第十二話 璃晴とお昼を食べながら②
「ふー、美味しかったぁ……」
璃晴はうっとりと食後のお茶をすする。
「こんなに食べたーって思える食事したの、すんごく久しぶりだわ」
「それはよかったです」
香織はにっこり笑う。手には璃晴が調べてきた書付の冊子があり、香織は茶器に口をつけて書かれた文字を目で追っていた。
「璃晴さん、すごく細かく調べてくださいましたね。倒れた方々の個々の症状までこんなに」
「それくらいお安い御用よ。あたし、家では帳簿付けるのを手伝っていたもの」
「御実家は商家なんですか?」
「ええ。うちは建安ではまあまあ大きい商家なの。お父様は若い頃に蓬莱国へ行って、船乗りになった人でね。で、海運交易で仕入れた品を持って呉陽国に戻ってきて商いを始めたら大成功して。こうして娘を王城の後宮へ上げるまでになったの」
「一代でそれだけ商いを大きくするなんて、すごいお父様ですね」
香織は心からすごいと思って言ったのだが、璃晴は苦笑する。
「うん、お父様のことは尊敬してるわ。でもね。後宮では身分がモノを言うの。商家の娘なんて卑しいって、貴族とか武官のお家の娘が威張ってるのよ」
璃晴がいくぶん乱暴に置いた茶器に、香織はお茶を継ぎ足した。そのお茶を璃晴はぐい、とあおる。
「あの人たち、威張るくせに何も考えてないのよ。頭の中は着飾ることや髪や肌を磨くことでいっぱいで、話してても面白くないし。そのくせ、あたしのことをバカにするの。今回のこともそう。あたしは『王家の呪い』の他にも原因があるんじゃないかって言ったんだけど、呪いの他に何があるのよって一蹴されたわ」
「大丈夫ですよ。璃晴さんのカンは合っていると思います」
「……そうかな」
「さっき、侍女や女官が倒れる原因がわかった気がしたのですが、璃晴さんの書付を見て確信しましたから」
「ああっ、そうよ! 教えてよ、何が原因なの?!」
「栄養失調です」
「えいよう……しっちょう???」
璃晴はきょとんとしている。
「それ、何のこと?」
「栄養不足からくる様々な身体の不調です」
香織は璃晴の前に書付を置いた。
頭の中で前世の知識を整理する。
前世、香織も一時期、貧血に悩んだことがあったので症状や予防・改善方法についてはかなり詳しい。それをこの世界の人に理解してもらうためにどう話そうか、考えながら言葉にしていく。
「倒れた方々の症状は主に、めまい、動悸、顔色の悪さ。そして倦怠感です。これは典型的な貧血……虚血の症状です」
「だから月の障りの人たちが倒れたってこと? でも今までそんなことなかったし、月の障りじゃない人も倒れているわよ」
「ええ。その通りです。月の障りだから倒れたのではありません。《《月の障りの前後の食生活が良くなかった》》から倒れたんです」
「食生活? でも後宮には食べられない人もお腹を空かせた人もいないわ。みんな普通に食事はきちんと摂っているわよ」
「その内容が問題なんです」
「内容?」
「璃晴さん、佳蓮様が出発されてから後宮厨ではあまり調理がされなくなって尚食女官も嘆いていたと言ってたじゃないですか。わたしも実際に後宮厨を見て驚きました。こんなに大勢の人が暮らしている場所で、こんなに厨が閑散としていたら、一体どんな食生活になっているんだろう、って」
火の入ってない竈、運ばれてきているが調理されていない新鮮な食材。それらを見たとき、後宮にきたときの違和感の原因がわかった気がした。
皆、青い顔してどこかイライラしている。
それは、食生活のせいかもしれない、と。
「虚血は鉄分不足によって起こります。鉄分は日々の食事から摂らなくてはならず、しかも一日にいろんな食材を摂らないと身体に吸収されません。
璃晴さんの話を聞いて確信しました。皆さん、食べたいときに適当なあまり物を食べ、そうしていると一日二食や一食になったりもする。それが栄養失調を招くんです。食べているからという安心感が落とし穴です。食べてるけど、必要な栄養素を摂れていないんです」
璃晴は目からウロコというような顔で香織をまじまじと見つめる。
