第21話・絶対、治して!
何年も病院で仕事をしていると入退院を繰り返す常連さんがいる、といっては失礼かもしれない。
状態が悪くなったりよくなったり、そういう患者さんとは顔見知りになる。
「またきたよー」 とあっけらかんとして明るくあいさつしてくれる余裕ある人も多いがたいていは状態が悪いので入院、という形になる。
入退院の繰り返しで徐々に病気が進行、つまり悪くなってくる人はなんというかなんとかしてあげたいと思う気持ちも強くなる。やはり何度か顔をあわせていくうちに情がうつる、というのもヘンかもしれないがやはりもう一度笑顔が見たいなあーと思うわけである。
とくに難病で状態が悪くなっていく人のうち、自分の病状や今後のことを納得してくれない人もいる。
今回の話はたとえば、の話としてきいてほしい。
これはどういう人でも、怪我や病気は避けられないし、私を含めてこれを読んでくださる人は誰でも人間でいる限りはいつか死ぬだろうし。
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その少女も難病だった。
進行性で近いうちに失明するだろう。手術も何度もしていて身体の負担が大きいしできない。レーザーももう全然ダメ。そういう状態。だんだん衰えていく視力。明暗はまだかろうじてわかる。だけど明度がだんだん落ちていくというのはある種の恐怖だ。その少女はそういう状況でもけなげに闘病していた。
目が見えて当然、という環境に生まれ育っていた人間にとって失明、というのは恐怖を伴うそれはもちろんわかるだろう。だが彼女は一縷の望みをまだ持っている。
「先生、絶対、治して。
私の目、視力が落ちたままでもいい、多少暗いままでもいい。
だけど全然見えなくなるというのはイヤ。
どんな薬でもどんな手術でも私はやるから、
どんなに痛くても我慢できる。
だから、絶対治して!」
彼女は病室に入ってきた私を主治医と見間違えてそう話しかけたのである。彼女の真剣な顔つきに胸をうたれたが勤めて明るく声をかけた。
「こんにちは、◎◎ちゃん、私です」
彼女は間違えて声をかけたのがわかると押し黙った。それから布団をかぶって泣きだした。
私はうろたえた。こういうときはコメディカルな立場にいる人間は役立たない。(役立つ方法をご存知ならぜひ教えてください…)
部屋を出てまっすぐに詰め所に戻って担当看護師に彼女の訴えを伝えた。
「彼女にはかわいそうだが、失明後のイメージがまだつかめてない」
「昨日から泣いてばかりなの。お母さんが見舞に来てからああなったのよ、
親子でどういう会話があったのか知らないけど。
このままうつになっちゃっても困るし。
だけど今はそっとしておくしかないわね」
こういう時のキーマンになるのは家族を除いては主治医である。彼女の症例は医局でもカンファレンスにあげて何度も検討されている。だが視力が戻らないのは明白だった。Xデーの引き延ばしもできない。
彼女は主治医以外とは話をしなくなった。彼となら口をきくのはまだ彼の治療方針に望みをもっていたのだろう。
彼は私や看護師の報告を聞くと忙しい時間を割いて彼女のベッドサイドで長いこと一緒にいた。泣き伏す彼女に黙然と腕を組んで椅子にすわっておられたのを覚えている。
「死んでしまいたい」って言われたよ……
主治医は詰め所に戻ると彼女、自殺の恐れもあるしよくよく看護してやってくれ、と頼んでいた。それしかできなかっただろうし、医師自身つらかっただろうと思う。
私たちも無力を痛感する。こういうとき本当に救えるのは何だろうか、神様だって奇跡ばかり起こせるわけでもない。
病院にいるとそういう話がいっぱいある。
切ない話も多い。
私は無力だな、と空を仰いで目を閉じる。




