第11話・モンスターペイシェント
モンスターペアレントという言葉はあっという間に世間に認知された。
さて医療機関におけるモンスターを「モンスターペイシェント」といいます。生徒の親ではなく、医療機関における患者様もしくはそのご家族のことです。
クレーマーとかでは意味合いは似てるようでも全く違います。
病院も長いこと勤務しているとやはりいろいろなこともありました。
一番印象深いのはある女性患者さんの息子さんです。親思いの息子さん…では全然なかった。あわよくば病院の些細な落ち度からお金を取ろう取ろうとする非常に分かりやすい態度を取る息子さんであった。なぜ知っているのかというと私がその病棟の担当でかつ当事者の1人だった。
息子さんの言い分は以下の通り。
入院中に、とある検査を受けていただくてはずになっていたが、前日その患者さんが眠れないというので睡眠薬を看護師さんがあげた。これはあらかじめ頓服で処方されていて患者さんが不眠を訴えれば医師の指示がなくとも1回分投薬できるようにしている。だがどういうわけかその薬が効きすぎて(←注:これが息子さんの言い分)検査の時間までに起床できず延期になってしまった。
延期といっても午前の検査が午後になっただけ。付き添いの息子は午前中の仕事を休んでまできたのに、いったいどうしてくれるのか! という訴えだった。
その患者さんは大部屋にいらっしゃるので、担当医は息子さんを詰め所に入ってもらい冷静に説明している。急を要する検査ではなく、午後から入ってもらうことになっているから心配なきように…また検査結果の説明は後日でもご都合のつくときに説明はさせていただきます。また睡眠薬はきついものではなく、入院前から服薬されたいたものと同じです。もう起きていらっしゃるし薬に常習性等はないのでどうぞ心配なきように。
ところが息子さんの言い分は常軌を逸していた。
「あのな、俺は9時から始まる検査のつきそいのために仕事を休んできたんだぞ。あんなにきつい睡眠薬をあげて、お母ちゃんの身体にもしものことがあったらどうしてくれるんだ! 忙しいところ休んできた仕事のこともあるし、病院としては誠意をみせてほしい」
誠意…?
「そうだ、誠意を見せろよ。不要な睡眠薬をわざとのませたんだろうが。これは病院の失敗じゃないか。予定通りに検査も受けれなかったしなんというひどい病院だ。さあ、誠意を見せろよ」
彼の言う誠意は非常にわかりやすく要は金を出せと言っているのだ。だが直接これをいうと恐喝でひっぱられる。
頭が良いか悪いかわからない恐喝者ではある。が、彼は非常にねばりづよかった。この類のクレームをつけてよその商業組織等で誠意とやらをみせてもらった経験があったのかもしれない。
午前でしか休めないといっているお忙しいお身体のわりに、ずーっと詰め所にいすわって説明している医師をじーと見ているだけである。医師も説明はすぐ終わったし、後の患者もつかえている。この忙しいのに困惑している。だが患者の家族が自分の前に居座っている以上さっさと退席できない。
医師によっては「今説明したことが誠意です。今後の治療はおまかせください、それでは失礼します」 とさっさと退席する医師もいる。というか普通そうだろう。
でも、そういうのができない超まじめな医師だった。婦長も最初は言葉をつくして優しい言葉をかけてやっていたが、金欲しさがみえみえになってくると無言。スタッフも無言。
そしてその医師と婦長以外はそそくさといつものルーチンワークや病室廻りをはじめる。
私もまた病室訪問をひと通りして詰め所に戻ったが、まだいる! もう昼近いのにまだいる!
息子さん、忙しいのじゃなかったのか!
「誠意を見せろ、見せろよ、あんたができないなら院長にあわせろよ」
お母さんの検査が今日午前中にできなくてかわいそうだから誠意を見せろという息子さんは結論で言うとお金は包まれなかった。当たり前だが忙しいのにというわりに詰め所で2時間以上もいすわる患者の家族!
