第二話 白き騎士、赤き槍、銀の少女
「お前か、悪魔を連れているというのは。」
白い甲冑の騎士はノエルを見据えるとくぐもった声で悠然と言い放つ。
ぶるぶると空気が震え、今すぐにでも押しつぶされてしまいそうな重圧に、ノエルの額から冷や汗が滴り落ちる。
「ひ、人違いだと思いますよ?」
ノエルは無駄だと分かっていながらも白を切る。
「フン、飽くまで白を切るか。お前のその腕時計、そいつは悪魔だろう。」
無駄だった。しかも、ヴァサーゴの居所までバレている。
ノエルは逃走経路を探してちらと後ろを見る。
見たところ敵は居ない様だ。
「こ、この腕時計が悪魔ぁ!?それはどうでしょうねっ!」
バサッ!
ノエルは騎士に向かって被っていた布を投げつけると、すぐさま死に物狂いで走り出した。
「逃げられたと思ったのに……!」
「神聖教会の聖騎士団、亦の名を神の血……。それだけならば未だしも……上位三隊、玉座所属の騎士と鉢合わせるとはな……貴様はつくづく運が良い……」
「言ってる場合か!」
「クク……」
全く緊張感のないヴァサーゴを睨みつけるノエルだったが、その時いきなり背中に悪寒が走った。
ぬめりとした瘴気が背中から這い上がるような気持ちの悪い感覚。
それは正しく、少し前に未来を視た時に感じたのと同じ、死が忍び寄る感覚だった。
「!?未来視!」
鋭い頭痛が走り、一瞬見えたのは一歩先で槍に貫かれた自分の無残な死に様だった。
そして、次の瞬間耳元を台風が横切るような音がかすめて通り過ぎる。
次にノエルが見たのは目の前に突き刺さった深紅の槍だった。
禍々しい意匠が施されて怪しく光るその槍は、見ただけで持ち主の途方もない技量を物語っているようだった。
「む、外したか。随分勘が良いな、小僧。戻って来い、ロンギヌス!」
白い騎士がそう声をかけて歩み寄ると、血に濡れたようなその槍は震えだし、再び凄まじい金属音を立てて騎士の手元に戻った。
「だが、残念ながら異端には死んでもらわねばならない。来世は悪魔などと関わらぬことだな。煉獄で存分に祈るが良い。」
赤い槍を提げて、騎士はノエルをじりじりと追い詰める。
背中を見せれば殺される、このままでいても殺される。
今やノエルはただ下がりながら未来を視ることしかできなかった。
(未来視!未来視!未来視!未来視!)
未来を見る度に、骨を砕かれ、脳天を穿たれ、叩き潰され、魂の無いぐちゃぐちゃの屍になった姿が映り、強烈な痛みで意識が遠のいていく。
(駄目だ……どこへ逃げてもオレは死ぬ!)
絶望の象徴のような白い影にノエルの未来が貫き壊されていく。
(逃げて駄目なら……!)
半ばパニックを起こしたノエルはまとまりのつかない頭で精いっぱい考えて、正気の沙汰でない選択肢を選ぶことにした。
「うわぁぁぁぁ!」
ノエルはあろうことか、いきなり騎士の方に向かって飛び掛かったのである。
それは、全く勝機があるとは思えない、無謀で愚かな突進。
「むっ!」
しかし、虚を突かれた騎士の鋭い槍にほんの少し遅れが生じる。
ゴッ!
鈍い音がして、ノエルは地面に叩きつけられる。
同時に、空の鉄バケツが転がるような軽めの音が響く。
「ううっ、痛い……でも、死んでない……?」
生きている実感もないままノエルは軽い音のした方を見る。
転がっていたのは騎士の兜だった。
「兜……?なんで……」
現実だとは到底思えず、ノエルは騎士のいる方をゆっくりと振り向いた。
しかし、そこに立っていたのは流れるような黄金の髪を靡かせた美しい女だった。
顔には大きな傷があるものの、その相貌は神々しさを放っている。
女はぽかんとした顔で、同じくぽかんとした顔のノエルと数秒間見つめ合った。
十秒ほど経ち、ようやくお互いに事情を理解する。
ノエルの破れかぶれの突進によって、偶然騎士の兜が弾け飛んだのだ。
それを理解した瞬間にノエルは青ざめ、騎士は怒りと恥辱で赤色に染まっていった。
「き、き、貴様っ!よよ、よくもこの私の素顔を見たなっ!生かして返さんっ!」
「わ、わざとじゃなくて!忘れますから!何も見てません!ほ、本当に―――」
「クク……貴様、やはり持っているようであるな……その兜、出来るだけ遠くへ放り投げるが良い……吾の言っている意味が分かるな……?」
戦っているときは助けるそぶりも見せなかったヴァサーゴが心底愉快そうなニヤニヤ顔を浮かべると、ついさっきまで自分を殺そうとしていた相手だということも忘れて、申し訳なさでいっぱいになっていたノエルもハッと気づいたような表情をして、急いで兜を拾い上げる。
「おい、何をしようとしている!返せっ!さもなくば!」