「へええ……なんか難しくてわからない部分もあったけど、つまり佳蓮様が出発なさった後の後宮全体の食生活が栄養不足を招き、それが侍女や女官が倒れる原因になったってことね?」
「はい。最初は月の障りで血が失われていく方々に症状が出て、時間差で月の障りじゃない方々が倒れたことの説明もつきます。それと、侍女や女官だけ、というのも。おそらく、宮女や宦官たちは、主食を玄米にしているのではないでしょうか?」
璃晴は目を瞠った。
「よくわかったわね。確かに宦官たちや宮女は玄米や麦を白米に混ぜて食べているわ。侍女や女官は貴族出身の娘が多いから白米で、それと区別するために宦官や宮女の主食には玄米や麦が混ざっているらしいの」
「玄米や麦にはビタミンやミネラルが多く含まれます。後宮厨であまり物をもらうような大雑把な食生活をしていても宦官や宮女に倒れる方が出ないのは、そのためだと思われます」
「ふわぁ……なんかわからない言葉もあるけどすごく納得……あんた、物知りね!」
いいえただの前世チートです、と思うが香織は黙っておく。純粋に驚いて尊敬のまなざしを送ってこられるのがこそばゆいけれど。
「これで『王家の呪い』なんかじゃないってことが証明できたわね! あれ? でも、ていうことは毒事件でもないってことで……やだ、あたしの早とちり??」
「いえ、それがそうでもないと思いますよ」
「え?」
香織は後宮厨でのことを思い返す。
「閑散としていた後宮厨の中で、火の入ってない竈や調理されていない新鮮な食材の山も気になったんですが、一番気になったのは……大量の青梅です」
「梅? ああ、この時期、漬けるものね。糖蜜漬けを作るんだと思うわ。みんな好きだもの。後宮の普段の食事にも出ることあるし、婚礼の御膳にも出されるんじゃないかしら」
「ええ、後宮厨でもそう聞きました」
紫珠から案内を頼まれた尚食女官が教えてくれた。
婚礼料理にも供されるので糖蜜漬けをたくさん作るから、大量の青梅を塵や種を取り除き、たくさん処理した、と。
「気になったのは、その大量に処理した種を、誰かが持っていったらしいということです」
「種? 捨てようとしたんじゃなくて?」
「捨てようとして籠に置いておいたら、籠ごとなくなっていたらしいんです」
「ふうん? でもほら、梅の種って食べれるじゃない? 誰かがオヤツにしたくてこっそり持っていったとか?」
「ええ、ただ……加工されていない梅の種ってところが問題なんです」
「どういうこと?」
小首を傾げた璃晴を見て、香織は理解する。やはりこの世界では《《この知識》》を持っている人はきっと少ないのだと。だから種は持ち去られた。香織の予想が正しいなら、悪用するために。
「璃晴さん。ちゃんと処理してない梅の種は――猛毒なんです」
「ええ?! そうなの?! だって糖蜜漬けとか干し梅でも、種アリのやつとかは種を割って白い実を食べたりするわよ!」
「ですから、それは加工されているから食べられるんです。生の青梅の種の中の白い実は、中毒症状を起こす猛毒です。人が死んでしまうこともあります」
「そ、そうなの……?」
「だから、璃晴さんが毒が撒かれているかもって思ったのも、まったくの見当違いじゃないかもしれません。もちろん気のせいで、誰かがオヤツ用に加工するために持ち去ったならいいんですけど――」
そのとき、バタバタと回廊を駆けてくる足音がした。侍女や女官は絶対に走ることのないこの後宮で、一体どうしたというのか。
香織と璃晴が様子を見に回廊をのぞけば、見覚えのある侍女が青い顔で駆けてくるのが見えた。衣装や髪が乱れ放題だがそれどころじゃないらしい。
「あれは侍女仲間の仔空だわ――ねえ、どうしたの!」
璃晴が声をかけると仔空という侍女は転がりながら璃晴にしがみついた。
「ど、どうしよう助けて璃晴! とうとうあたしたちにも『王家の呪い』がっ……」
「落ち着いてよ仔空! 何があったの?」
「み、みんなが……倒れたのよ! あんな苦しみかた普通じゃないわ! 絶対に呪いよ!!」
香織と璃晴は顔を見合わせた。




