第三話 黄金と白狼と魔剣と
「……ついてきて。モーガンが子供が殺されるのは見てられないってうるさいから。」
ノエルの前に突然に舞い降りた銀色の少女はうんざりした顔でそう言った
腹立たし気にそっぽを向いた青く透き通った瞳がガラス細工のように輝いて揺れる。
それが余りに綺麗で、ノエルは数秒間目を奪われた。
ノエルがすぐに答えないので少女はさらに不満そうな顔になる。
「……聞いてる?」
「ご、ごめん。つまり、オレを……助けてくれるのか?」
「はぁ……そう。助けてあげるから今は疑わないでついてきて。」
そう言って、少女は手を差し伸べる。
突然現れた訳も分からない少女、しかしノエルは何故だか彼女が信じることのできる人物だと感じた。
「ああ!信じる!でも、うっ……自力じゃ歩けそうにないな……」
「じゃあ、私が運ぶ。」
「え!?ちょっと待―――」
少女はノエルが次の言葉を言いおわる前に彼を荷物のように担ぐと、強く地面を踏みしめて銃弾のような勢いで飛び上がった。
「うわーっ!?!?」
ノエルは地面がすごい勢いで離れ、空が近づくような感覚を覚えた。
少女はひらりと屋根の上へと降り立ち、飛ぶように屋根から屋根へと飛び移る。
「クソっ、なんだアイツ!仲間が居やがったのか!しかもありゃ普通の人間じゃねぇぞ!?」
「貴様ら!追うぞ!全隊進めーッ!」
先ほどまで一気呵成とばかりに集まってノエルを始末しようとしていた集団もそれを追い、各々屋根に飛び乗って、または泥臭く地面を這いながら追跡を始めた。
***
屋根の上を追ってきたのはあの赤黒い槍の騎士と数人の聖騎士たちだった。
「待てっ!」
そう言って騎士が投げた槍がギラギラと光りながら目にもとまらぬ速度で飛んで来る。普通なら避けられるはずもない絶死の一撃。
しかし、少女は踊るように軽やかにそれを躱す。
「避けられただと!?貴様らも援護射撃しろ!」
「は、はい!」
騎士たちが一斉にクロスボウを放つ。
それもひらりと避けて、少女はどこかへ向かって走る。
「ひぃっ!?オレに当たらないよな!?」
「じっとしてて。」
ずだ袋のように担がれたノエルは、ただそれが自分に当たらないように祈ることしかできない。
攻撃は次第に苛烈になる、屋根の下からも火炎瓶が飛んでくる。おそらく悪魔狩りの仕業だ。
ノエルは耐えられずに、少女に問いかける。
「さっき言ってたモーガンとかいう人はどこにいるんだ?そもそもどこに逃げてるんだ?」
「もうすぐ着くよ。」
「そうなのか、ってうわーッ!?」
少女ははっきりと答えず、代わりにひょいと屋根から飛び降りた。
空気抵抗で髪が逆立ち、体から血の気が引いていく。ただでさえ青ざめていたノエルはさらに青ざめる。
少女がすとんと着地したのは黒い雄鶏の看板が掲げられた酒場の前だった。
「し、心臓に悪い!」
「でもまだ死んでないわ。」
「そういう問題じゃない!……けど見ず知らずのオレを助けてくれてありがとう。やつらは撒けたのか?」
「ううん。」
「え?」
少女が言ったことの意味をノエルが理解する前に、曲がり角から見覚えのある姿がぞろぞろと現れる。
悪魔狩りと騎士たちだ。
いつの間に屋根を降りたのか、赤い槍の騎士を先頭に大群がぞろぞろと歩いてくる。
「貴様らは愚かにも選択を誤ったようだ。特に小僧、貴様は地獄の第六圏で永遠に炙られ苦しむが良い。ここで終わりだ。」
騎士が赤く光る槍をノエルに向ける。
「おい、お前騙したのかよ!」
直観で信じた自分への怒りと少女への失望でノエルは叫ぶ。しかし、少女はまったく様子が変わらない。
「騙してない。ここからはモーガンが何とかしてくれる。」
「モーガンって誰なんだよ!!!」
ノエルの叫びが建物の間に木霊した。
キキィ―――
直後、扉が開く音がした。
ノエルが思わず後ろを振り向くと、そこには異様な雰囲気を放つ、くたびれた様相の男が立っていた。
使い込まれて色の濃くなった中折れ帽とレンズの小さな眼鏡、古びたコートといった怪しげな装いに、右肩に斜め掛けしたベルトには小さなナイフ、そして背中には鎖と錠で封じられた恐ろしい雰囲気の大剣を背負っていた。
一目で只者ではないことが分かる。
男はニヤリと笑うと言った。
「誰だか知らねぇが、俺を呼んだか?」
