第八話 水戸のお見合い
「えー、お見合い?なにそれ。」
私は母ちゃんに向かって、おせんべいをかじったまま言った。
「なにそれ、ってアンタ、ろくな職にもつけてないのに。
もうとっとと嫁にでも行きなさいよ。ほれ、写真、見れ。」
「ひどーい、ろくな職にもつけてないって。いずれ正社員にしてもらえるってばさ。」
「いつ?何月何日何時何分何秒?」
「そういう小学生みたいなこと、言わないのー。大人の癖に。」
私はブーっとふくれた。
テーブルの上に差し出されたスナップ写真を見た。
お見合いの写真ってのはもっとごっつい額みたいなものに入ってるんじゃないの?
どうせお見合いで付き合おうっていうんだから、ハゲでデブのオッサンだろう。
そういう思いで、興味ないけど一応建前上拝むことにした。
写真を見て、私はおせんべいを噛み砕き、ソファーから立ち上がってしまった。
「・・・・かっこいい。」
思わずおせんべいを食べていることを忘れてしまった。
お行儀の悪い娘をヤレヤレと見ながらも、母ちゃんがニヤニヤしている。
「かっこいいだろー。年は35歳だけど、見えないでしょ?」
何故か母ちゃんがドヤ顔だ。
「会ってみるだけ会ってみる?付き合うかどうかは、それからでもいいじゃん?」
オトメンがタイプなんだけど、イケメンもいい。
私は、忘れていた咀嚼した物をゴクリと飲み込んだ。
「う、うん・・・・・・・。」
母ちゃんのニヤニヤが止まらない。
「え?水戸がお見合い?」
佐久間は飲んでいたコーヒーを噴出してしまった。
「うん、今度の日曜日らしいよ。」
矢口が言う。
「へー、あの腐女子がねえ。相手は?」
「ナンでも、35のオッサンらしい。」
「オッサンかあ。まあ、見合いだからな。」
「どうせ、ハゲデブだよ。水戸さん、断るんかな。」
「案外、オタクだったりして。話が合うかもよ。」
矢口と佐久間は笑った。
日曜日、お見合いの日が来た。
私、水戸奈津子、マックス緊張中。
写真より、マジでかっこいい。
私とお見合いで、がっかりだろうな。
いろんな思いと葛藤で頭の中がグルグル回っている。
いつもの頭の中身垂れ流しの私が、言葉が出ない。
お相手は、高田敦さん、35歳。見た目はどう見ても20代後半。
この年で地元企業の社長さんらしい。いわゆる2代目というやつだ。
方や、しがないホームセンターのパートタイマーで腐女子。
釣りあう筈ないだろう。
「奈津子さん、そんなに緊張しないで。僕だって若い女の子と会うのだから。
すごく緊張してるんだよ。」
なんだ、相手も緊張してるのか。
そう思うと少し気が楽になり、笑顔が出た。
いつもの私に戻れた。
高田さんは大人の男性だった。
私の話を楽しそうに、うんうんと聞いてくれた。
ついつい自分の話ばかりしているのに気付き、慌てて相手のことを聞いたりした。
食事の後、そのまま何か見たい映画ある?と聞かれ、恥ずかしかったけど
アニメ映画の名前を出してしまった。
きっと幼稚な女と思われるだろう。
「面白かったね、映画。たまにはアニメもいいなあ。」
お世辞で合わせてるのではなく、心底面白かったという表情だった。
高田さんの車で家まで送ってもらい、別れ際
「今日はすごく楽しかった。もしよければ、また会ってください。
僕とお付き合いしていただけますか?」
と言われ、
「あの、本当に私でいいんですか?」
と答えると
「何故?奈津子さんは、すごくかわいいし、楽しい人だよ?
とても魅力的でチャーミングだ。」
そう言ってくれた。
「でも、高田さん、かっこいいし、モテそう。」
高田さんは笑った。
「モテないよw オジサンだしね。ていうか、高田さんは堅苦しいから
敦って呼んでよ。」
私、水戸奈津子、今が最高のモテ期かもしれません。
舞い上がった気分のまま、次のデートの約束をした。
「最近、水戸、妙に浮かれて気持ち悪くね?」
佐久間が外の喫煙所でタバコを吸いながら言った。
「それがさ、水戸さん、この間のお見合いの相手と
付き合うことになったらしいよ?」
矢口が言った。
「マジでか?まさかのハゲデブフェチ。」
佐久間が驚く。
「いや、それが、イケメンらしいんすよ。
しかも二代目社長らしい。
水戸さん、やりましたねえ。すぐ寿退社したりしてー。」
矢口がニヤニヤ笑う。
佐久間は無言で、タバコを落ち着きなく
何度も速い速度で吹かした。