺を警戒している。だが、用心深いならあんな男と付き合ったんだ?
週末の二日間で、弁護士と仲人、当人と両家の関係する親族を集め、婚約破棄を申し立てた。当然、美空嬢の両親は不服を言ってくるが、証拠として写真を複数見せると娘を詰り始めた。昨日の写真だけでなく、過去の写真も合わせたので男の数が十人を越えていた。
仲のいいじいさん達は、俺に押し付けてスマンかったっと二人して頭を下げてくれた。婚約してから九ヶ月間の忍耐を労ってくれた。
最近は忙しくしていたために実家で生活をしていたのだが、やっと身軽になり、一人暮らしのマンションに帰ってきた。一ヶ月振りの心地よさに、酒を呑みながら、宮久保沙織を思い出す。顔は写真で少し前から知っていたが、直接話して、表情豊かな顔を見ながら、自分でも浮かれているのを自覚していた。
彼女を例えるのならば、人見知りの猫だ。警戒しながらも平気そうな自分を装って、しかし興味が無くなればすぐに切り捨てる。切替が早いのは良いことだが、切られる側にはなりたくはないな。
側で愛でて眺めていたい。
ふいに沸き起こった感情に一瞬クラリとする。こんな気持ちになったのもいつ振りだろうか、せっかくの感情を無駄にしないため、彼女を捕獲しなければ・・・・・・
行動指針を決めた後は、彼女からの断りを直接受けないよう、畳みかけて回避しつつ、自分にとって有利になるように進めていった。
彼女から得た個人情報とこちらで調べたデータを照らし合わせ、申し分の無い女性だと結論づけた。何より
沙織と一緒に居るのは愉しい。
余り利益の出ない契約を宮久保社長に取り付けてもらい、沙織との逢瀬を重ねた。俺が彼女を気に入っていることは宮久保社長にばれているので、行く度に姪っ子自慢を聞かされている。後は、沙織の父親自慢だ。いや、あれはノロケに近いかもしれない。宮久保社長にとって、従兄弟は憧れの存在らしい。何でもできる自慢のお兄さんで、本来ならここは彼が継ぐはずだった。好きになった人のためにすべてを棄てたのだが、棄てられて困ったのは一族の方だったと言うわけだ。表向き一般的なサラリーマン家庭を装っている為、娘である沙織は自分の事をかなり過小評価している。
見切りの速さは父親譲り、鉄壁のような鈍さは母親譲りと、逃げ足の速さは加速されている気もするが、囲いを先に作ってしまえば良いだけだ。
沙織と一緒に出かけるようになって二ヶ月が過ぎた頃、実家の父から呼び出しを受けた。行ってみれば、見合い写真が待ち受けていた。
「父さん、もう見合いはしないからこんな写真、用意しないで欲しい」
「お前が三十過ぎて独身だと周りが勝手に持って来るんだよ」
「俺のせいでは無いでしょう!じいさん達が美空嬢の本質を見極めて無いから俺は今まで独身なんです。正式に婚約してからは女遊びしなかった俺を褒めて貰いたいくらいだ」
「仕事を増やして詰めていたな」
「彼女は男漁りに励んでましたがね!とにかく、俺は今、宮久保沙織さんと楽しく過ごしてますから、他は要りません」
親子二人して自宅のリビングルームでロウテーブルを挟み言い合っていた。テーブルの上には二十センチくらいの山が五つ、かなりの量の見合い写真だ。
「沙織さんには、プロポーズでもしたのか?」
「まだです。付き合ってもいません。沙織さんとはまだ友人です。近々交際を申込むので手放しませんがね」
「まだ何もしてなかったのか!お前が」
「煩いですよ、沙織さんの父上からのアドバイスです。焦ると逃げられるそうですよ。ご自分の経験談を踏まえての、適切な助言です。あの人も、奥方を得るために苦労されたそうです。遠回しでは全く気付かず、直接的ではすぐに逃げる。全く、似たもの親子だ」
俺は、捕獲する準備を着々と進めていった。逃げ道など残してなるものか・・・・・・
俺はホテルのロビーで彼女を捕獲した
fin.
浮気した方のリクエストも多かったので、頑張って書きます。少し待ってて下さい。