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第八話 『王家の呪い』とは



「ねえ、知ってる? 紫蓮宮でまた侍女が倒れたんですってよ」

「ああ、例の『王家の呪い』ってやつね」

「これで何人目かしら」

「少し前に見つかった公主様、香織様っていったしら、その方が偽物だから呪いが発動したんじゃないかって」


――そんな話が、内廷全体に広がっていた。



「なぜこのようなくだらない噂が広まるのだっ!」



 内廷、王の私室。

 いつものように三人で囲んだ休憩の席で、耀藍は今しがた公務中に聞いた噂話に怒り心頭だった。


「まあまあ落ち着いてよ耀藍。君が怒ったところで一旦点いた噂の火はなかなか消えないよ。特に後宮という女の園ではねえ」

「そうですよ耀藍様、香織様に矛先が向いて心配なのはわかりますが、だからこそ落ち着いて対処しましょう」


 王と宰相、二人に両脇から諫められ、耀藍は椅子に腰かけ直す。怒りを収めるように深呼吸をして、手を顔の前で組み合わせた。



「事実関係を整理したい。鴻樹、紫蓮宮で侍女が倒れるというのは本当なのか」

「ええ、それは本当です。内侍官から報告も上がっています」



 鴻樹はすぐに資料を取り出して読み上げた。



「今月に入って既に十八人の侍女、女官が職務中に倒れています。原因は不明」

「医官には診せたのか」

「いいえ、医官は関与していませんね。まあ、侍女や女官が過労で倒れることはよくありますし、出血や外傷がなかったので休養を取って終わりだったようです」

「なるほどな。原因がわからないから『王家の呪い』とやらのせいにしているのだな。オレの花嫁を冤罪に陥れようとは良い度胸ではないか」


 不敵に目を光らせた耀藍を見て、亮賢がうーんと首を傾げた。

「でもねえ、あながち何の根拠もないとも言えないというか」



 うーん、と煮え切らない様子の亮賢を耀藍は横目で睨んだ。



「おまえはオレと香織の味方なのかそうじゃないのか、どっちなんだ」

「もちろん余は耀藍と香織の味方に決まってるじゃない。耀藍にとって香織は花嫁だけど、余にとっては血のつながった妹なんだよ」

「それはそうだが……というか、そもそも『王家の呪い』ってなんなのだ」

「私も聞きたいですね。その話は、後宮の中で秘されている伝説だと小耳に挟んだので」



 鴻樹も興味津々に身を乗り出した。

 亮賢は耀藍と鴻樹を交互に見る。



「それじゃあ、昔話を少ししようか。最近ちょっと忙しすぎるし、ちょっと息抜きにね」


 亮賢はにっこり笑った。


「むかーし昔、その昔、後宮の規模がもっと大きくて妃嬪がものすごくたくさんいた時代に、数多の美しい妃嬪を差し置いて王の寵愛を独り占めにした美女がいたんだって。美しい上に賢くて気立ての優しい女人で、王はもうその女人以外はいらないと公言するほど夢中だったらしいんだ」

「むう……後宮の意義を思えば王の怠惰と思える発言だが、それほどに一途に思う女人に巡り合えることは幸せなこととも言えるな」

「うん、まあね。けど、彼女は身分の低い出の宮女でね。王が彼女を貴妃にすると妃嬪たちはもちろん、その親である高官や大貴族からも反発があった。彼女の食事に毒が盛られるのは日常茶飯事だったから、王もすごく警戒していたらしいんだけど、とうとう彼女は亡くなってしまった。けど、毒殺かどうか断言できなかったらしい」



 耀藍と鴻樹が顔を見合わせる。



「断言できない、とは」

「貴妃は簡単な日記を書いていたらしいんだけど、日に日に体調が悪くなることを仄めかす文章が綴られていたんだって」

「そういう毒もあるではないか。毎日少量ずつ服用させ、だんだんと弱らせる種類の毒が」

「うん、もちろん当時の医官も王もその可能性は考えたみたいだけど、日記に書かれていた症状はそういう類いのものじゃなかったらしくてね。結局、死因を特定できずに憔悴しきった王まで死去したものだから、毒じゃなくて王までも巻き込んだ『呪い』だという話に落ち着いた。