少女はその男を見ると目を輝かせ、飛びついた。
「モーガン!」
モーガン、そう呼ばれた男はセレネという名前の銀髪の少女の頭をくしゃくしゃと撫でると、ノエルの方を向く。
「ボウズ、名前は?」
「オレは……ノエル、ノエル・エンディミアです。」
「ノエル、ね。へぇ、いい名前じゃねぇか。俺は子供が困ってたら放っておけない性質でね。ここは一旦俺に任せとけよ。」
そう言うと、モーガンは一歩つずつゆっくりと騎士と悪魔狩りの前へはっきりと姿を現した。
集団の一番前にいる赤い槍の騎士もまた、モーガンを悠然と見据える。
「なんだ貴様。小僧の仲間か、貴様もまとめて地獄行きだ。」
「おーおー、怖いねぇ。にしてもえらく立派になったもんだよ。ついにその聖遺物を任されるようになったんだからなぁ?」
「黙れ!貴様と会ったことなど無い!それより貴様、何故我が聖槍のことを知っている!」
モーガンはそれを聞くと、大口を開けて笑い、帽子と眼鏡を外した。
「この顔と、この背負ってる剣に見覚えはねぇか?」
「貴様のようなくたびれたヒゲ面など見たことも聞いたことも……む、待てよ……その剣にその顔……まさか!」
「『塵殺剣』のアシュフォード卿なのですか!?」
「そんな物騒な名前で呼ばれたこともあったもんだが、今は生憎悪魔狩りだ。随分久しぶりだな、アンネマリー・アスペルマイヤー。いや、マリーちゃんのほうが良いか?俺のサイン入り聖書はまだ持ってるかい?」
そのやり取りを聞いて後ろの騎士たちは騒めきだす。
『塵殺剣』、それは十数年前の神聖教会の上位三隊の内、智天使隊、座天使隊の実力者たちをさらに超える精鋭、熾天使隊の内で最も多くの異端を狩ったとされる、とある聖騎士に畏敬の念を込めてつけられた異名だった。
多くの騎士が憧れ、畏れたその騎士はある日突然姿を消した。
死んだのか、信仰を捨てたのか、様々な噂が飛び交ったがその名は教会内で伝説として語り継がれている。
つまり、伝説が目の前にいるということだった。
アンネマリーと呼ばれた騎士はモーガンに問う。
「はい!私の実家の本棚に大切に保管してあります……ではなく!貴殿がいまさら何用だ!そもそも何故騎士団を抜けて悪魔狩りに入るなんて真似を!?」
「色々あってな。俺が望むのは簡単さ。お前らにはこのボウズは諦めてもらう。」
「ぐっ、しかしそこの少年は悪魔と契約しているのだぞ!」
「へぇ、そうかい。俺はもう教会の一員でもねぇし騎士団にも属してねぇ。俺にこの剣を抜かれたかったら俺の前に立ち塞がれば良い。一度抜いちまえば取り返しのつかないことになるのは目に見えてるってもんだぜ。」
騎士は剣とノエルを交互に見ると、悔しそうに顔を歪めたが、すぐさま部隊に命令を下した。
「……総員。撤退!」
整然と揃った足音が遠くへ消えていく。
モーガンは今度は、困惑して立ち尽くしていた悪魔狩りの方を向く。
「お前ら新入りだな?このボウズは俺が預かる。OK?」
「は、はい!お騒がせしました!」
ここまでしつこくノエルを追ってきた悪魔狩りたちがあっさりと走って逃げていく。
その様子を見届けるとモーガンは突然笑い出した。それを見たセレネは冷たい目で見つめる。
「くくっ……ぷっ……クハハハハハ!あいつら逆方向に逃げやがった!悪魔狩り本部はここなのにな!マリーの嬢ちゃんもちょっと脅したら俺が剣を抜くと信じちまってなぁ、とっくにこの剣の鍵なんか無くしてるっつーのによ!」
「モーガン笑い過ぎ。うるさい。」
「おぉ、悪い悪い。」
ノエルはただそのやりとりを呆然と見ていたが、ふと不安になって尋ねる。
「えー、その、オレはこれからどうなるんですか?」
「不安か?安心しろボウズ、衣食住は保証してやるから。まぁその代わりにうちの組織に入ってもらおうか。その方が何かと都合がいいんでな。」
「よかった……」
ノエルは肩の力が抜けるのを感じた。
そして、同時に急激に意識が遠くなるのを感じる。
「クク……遂に序章が始まったか……吾を引き続き楽しませよ……小童……」
ヴァサーゴの声が聞こえたが口も体も動かない。
ノエルの意識は深い闇と静寂の中に落ちていった。
ノエルがやっと逃げ切ってくれました。三話も逃げてたなんて大変なことですよ。




