第四話 二度目の目覚め、若女将、黒い雄鶏
「クク……無様だな、小童。」
ヴァサーゴの低い声が響く。
ノエルは気付けば真っ暗で何もない空間に浮いていた。
そして、目の前には激しく回る歯車に絡みつく巨大な影が鎮座している。
そう言えばヴァサーゴの本来の姿はこんな感じだった。
「あれ、オレはどうなって……」
「ククク……魂を削りすぎたのだ……小童。だが……命が助かったと考えれば安いものであろう?」
悪魔は意地悪く笑う。
「しかし、貴様の回復力は正に『神秘』であるな……ククク。尤も、貴様にとっては逃れたい因果であろうがな……」
「それってどういう……」
「ククク……」
ヴァサーゴの意味不明な言葉にノエルは戸惑い、問いかける。
しかし、ヴァサーゴは笑うばかりで答えない。
それどころか、歯車の回る音がどんどん大きくなっていく。
ノエルはあまりの騒音に耳を塞ぐ。それでも音は急激に大きくなり続け、突然何かが弾けるような音が耳元で鳴った。
***
ノエルが驚いて飛び上がると、そこは見覚えのないベッドの上だった。
そしてその横に置かれたテーブルには、金髪を短く切りそろえた快活そうな女性が腰かけて、何か帳簿のようなものを付けていた。
女性はノエルに気づくと、口を開く。
「あら!起きたのね!もう三日も寝てたから目が覚めなかったらどうしようって心配だったのよ?」
「え。ど、どちら様……?」
「あたしはエマ、どちら様とは失礼しちゃうわ。あなたが目を覚まさないからずっと横で看病してたのよ。でも、まぁ昏睡状態だったんだし覚えてないのも当然よね。」
どうやら、エマはノエルが運び込まれたこの場所、大衆酒場黒い雄鶏の若女将らしかった。
そして、酒場『黒い雄鶏』のもう一つの側面、民間組織悪魔狩り。そのまとめ役となっているのは彼女の兄だという。
ノエルを助けた二人、胡散臭い見た目のモーガンと銀髪の大鎌使いの少女、セレネたちはどうやらこの悪魔狩りに属しているようだ。
エマは一通り喋り終わると、ふと心配そうにノエルの顔を覗き込んだ。
「起き抜けにいっぱい喋り過ぎちゃったわね。大丈夫?まだ体が痛いでしょう。魔術で検査させてもらったけど足の筋肉の損傷がかなりひどかったわ。しばらくは立ち上がれないかもしれないわよ。」
そんなにひどかったのか、とノエルは驚いたが、もぞもぞと体を動かしてみるとその割には体が軽いことに気づいた。
それどころか、体が全く痛くない。
ノエルはひょいとベッドから立ち上がってみる。
「ちょ、ちょっと!安静にしてなきゃ……ってもう歩けるの!?」
「あ、歩けるどころか、超元気ですよ!ほら!」
ノエルは腑に落ちないような表情ながら飛んだり跳ねたりターンしたりして見せる。
「ホ、ホントに治ったみたいね……あなた亜人かなにか?」
エマがすっかり元気なノエルを呆然と見つめていると、医務室のドアが勢いよく開いた。
そこにはニヤニヤとした笑みを浮かべたモーガンが立っていた。
「よう、ボウズ。すっかり元気みてぇだな。」
「モーガン!ドアの開け閉めは静かに!ほかに寝てる人もいるんだから!」
「へいへい、エマの姐さんには敵わねぇや。」
モーガンは反省した様子も無く頭を搔くと、ノエルの方へと歩いてきた。
そして、ノエルを無言でジロジロと眺め回す。
「な、なんですか?」
「……」
モーガンは答えずノエルを見つめ続ける。
「マジで何だよっ!怖いんだけど!?」
ノエルが居たたまれなさで叫び出しそうになった時モーガンは再び口を開く。
「こりゃ、不思議だ。」
「な、何が?」
「獣人の混ざりものか何かかと思ったが違うらしいな。まぁ要するにボウズ、お前は良く分からないってことが分かったってこった。」
「それは何も分かって無いってことじゃ……というか、あれヴァサ―――じゃなくてオレの腕時計知りませんか?」
ノエルはそこで初めてヴァサーゴの姿が見えないことに気づいた。
「ああ、誤魔化さなくてもいいぜ。アレ、悪魔だろ?」
「な、なんで知って……」
「なんでもなにも、お前のツレの悪魔は相当な話好きだぜ。定年後のやることが無くて暇なジジイみてぇにな。それにどうやら無害らしい。アイツならウチの鑿たちのところで話し込んでるぜ、元気になったみてぇだしここの案内も兼ねて連れてってやるよ。」
モーガンはドアの方まで歩いていくと、こっちに来いというように親指でドアの方を指さす。
ノエルは右も左も分からないのでとりあえず付いていくことに決めた。
しかし、医務室を出ようとしたところでエマに引き留められた。
「ちょっと待ちなさい。あたしも行くわ。」
「大丈夫だって!俺が案内すりゃここのあーんなところからそーんなところまで全部分かっちまうからなァ?」
「その言い方で信用できるわけないじゃない……ただでさえあんたは見た目が胡散臭いってのに。」
「こいつはひでぇや、人を見た目で判断するなってパパとママから教わらなかったみてぇだな?」
エマはモーガンのおふざけを無視して、咳払いをした。
「コホン!あんたみたいな怪しいのに任せてらんないって理由だけじゃないわよ、ここに入るならどうしたってこの子を兄さんに会わせなきゃ!」
「あぁ~……そういやそうか。バルトロメウスに会わせなきゃいけねぇか。それならエマの姐さんも居てくれた方がいいや。てことでボウズ、マンツーマンの予定だったが変更だ。3人でみっちり案内してやるよ。」
「分かった、頼むよモ、モーガン。」
ノエルはどちらでもいいのでふざけていないで早くしてほしいと内心思いつつ頷いた。
早速案内しようと口を開いたモーガンだったが、あることに気づいてノエルの方へ振り返る。
「ところで……そういやボウズってばかり呼んで名前を聞いてなかったな。ボウズ、名前は?」
「オレは……ノエル。ノエル・エンディミア。ノエルでいい。」
「ノエル、ね。いい名前だ。よしじゃあノエル君!冒険に出発だ!」
「もうそんな年じゃねぇよ!」
「やれやれね……付いてきて良かったわ。」
三人はわいわいと騒ぎながら酒場『黒い雄鶏』の喧騒のその只中に繰り出した。
更新遅れちゃって申し訳ありませんが、ここから面白くなる予定なのでぜひご期待を!