 以来、身の程を知らぬ女人が王を惑わそうとすれば呪いが発動する、と妃嬪や侍女女官の間で教訓として囁かれることになったらしい」

「それが『王家の呪い』ならある意味良い教訓話とも言えるし、香織はなんの関係もないではないか。香織は妃嬪じゃないし、オレは王ではない」


 亮賢は悦に入った笑みを浮かべて肩をすくめてみせた。


「はあ、わかってないなあ耀藍は。君のその美貌に後宮の女たちがどれほど身を焦がしているか。余が後宮に興味のない今、後宮の女たちは偶像崇拝に励むしか楽しみがないのだよ」

「で、その偶像崇拝の対象に選ばれたのが耀藍様で、耀藍様の花嫁として佳蓮様なら受け入れられたけど外からぽっと入ってきた香織様は許せない、だいたい身分の真偽も怪しい、故事を思い出させる状況は『呪い』を発動させ、そのせいで侍女女官が次々に倒れていくのでは――噂話の核は、そんなところですね」

「まあ、そういうことだね」


 主従がきれいにまとめた現状は、耀藍には断じて受けれられない。


「よし。受けて立とうではないか」



 耀藍は立ち上がった。


「本当に『呪い』なら術師であるオレの領分だ。亡霊でも呪詛でも、香織を害するものはオレが許さぬ」







「ちょっと! あんた何やってんのよ!」


 廊下の向こうから璃晴が慌てて走ってきた。


「何って、お掃除ですよ? すみません、起こしてしまいましたか?」

「そうじゃないわよっ、そんなのあたしの仕事だから!」


 香織から雑巾をひったくるように奪って璃晴は柱を磨き始めた。



「ですが、璃晴さん体調が」

「もう平気よ。それより、あんたに掃除なんかさせたって知れたら紫珠様に叱られるのはあたしなんだから」

「紫珠様?」

「あんた知らないの? 玲栞様と一緒に紫蓮宮を取り仕切っている女官長の一人よ。この後宮であんたを唯一といっていいくらい庇ってくださっている女神様のような御方なんだから、覚えておきなさいよ」

「はあ」



 香織は王城へ、後宮へ初めてきた日のことを懸命に思い返す。しかし、紫珠という女官に心当たりはなかった。




「もう、マヌケな返事ねえ。紫珠様は本当にお優しくて素晴らしい御方よ。香織様はは下界からきて気苦労が多いだろうから家事などは絶対にさせないようにって、紫珠様から正式なお達しが出てるの」

「そうだったんですね」



 そのとき、小厨房の暖簾から湯気がもうもうと出ていることに香織はハッとした。



「そんなお達しがあるのに申し訳ないのですが、もう朝ご飯の仕度をしちゃいました!」

「ええ?!ちょ、ちょっと」

「その拭き掃除、もう終わりだったので璃晴さんも一緒に食べましょう!」



 怒られるからやめてーと叫ぶ璃晴に笑って返し、香織は朝食の支度をする。寝ていた大部屋には、数人でご飯が食べられるほど大きな卓子があった。



 結局、昨日の夜、香織と璃晴は璃晴が休んでいたこの大部屋で一緒に泊まった。



 大部屋には寝台がいくつかあったし、この広い宮に他に誰もいないのにバラバラに寝るのも変な話だ。



 何より、香織は心細かった。



 昼間は気を張っているが、夜になると怖くなる。



 術師の花嫁として、この先ちゃんとやっていけるのだろうか。

 耀藍の花嫁になることは叶わないと思っていた夢だった。それが、現実になって怖いくらい幸せだ。

 手の中に落ちてきたその幸せの光が、広大な紫蓮宮の闇に呑まれて消えてしまいそうな気がして、夜が怖いのだ。



「この短時間でこんなに……あんた、食堂やってたって本当に本当なのね」

 璃晴は大部屋の卓子に整えた朝食を改めて見て、溜息をついた。


 土鍋で炊いたご飯。 干茸や人参などの乾燥野菜を戻して作った味噌汁。大きくふわっと焼き上げた卵焼きの上ではかつお節が踊っている。


「悔しいけど美味しそうだわ」

「生の食材が卵くらいしかなかったので簡単なものしか作れませんでしたけど、朝食にはちょうどいいかもしれません。後で食材をいただきに行きたいですね」



 二人で手を合わせて、食べ始める。

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