「悪いね。でもオレは死にたくないんだ。」
顔を隠しながら懇願する騎士を無視して、ノエルは兜を両手で握る。
「おい、やめっ―――」
そして、しっかりと振りかぶってハンマー投げの要領で兜を投げ飛ばした。
カランカラン
小気味よい音が響いて、兜は運悪く傾斜が付いていた地面を転がり、人通りの多い通りに転がっていく。
「き、貴様ァ!よくもッ!絶対殺す!」
「クク……貴公の恥、晒したまま此奴を殺すか……それも良かろう。だが、早く被らなければさらに多くの民草に知れ渡ってしまうであろうな……騎士団の誇り高き王座の女騎士は傷物であるとな……クク……」
ヴァサーゴがひどく愉快そうに、激昂する騎士を挑発する。
騎士は恨めしそうにノエルのことを見つめたが、やがて観念したように兜が転がって言った方向に向き直る。
「悪魔風情が生意気な……だがここは一旦引いてやる。この借りは必ず返す。覚えておけ!小僧!」
そう叫ぶと、騎士はノエルが先ほど投げつけた布を顔が見えないように被り、猪のような速度で通りへ飛び出していった。
ノエルはどっと疲労を感じてその場にへたり込む。
「はぁ、はぁ……何とか助かった、我ながらツイてるな……」
「油断は命取りであるぞ……小童……」
「分かってるけど……少し休みたい……」
ノエルは少しの間恐怖で乱れた呼吸を整えると、再び目立たないようにそろそろと動き始めた。
なるべく元居た場所から離れなければあの恐ろしい騎士は戻ってきてノエルを殺すに違いない。
下手に旧市街の中にいれば結局悪魔狩りもノエルを見つけやすくなってしまう。だからと言って誰にもバレずに内縁部に入るのも不可能だ。
「どこまで逃げりゃいいんだ……」
ノエルは途方に暮れた表情で天を仰ぐ。
しかし、止まっているわけにもいかない。生き延びられる未来も見えないままノエルは大通りに紛れ込んだ。
店の影に隠れながらあてもなく隠れられるところを考えて彷徨う。
未来視は正直少し先の未来しか見えないので使い勝手が悪いし、命を削るので燃費が悪い。
ノエルはもっと長いスパンの未来を視たかったが、ヴァサーゴによればそのためにはさらに寿命を削らないといけないらしい。
ノエルはため息をついた。
「今見つかったら終わるな……でも下向いててもしょうがないか……」
ノエルは決意したように上を向く、すると誰かと目が合った。
「ん?どこかで見たような……」
相手もノエルの方を見つめている、どうやら知り合いらしい。
「ククク……貴様は本当に……運が良いな……」
ヴァサーゴが嗤う。
そして、ノエルは気付く。
「さっきの悪魔狩り……!?嘘だろ!?」
「お?さっきの悪魔使いのガキじゃねぇか!こりゃツイてるな!」
「あたしたちの日銭になってもらうよ!」
ノエルはボロボロの体を支えながら、人ごみを押しのけて懸命に逃げようとする。
後ろから怒号が飛んできて、悪魔狩りたちも追って来ているのが分かる。
(ここで死ぬわけにはいかない!)
ノエルが執念で前に進み続けると、突然人混みが途切れる。
「うわっ!」
勢い余って前に倒れるノエル。
その目の前には、人ごみの途切れた元凶であろう存在が整然と並んでいた。
白い甲冑と、赤黒い槍。
そして、その後ろに並ぶ死の行進とでもいうべき白い騎士たち。
その腕章は彼らが王座の騎士であることを表していた。
「ようやく見つけたぞ……先ほどの借りを返させてもらおうか、小僧!」
「なんで、今……!運が良いとか悪いとかのレベルじゃ、ない……!」
ノエルは嘆く。
未来など視るまでも無い、自分はここで死ぬ。
そう確信できるほど酷い状況。
体は酷くくたびれていて、頭もガンガンと痛む。そして、四方八方敵だらけ。
死以外の結末が全く見えない。
「ヴァサーゴ、契約は守れそうにない……でも助けてくれてありがとう……」
ノエルが最後に残された時間で遺言を絞り出す。
喉元に殺意の刃が迫る。
ノエルは運命を受け入れるように、静かに目を閉じる。
刹那、轟音が響く。
空気が押しつぶされて、突風が巻き起こる。
風に吹かれて、ぶわっと土埃が巻きあがる。
「何事か!?悪魔か!?」
「ゲホッ!ゲホッ!ぐっ……!なんだァ!?」
混乱が辺りに広がる。
そうしているうちに、土煙が収まる。
中から現れたのは透き通るような銀の髪を持った可憐な少女だった。
そして、その手にはその見た目にそぐわない、大きな鎌が握られていた。
うんざりしたような表情を浮かべて、少女は言う。
「……ついてきて。モーガンが子供が殺されるのは見てられないってうるさいから。」
一週間開けて投稿しようと思ったら時空が歪んでいました……