別に支離滅裂な病的な論理を振りかざすのではなく、見た目本当にごく普通の人だったので医師も困ったのだ。医師も婦長もその人の前から退席せずだんまり合戦を決め込んだのであきらめたのだろう。双方とも無駄な時間を過ごしたがそれでよかったのかもしれない。
が、もっと良い方法もあったのかもしれない。だが現場で居合わせた1人としてはあの時ああして暖簾に腕押しの状態で相手があきらめるまでじっとしている、というのも良い作戦だったといえる。
というのは相手が激昂して他の患者に対しても迷惑行為をしたらそれこそ逮捕ものだし、「金出せ」という一言は絶対に言わない。
ということは相手は警察が怖いのだ。だからあれはあれでよかったのだろうと思う。
反対に絶対に患者や家族に絶対に責められない医師も知っている。
今から述べる医師だ。…何かの参考になるかもしれない。
○ 最初から患者であっても患者の家族であっても説明は最低限しかしない。本人が納得しなければ「よそへ行けば?」という。ちょっとでも質問にくいさがるとそっぽをむく。仕事はきちんとするが、性格が悪い医者ということになる。
○ 本人が説明がよくのみこめなくてぼやっとしてたら「はい、次の人」と言う。わかっていてもわかっていなくとも「はい、次の人」でその人はおしまい。
患者のことなんか気に掛けない、心配しない、どうでもいい。(きちんと説明を求める真摯な患者さんは寄りついてくれない。でも全然平気。)
○ 本人が自分の状況説明を長々しだすと「看護師さんこの人早くどこかに連れてって」(←慣れているので看護師はタイミングよく、両脇に患者にやさしく寄り添い、待合室に戻りましょ、ってささやく)
こういう竹を割りすぎたような性格の医師はモンスターにはからまれにくい。でも患者に好かれにくいというのもあるが本人はそれでいいみたい。
お給料はもらえるし、その分自分がしたい研究とかに時間がさけるのでいいのだろう。
一方自分の話もしないといけないだろう。
私自身は変わっている? とか言われる性質でモンスターすれすれの患者(しつこい、病的なクレーム、泣く、つきまとう)のどれもなんとなーく彼らの気持ちがわかるせいか、かわせるのだ。
私のやり方は以下の通り。もちろんたいしたことはしていませんが。
○ しつこい…あと5分ぐらいなら時間がさける。入院中なら明日もこの時間ぐらいに来てもいい? とか聞く。またあなたのために時間を割くよ。でもいつも忙しいからちょっとだけよ…目をみてやさしくいうと納得してくれる。
○ 病的なクレーム…自分の時間が許す限り「一度」は最後まで話しを聞かせていただく。こわれたCDのように何度でもリピートするタイプも「一度」だけ聞く。
お話はよくわかりました、1人で悩んでつらかったでしょう、などと同調する。その人の感情に添うのだ。案外これでおとなしくなる人が多かった。みんなさびしいのだ。
○ 泣く…自分勝手な患者に多いが常時被害妄想的。妄想となると容易に解けない。個人的な処置としては勝手にしくしく泣かせておくに限る。
本人も自分ではつらいと思って泣いているが本心では「泣きたいから泣いている」のがわかっている。 だからある程度はほっといていい。(ただし精神科治療域に達している場合や自殺願望がひどい場合はこのやりかたはいけない、薬物療法など早急に開始しないといけない)
○ つきまとう…看護師さんで忙しくとも気持ちに余裕がある人は仕事でも一緒にいてあげる。(よその病室とかには当然入れないが外の廊下で待たせたりする)詰め所にいるときは一緒に連れていってあげる。
私の知っている人は主任に嫌みを言われても平気で「私が責任を持ちますので」 と言い返していた。 日ごろから気持ちに余裕があり仕事もできる人だった。こういう人が本物の看護ができる。血管確保も上手で患者にも人気があった。
病院の窓口担当は一番モンスターの相手になりがちだろう。一度こんなことがあった。
誰かがずーと事務室に座りこんでいる。私が用事で入室すると顔見知りの元入院患者さんだった。
「あれ、○さん、どうしたの? 退院したのじゃないの?」
○さんの顔が私をみて笑顔になった。
「入院のお金がへんなの、私そんなにお金払えない…でもちゃんと調べてくれない、どうしたらいいの~」
「お金の話なら私もわかりません…」
事務員の若い子が困った顔で言う。
「あの、7時ごろから来られて、でもちゃんと説明しても納得されなくて…」
事務員の子たちと○さんがじっと私の顔を見る。
「○さん、入院のお金が納得いかなかったら不服申し立て、ってあるかな。ケースワーカーさんに相談してください」
「うん…でも」
「悪いけど部屋に戻らないといけないから○さん、お元気でね」
私が事務室を出ると○さんはついてくる。
結局、再度調査のあと、後日払いでもOKなのを確認。
それから病院の長い廊下を2人で歩き退院後の話しを聞いた。
○さんは一生懸命しゃべった。
いろいろな心配事をもっておられて私に話しても解決のしようのない話だった。が聞いてほしかったのだろう。1人暮らしでの生活の不安、健康の不安、将来の不安で頭がいっぱいでかつさみしいのだ。頼りになる身よりもなく心配でいっぱいなのだ。
院内を一周して玄関から見送った。
杖をつきつき話しを聞くだけだった私に何度も会釈して○さんは帰っていった。そのさみしそうな姿は事務室にいた傲慢そのものの姿とはまるで別人だった。空いばりだったのだ。病後なのに頼りになる人もいずお金もない。今度会ったらケースワーカーに相談するようにいっておこうと思った。
ちょっと優しい対応のモンスターの話しになりました。
院長を脅して口止めも完璧にしてたくさんのお金をもらった凄腕? のクレーマーの話も聞いたことがありますがそれは言えない。
医療訴訟に関しては事件によっては原告たる患者もしくはその家族はクレーマーではない。クレーマーとは全く違う。病院側の対応がまずかった等という話を聞くことがある。




