第十一話 璃晴とお昼を食べながら➀
「後宮厨へ行っていたですって?!」
璃晴が目を丸くした。
紫蓮宮の女官部屋の卓子で、香織と璃晴は向かい合って座っていた。
「あんた、よく入れてもらえたわね。後宮厨は今、尚食局の女官ですら気楽に入れないのよ」
「そうなんですか?」
香織は午前中のことを思い出す。
後宮厨を見せて欲しいと言うと、紫珠は快く二つ返事で連れていってくれたが。
「でも、確かに人があまりいない上に、火が入っていない竈がいくつもありました。でもどうしてですか?」
璃晴は香織を指さした。
「原因はあんたよ」
「え?!」
「術師様との婚礼が近いでしょ。そういうときは、毒物が混入するのを防ぐために厨へ出入りする女官や宮女を限定するのよ」
「そうだったんですね」
「それと、今は王が後宮に寄りつかなくて、事実上後宮の主を担っていた佳蓮様が不在。調理をしても召し上がってくださる方々が不在だから料理が作られないのよ。尚食局の女官たちも張り合いがないってぼやいていたわ」
「でも、後宮には璃晴さんたちのように、たくさんの侍女や女官や宮女、宦官も暮らしていますよね。食事は必要でしょう?」
「内侍省や宮女とは食事は別だから知らないけど、あたしたち侍女や女官は最近はけっこうてきとうな食事になってる。後宮厨に行って、余っている物をもらって、それぞれの宮殿の小厨房で汁物とかを煮炊きして食べるくらい。みんな元々、そんなに大食いの人もいないし、一日一食でいいなんて言ってる子もいるくらいだから」
「なるほど……」
考えるように香織が黙りこむ。
璃晴が心配そうに覗きこんできた。
「どうしたのよ?」
「わかった気がします。侍女や女官が倒れる原因が」
「え!? なになに、どういうこと?!」
「その前に、璃晴さんに調べていただいたこと、聞いてもいいですか?」
「ああ、そうだったわね」
璃晴は懐から小さな書付用の冊子を取り出した。
「内侍省で記録を見せてもらったわ。ヘンな顔されたけど、玲栞様が今後のために記録を作るためだって言ったら速攻見せてくれたわ」
「玲栞様は、内侍官にも慕われているのですね」
「慕われてるっているより怖れられているってほうが正しいわね。何せ誰も正しい年齢を知らないほど後宮にいて、後宮を知り尽くしている御方よ。あたしも同じ紫蓮宮に配属されたばかりの頃は怖くて怖くて仕方なかったわ」
確かに、玲栞が歩くと皆背筋がぴっと伸びる。
「でも、ああいう方は後宮という場所には必要な存在だと思います」
「あんた、あんなにいびられてるクセによくそんなこと言わるわねえ」
璃晴は呆れて、書付の頁をめくった。
「ええっと……まず、今月の始めに二人が倒れた。その次の週に四人。その次の週には十二人。合わせて十八人。あたしも入れれば十九人だけど、記録にはまだなかったわ」
「だんだん増えてますね」
香織は思い出す。自分がこの後宮にやってきたのも、今月の始めだった。
「わたしが来てから倒れる人が続出してますね。これは『王家の呪い』だと言われても仕方のない状況かも」
「なに納得してのよっ、あんたのせいじゃないでしょうが!」
「ええ、もちろんわたしは呪いなんて身に覚えがありませんが、《《そういう状況になっている》》ことは誰の目から見ても明らかですね」
「どういうこと?」
眉をひそめる璃晴に、さらに香織は問う。
「倒れた方たちのうち、生理……月の障りだった方はいますか?」
「あ、それね。最初に倒れた六人がそうだったわよ。あたしも実はそうなの」
「あ、それならちょうどよかったです。待っててください!」
席を立った香織を訝し気に見ながら、璃晴は鼻をくんくんさせた。
「なんかさっきから良い匂いがしてるけど、さらにいい匂いが……」
少しして、香織が食事用の台車を引いてやってきた。
「今日のお昼です。後宮厨で、たくさん食材をいただいたんです」
「うわ……ちょっとなにそれ美味しそうなんだけど!!」
台車の上には、湯気を上げる汁物椀、甘辛い香りと香辛料の香りが立つ煮豚、小ぶりな蒸籠が載っている。
「さあ、食べましょう!」
そう言って、香織は蒸籠の蓋を開ける。
中には、白くてツヤツヤむっちりした花巻がいくつも蒸しあがっていた。
「これに、こうやって」
香織は、飴色に煮えた煮豚を一枚取って花巻にはさみ、璃晴に渡した。
「はい、どうぞ。これだと炭水化物とタンパク質が同時に手軽に採れますから。煮豚は甘めにしてます。生理中は甘い物が食べたくなりますからね」
「え? たんすい……たんぱ? なんの話??」
「あ、いえ、なんでもないです! で、こちらの汁物も温かいうちにどうぞ」
璃晴は汁物を匙ですくう。とろみの付いた汁はトロリと匙の上であふれ、ほうれん草と見事に筋を描く卵がからまって口の中へするりと入る。
穏やかな塩味とほうれん草の柔らかさと卵のふんわりが、口いっぱいに広がっていく。
「んんん、美味しい……!」
「さ、花巻も冷めないうちにどうぞ」
花巻は一口噛めばむっちりと歯に吸い付くような感触で、ふわり、と小麦の香りが広がり、同時に煮豚の甘辛い香辛料の香りと肉の旨味が噛むたびに口の中を満たしていくのがたまらない。
「ほうれん草と卵のとろみ汁、花巻、甘めの煮豚、気に入ってもらえたならよかったです」
(やっぱり、美味しいって言われるのってうれしいな)
そっと微笑んで、香織は湯気の上がるほうれん草と卵の汁を自分の椀にもよそった。




