第一話 目覚め、悪魔、そして逃走
初投稿です。よろしくお願いします。
ギギギ……ガコン!
歯車の回る音がした。肺に満ちるのは煤煙と独特な霧の匂い。
遠くに聞こえる機械音は何故か懐かしさを感じさせる。
「目覚めよ……小童……貴様の悲願を果たす時間だ……」
意識が少しはっきりしてくると、地の底から響くような重い声が脳内に響いた。
しかし、体は泥のように不快な重さを含んで、起き上がれない。
「貴様の悲願を果たすため……幾星霜、待ったと思っておる……」
(悲願……?何か……忘れているような?)
記憶と言葉の違和感を感じて、ノエル・エンディミアはようやく重い瞼を上げて、声のした方を見た。
そこには、ゆらゆらと揺らめく黒い影と、歯車で構成された怪物がいた。
影の端々に散りばめられた歯車と発条がケタケタと笑うように不規則な間隔で鳴り続けている。それは正に、この都市『ロンディニウム』では『悪魔』と呼ばれる異形の様相だった。
「悪……魔?まさかオレが喚んだのか?」
喚んだ覚えの無い悪魔に、混乱した記憶。自分の置かれている状況が良く理解できないノエルは呆然として影を見上げるしかなかった。
「ククク……混乱、しているようだな……吾はヴァサーゴ。悠久の時を観察し、記録し、読み返し、弄ぶ者である。」
「ヴァサーゴ……何故か聞き覚えがある。オレは何を願ったんだ……?」
「ククク……悪いが、何人たりとも、吾との契約内容を識ることは出来ぬのだ……それが契約者であったとしてもな……」
悪魔は悪いとは微塵も感じていない様子で嗤う。
ノエルはため息をついて悪魔に尋ねる。
「ともかく、ここがどこなのか教えてくれよ。ロンディシウムだろ?」
「左様、ロンディシウム外縁部……彼の戦役にてロンディシウムを守りし城壁の中よ……最早朽ち果ててしまったがな……」
「壁の中かよ……オレは何で……」
ノエルがまだ混乱して頭を抱えていると、ヴァサーゴは唐突に言った。
「小童、混乱しているようであるが……これよりこの場から離脱せよ。」
「え?なん―――」
ノエルが言い終わる前に近くで爆発音が起きた。
そして、直後にドタドタと足音が聞こえる。
「魔力針の反応からしてこっちだ!」
「魔力計の数値も大したことないみたいだぜ、下級悪魔レベルだ。俺たちでも十分倒せそうだぜ!」
その声に滲んでいたのは、金を稼ぎたいという欲望と、殺意だった。
「早速、悪魔狩り《ブラックパレット》のお出ましのようであるな……死にたくなければ……走るが良い。」
「いきなりすぎだろッ!?」
戸惑ったが、悩んでいる時間はないと悟ったノエルは脱兎のごとく城壁を飛び出して、声がした方向と逆方向に全速力で走り始めた。
***
ロンディシウムの悪魔を狩る組織と言えば、神聖教会だが、もう一つ民間で立ち上がった悪魔狩りの組織がある。
それが悪魔狩り、通称『ブラックパレット』だ。
都市外縁部に本拠地を置くブラックパレットは教会の過激な異端審問や悪魔征伐に異を唱えるものたちで構成されており、彼ら独自の武器や手法で悪魔と戦っていた。
主に都市の中でも比較的貧しい者で構成されているため、彼らは町を守りながら日銭を稼ぐのに勤しんでいる。
つまり、今のノエルは彼らにとって格好の狩猟対象だった。
「はぁっ、はぁっ!」
障害物もろくにない都市郊外を転がるように走って、後ろから飛んでくる銃弾や爆発する投げナイフを奇跡的に避けながらノエルは旧市街に何とか飛び込んだ。
「ヴァサーゴ!お前悪魔だろ!?何とかならないの!?この状況!」
段々と精も根も尽きかけてきたきたノエルはあえぎあえぎヴァサーゴに話しかける。
