第七話 侍女・璃晴の依頼
「ど、どろぼうねこ」
予想外の言葉に思わず反芻してしまった。
「そうよっ! 蔡術師様と御結婚するのは佳蓮様だったのよ?! それを貴女みたいなぽっと出のどこの誰かもわからない女が末の公主で、蔡術師様と御結婚だなんて! そんな馬鹿な話ってある?!」
侍女はうわーん、と声を上げて泣いた。それはもう見事な泣きっぷりだ。
(きっと、佳蓮様のことを心から思いやっているんだわ)
自分のことのような取り乱しようを見てそう思う。
(他の侍女の方々も同じなのでしょう。佳蓮様は耀藍様を好きな御様子だったし、だから皆さんはわたしに腹を立てているのね……当然だわ)
香織はわんわん声を上げて泣く侍女が可哀想になって、懐から手拭を差し出した。
「いらないわよっ」
「この手拭は、わたしが王城へきたときに佳蓮様に戴いた品なんです。佳蓮様とお揃いなんだそうです。一緒にお料理をするために」
「えっ?! 佳蓮様とお揃いですって?!」
侍女は香織の手から勢いよく手拭を奪い、しげしげと眺めた。
「ほんとうだわ……佳蓮様の御紋の一つ、蓮の葉が刺繍されてる」
「よかったら使ってください」
侍女は決まり悪そうに手拭を手の中で弄び、香織をちらちら見て言った。
「さっき言ったこと、どういうこと?」
「さっき?」
「佳蓮様と御一緒にお料理する、とかなんとか」
「ああ! そのことですか。わたし実は、食堂をやっておりまして」
侍女が目を丸くする。
「それって、本当だったの?!」
「はい。以前、佳蓮様がお忍びで食堂に来られて、一緒にお料理したことがあるんです。そうしたら、佳蓮様がお料理が楽しいとおっしゃってくださって。それで、王城にきたときに、また一緒にお料理しようとお約束したんです」
「そういえば少し前、佳蓮様はお忍びで何度か下町に行かれた。それ以来、佳蓮様がの好き嫌いが劇的に減ったからよく覚えている……」
手拭を弄んでいた手が、ぴたり、と止まった。
「貴女、本当に厨師なのね?」
「はい、おそうざい食堂という食堂で厨師をしております」
「それ、本当に本当だったんだ……どうりで美味しいわけね」
最後の言葉は香織に聞こえないくらいボソッと呟き、侍女は空になった土鍋に名残惜しそうに目をやって、それからまた香織をうかがうように見る。
「じゃあ食材とかに詳しい?」
「そうですね。一般の方よりは、たぶん」
香織は慎重に答えた。
食材については、前世とこの世界で共通の物もあればまったく見たことも聞いたこともない物もある。しかし前世で培った料理の知識は、こちらの世界でかなり役に立っているので、詳しい方だと言えるだろう。
「じゃあ、毒とかにも?」
「毒?!」
思わず声を上げた香織の口に侍女が手をあててきた。
「しーっ。大きな声出さないでっ」
「す、すみません」
「誰が聞いてるかわからないんだからっ」
「はあ。でも今、この紫蓮宮本殿には誰もいないと思いますよ。真っ暗で、どこにも灯りが見えないので」
侍女は香織の話を聞いているのかいないのか、手の中の手拭をじっと見ている。
かと思いきや勢いよく香織の肩をつかんできた。
「どうしたんですか?!」
驚く香織にまたまたしーっ、と人差し指をあて、侍女はさらに声を落とした。
「佳蓮様がお帰りになる前に解決したいの。これ以上、佳蓮様が御心を痛めるお姿を見たくないの。貴女、協力するでしょ? するわね?」
「協力? なにを――」
「するのしないの?!」
「します!」
反射的に答えた香織の耳元で侍女が言った。
「あたしは璃晴っていうの」
「璃晴さん、よろしくお願いします。わたしは香織といいます」
「知ってるわよっ」
「す、すみません」
璃晴は手拭を香織の手の中に押しつけた。
「佳蓮様は最近、変わられた。食べ物の好き嫌いが唯一、完璧な佳蓮様の欠点だったけれど、下町で食堂に行ったという頃から野菜や肉を召し上がるようになった。それに、蓮の葉の刺繍は佳蓮様のお気に入りで、他の者には絶対に真似させないようにしている佳蓮様だけの刺繍なのよ。それにその、茸粥も美味しかったし……」
「え?」
「な、なんでもないわよっ。とにかくだから……あたしは貴女をある程度信用する」
璃晴は不満そうだが、先ほどまでの殺気に似た空気はない。
よくわからないが、少し受け入れてもらえたらしい。
うれしさに顔がゆるんだ瞬間、璃晴はとんでもないことを言った。
「だから貴女はあたしと一緒に、佳蓮様が御帰還なさるまでに解決してくれるわね? 王家の呪いを」
「わかりました……って、ええっ?!」
璃晴からされる前に、香織は自分の口元を手で押さえなくてはならなかった。




