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ロンディシウムの悪魔狩り  作者: 雨宿 青蛙


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第五話 黒鉄の護り手

「え〜、改めまして、ノエルくん。黒い雄鶏(ブラック・パレット)へようこそ。歓迎するぜ」


医務室を出たノエルの目に飛び込んで来たのは、豪快に酒を飲み、肉を喰らって騒ぎ立てる、何ともロンディシウムの外縁部アウターエッジらしい酒場の風景だった。

大テーブルでポーカーに興じる男たち。

賢者の様にぼうぼうと髭を生やした老人の周りに集まって波の様に騒めき立ったり鎮まら裏帰ったりする集団。

そして肩を組んで陽気に踊るお調子者の若者の群れ。

ノエルは何だか悪い予感がした。


「おいおいみんな!モーガンがまたガキ連れ込んでやがるぜ!また隠し子かよ?」


「バカ!セレネの嬢ちゃんは隠し子じゃねぇだろ!」


「おお?かわいらしい顔してんじゃねえか!」


物珍しそうに群がるモーガンと同じくらいの歳であろう赤ら顔の酔っ払い達。

やはり絡まれた。

ノエルは嫌な予感が的中してげんなりした。



「こいつは違ぇよ。隠し子どころか、えー、俺の歳の離れた弟だ!」


「え、弟ぉ?マジかよ。坊や何歳?ミルクでも飲む?」


「ミルクなんか飲まねえし、オレは弟でもねえよ!チビで悪かったなハゲオヤジ!」


「へぇ!威勢が良くて結構なこった!ほら飲め!」


ノエルは未成年飲酒はしたくなかったが、男たるもの意地は張るもの。

平然を装ってジョッキを受け取ってしまった。

泡だった褐色の水面をみてごくりと唾を飲むノエル。


「いいぞ!飲め!飲め!飲め!」


囃し立てる声に感覚を狂わされてノエルはジョッキを口に近づけようとしたが、その時背筋に悪寒が走る。

あの赤い槍の騎士に直面した時と似たような死の気配を感じておずおずと後ろを向くと、そこにいたのは悪魔。

……ではなくエマだった。


「あんたら……あたしがいるのに随分好き勝手やってくれるじゃないの。しかも病み上がりのこんな若い子に」


一瞬で酒場の空気が凍りつく。

その氷結地獄コキュートスの源はエマだ。

酔って気持ちよく騒いでいた野郎どももとんでもない悪魔に出会したような表情で青ざめる。


「ひっ!ご、ごめんなさい!何でもするから命だけは!」


「へぇ、なんでもするって? ならあなた達が汚した床とテーブルを掃除してちょうだい。一片のゴミも残さずに、くまなく、ね?」


優しい口調で言ってはいるが、そこには慈悲は全くと言っていいほど感じられなかった。


「エ、エマ様の仰せのままに〜ッ!」


酒飲みたちは情けない声を上げるとすぐに自分たちが元いた場所をいそいそと片付け始める。

その場のすべての生命が死に絶えたかのような沈黙が数分間広がったが、誰かの一言からまたざわめきが広がり、直ぐに酒場は活気を取り戻す。

エマは咳ばらいをすると何事もなかったようにノエルに話しかける。


「さあノエル!さっさと行くわよ!モーガンも!隅から隅まで案内してあげるんでしょ?」


「は、はい。行きます、エマ……様」


「お、おう。行こうぜ…………怖ぇ〜」


怖気付いた男2人はエマの後ろから、まるで王に付き添う従者のように静々とその後に続いた。


***


酒場の奥に進むと、そこには地下へと続く階段があり、石造りの殺風景な倉庫へと繋がっていた。

そして、薄暗い倉庫のその奥に異様な存在感のある大きな扉が鎮座しているのをノエルの目が捉える。

扉にはおそらく鉄製の、六本の剣が交差した意匠のエンブレムが嵌め込まれており、エンブレムを中心として血管のように枝分かれして彫られた溝が数本確認できる。

長らく開かれていないように煤けた表面は、鈍い光を放っていた。


「これが……」


少し畏怖の混じった視線で扉を見上げるノエルにモーガンが応える。


「ああ、こいつが悪魔狩り(ブラック・パレット)に繋がる扉だぜ。どうだ、怖いか?」


「怖かねぇよ!」


「ほら、お二人さん。喧嘩してないで、開けるわよ!」


エマに諭されたノエルはまだ何か言いたげな顔でにやけ顔のモーガンを睨むと、しぶしぶと扉の前に近づいた。


「じゃ、開けるぜ!」


モーガンはそう言うと、威勢よく扉の取っ手を掴む。


「え?ちょっとモーガン?まだ───」


「おっと!ほら姐さん、一瞬『シーっ』だ!一生のお願い!」