「吾が直接何か助けてやることは……出来ぬ。だが、吾が権能の一端を貸してやろう。……術式構築、魔力充填、術式励起。……未来視の力、存分に生かすが良い、燃料は貴様の魂だ。」
ヴァサーゴが術式を唱えると、突然歯車がガチャガチャと鳴る音と共にノエルの頭に激痛が走った。
「痛っ!?」
それは存在自体を少しずつ錐で削られるような鋭い痛みだったが、痛みが止むと、目の前に何かが浮かんだように見えた。
「これは……オレ?」
ノエルの視界に一瞬ちらついたのは、走っていった先の十字路で三方向からやってきた狩人に無残にも蜂の巣にされる自分の姿だった。
「ククク、そのまま進めば貴様は地獄に落ちるということだ……さぁ、どうする?」
「あの十字路は避けないといけない、でもあの十字路までに分かれ道は……無い!」
ノエルの顔に絶望が過る。
そしてそんな時、崩れた家が前方に見えた。
「そうか、上だ!」
ノエルは痛みに耐えながらもう一度未来を視る、すると今度は数秒後の生きたノエルの姿が視界に映った。
「よっしゃ、いける!」
崩れた家をひょいひょいと身軽に駆け上がると、ノエルは屋根の上を駆け出した。
すかさず、狩人たちも屋根に駆け上がり、追ってくる。
ガシャガシャと瓦が割れる音が響き、通行人が空を仰ぐ。
通りを十数人の狩人たちが駆け、屋根の上を数人が走る。
ノエルは、屋根が途切れたところで地面に降りると、そのまま方向を変えて暗い路地に滑り込んだ。
「はぁ……はぁ……もう…………無理だって……!」
ノエルはもう限界だった。そもそも気絶していたところから目覚めたばかりで、記憶も混乱していて、色々な面で投げやりな気分になっていた。
しかし、ヴァサーゴは変わらない調子で
「どうやら……吾の魔力が辿られているようであるな……一度出力を抑えるべきであろう……」
と呟くと、蒸気が噴き出るような音と共に小さくなり、やがて腕時計のようなサイズになった。
「……」
「……このようにすれば、しばらくやり過ごせるであろうな……ふむ、小童なぜそのような表情を……」
「それが出来るなら最初からやれよっ!!!」
「静かにせぬと……追手に見つかるぞ……」
「最初からそうしてくれればここまで追われずに済んだだろ……」
ノエルは悪態をつきながらも、その辺にあった毛布を引っ被って、無造作に置かれたドラム缶の横で息をひそめることにした。
すぐ横をドタドタと足音が駆け抜ける。さっきよりも人数が増えているような気がする。
「あれ?さっきまでここに反応があったはず……消えた?クソっ!」
「最初から召喚者まで殺そうとするからよ!ひっ捕まえて事情でも何でも聞いた後で悪魔を倒せばよかったじゃない!」
「ンなこと言ったって……どっちにしろ逃げ足が速いんだから捕まえらんなかったに決まってら!」
どうやら魔力計も魔力針もヴァサーゴが魔力を偽装すれば形なしらしい。
暫くすると狩人たちは不思議そうにその場を去って散らばっていった。
「ふぅ~危ない危ない、とにかく殺されずに済んでよかった……」
「ククク……」
***
それからたっぷり20分ほど待って、ノエルは毛布を被ったまま通りに出た。
狩人の姿は影も形も見えない。
「ふぅ……これからどうしよう……なぁ、ヴァサーゴ、」
「クク……遂に……真の恐怖のお出ましであるな……」
「真の恐怖?それってどういう―――」
ヴァサーゴの発言の意図が分からずに思わずノエルは聞き返す。
しかし、その発言の意図はすぐに判明することになった。
「お前か、悪魔を連れているというのは。」
突然話しかけられて飛び上がり、じりじりと後ろを振り向いたノエルの目に映ったのは、一点の染みも曇りもなく輝く真っ白な甲冑だった。
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