最終話 ホームセンター戦士
それからも、私と佐久間は、時々デートをするわけだけど、なかなかこの男が、好きだと言ってくれない。佐久間がこんなにも奥手だとは思わなかった。初デートでいきなり抱きしめたくせに。
でも、私はこのじれったい状態を割りと楽しんでいるのかもしれない。
今までも、そんなに恋愛経験は無いのだけど。というか、2回のみ。
その時は、お互いが好きと言った瞬間から、お互いが疑心暗鬼になり、少しでも冷たくされると、不安になる。そして責める。恋愛とは、温度差が全く無いということは無いのだ。
女はのべつまくなし、四六時中自分のことを考えていてほしいと考えがちだけど、そんな気持ちじゃあ、恋愛などうまく行くはずもない。
経験上、焦りは禁物なのだ。
敦さんに関してはどうだったのだろうか?あれは恋と言えるのだろうか?そこまで考えて、私は真面目に結婚を考えていた敦さんに申し訳なく思った。私は鈍いから、自分の本当の気持ちに気付くのが遅い。
ま、ゆっくり待つか。
待てなかったら、私から佐久間に好きだと言おう。
でも、もう好きだと言わずとも、お互いの気持ちはもう通じているのかもしれないな。
「バカ、佐久間。鈍感。」
私が呟くと、聞こえていたのか、佐久間が振り向いて
ジロリと私を睨んだ。
私は笑ってごまかした。
今日も私を賑やかな喧騒が包んでいる。
いろんな無理難題、クレームに呆れつつも、私は日々ホームセンターで働き続ける。結局なんだかんだ言っても私には、この職場が向いているのかもしれない。
「おたくで買った、ゴミ箱ね、すぐ蓋がとれるんよ、ほれ。」
年配のお客さんが、サービスカウンターでクレームを訴える。
足で踏んで蓋が開くタイプのゴミ箱を無理やり手で跳ね上げる。
「お客様、これは足でこう、踏んでですね。」
蓋が開くやいなや、お客さんが手を出して、蓋を無理やり跳ね上げる。
「のう?取れるじゃろ?」
構造的に、接続部分ははめ込んであるだけなので、そりゃ跳ね上げれば取れるのだ。私は頭にきて、その接続部分にセロテープを貼った。
「お客様、これで取れませんよ。」
もうヤケクソだった。
「おう、ホントじゃの。取れんようなった。ありがとね。」
そう言うとクレームのお爺ちゃんは帰って行った。
私はヤケクソが通って、呆然として、いいのかよ、それでと思った。
私は帰っていくお爺ちゃんの後姿を見て噴出してしまった。
こうして、私の忙しい一日が始まる。
最初は事務畑で、販売は初めてだったし、肉体的にも精神的にもこんなに疲れる仕事だとは思わなかった。でも、いろんな人と接し、いろんな経験をし、私にとっては事務員をしていた頃よりはよほど、充実した日々を過ごしているような気がする。
結局、この仕事、文句言いながらも、好きなんじゃん、私。
ホームセンター、最高じゃん。
数ヵ月後、私、水戸奈津子に辞令が下りた。
「水戸奈津子を4月付けで正社員に昇格」
「やったあ!今日から私も佐久間と同じ正社員だよ!」
「良かったな。これからもよろしくな。がんばろうぜ。」
今日もホームセンター ナイスは朝から喧騒に溢れている。
「お客様、申し訳ありません。お待たせしております。」
「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。」
この喧騒と戦いながらも、私はこの喧騒を愛している。
ホームセンターはお客様の暮らしを豊かにし、
お客様のニーズに答え、日々精進していくのだ。
私、水戸奈津子は、ホームセンターが大好きだ。
了