モーガンはまた口を歪めると、エマに目配せする。エマはそれを見て呆れたようにため息をついた。

ノエルには何がなんだかさっぱりだったが、とりあえず扉が開く瞬間を待った。


「改めまして、ご開帳!」


モーガンが勢いよく引っ張ると、ビクともしなさそうな鋼鉄の扉がギギギ……と巨大な獣が鋼の爪を研ぐような音を立てて開き始める。


そして、その向こうには───


「え?」


何もなかった。正確には倉庫の壁と同じ材質の石造りの壁が無機質に立ち塞がっているのみだった。


「本部ってとこに繋がってるんじゃ……え? ど、どういうことだよモーガン!」


ノエルが非難するようにモーガンに問いかけると、いつもの間にかそっぽを向いていたモーガンの背がぷるぷると震え出す。


「くッ……ぷッ……ギャハハハハ!!!」


そして、次の瞬間笑い声が決壊した。


「え? え? オレなんかおかしいこと言ったかよ!?」


ノエルは未だに状況が呑み込めず、よく怒っていいのか、驚いていいのか、よく分からない感情に襲われた。

困惑しているノエルの肩に、エマがため息をつきながら手を置く。


「……はぁ、モーガン。これで満足かしら? あのね、ノエル。この扉には魔法細工が仕掛けられてて、特定の呪文を唱えないと本部に繋がらないようになってるのよ。びっくりさせちゃって悪かったわね」


「そういうこった!!ギャハハハハ!!」


まだ笑い続けるモーガンをよそに呆然としていたノエルだったが、すぐに頭の中が恥ずかしさと怒りで満たされる。


「……てめェ、絶対後悔させてやるッ!!」


「やれるもんならやってみな!!!」


***


ひょいひょいと逃げ回るモーガンと、怒り心頭であらゆるものをなぎ倒して執拗に追いかけ続けるノエル。

それは終わらないいたちごっこに思えたが、すぐにエマが''平和的''に争いを終わらせた。''平和的''な話し合いで合意に至ったモーガンとノエルは血の気の引いた顔で再び重厚な扉に対面した。


「……エマ、じゃなくてエマ様。扉を開けさせていただきます……」


「殊勝なことね、モーガンさん。最初からそうしなさい。じゃあノエル、教えた呪文唱えられるかしら?」


「は、はい!一言一句漏らさず覚えております……」


ノエルは先ほどの騒動のせいで、恐怖で固まってしまった全身をほぐすと、呪文を唱えるために深く息を吸い込む。


そして、謡うような旋律に乗せて唱える。


「───黒鉄くろがねの封印、黒き雄鶏(ブラックパレット)の護り手よ。


 ───因果の縺れ、混迷の鎖を解きて


 ───ただ一つの煌々たる道を示せ!


 ───『転移門アントループ!』」


数秒間の沈黙。


ノエルがまた騙されたのではないかと不安になって声を上げようとした時。


部屋全体がごうごうと揺れ始める。

そして、歯車によって何かの機構がガタガタと音を鳴らしたかと思えば、扉の表面の溝に青い魔力の光がゆっくりと流れ始めた。


青い光が溝を通じて中心のエンブレムに流れ込むと、交差した6本の剣のエンブレムが鈍い摩擦音を響かせて回転し、それと同時に剣がまるで天使の羽のように開く。


「すげえ……!かっけぇ……!」


ノエルは感動せずにはいられない。年頃の男の子とはそういうものなのだ。


「だろ?じゃあ三度目の正直ってことで、開けるぜ!」


モーガンは今度こそ未だに青く光る扉の取っ手に手をかけて、勢い良く左右に引っ張る。


ゆっくりと開き始めた扉の向こうには、先ほどまでは壁があったはずだった。


しかし、ノエルの目に映ったのは、魔力灯ライトに明るく照らされた真っ直ぐで広い一本

の廊下と、そこから何本にも枝分かれした通路だった。


扉の先に広がった廊下をしげしげと見つめるノエルに、エマが問いかける。


「扉も開いたことだし……さぁノエル、ここからがツアーの真骨頂メインディッシュよ。準備は良いかしら?」


「もちろん出来てますっ!」


ノエルは勢い余って大声で答えた。


「みっっっちり教えつくしてやるから覚悟しとくこったな!行くぞ!!」


少し前にこってり絞られたのにも関わらず、相変わらずの調子のモーガンが一足先に扉の中に踏み出すと、ノエルとエマもそれに続いた。


三人が敷居を跨ぎ終えると、重厚な音と共に仕掛け扉は閉ざされる。


倉庫に残ったのは、静寂とかすかに浮かんだ土煙だけだった。

どう進めようか迷っていたらいつの間にか数カ月が過ぎていました、時の流れとは斯くも矢の如く……

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