EP1 ×××からの伝言
春の朝、佐伯蒼は少し緊張した面持ちで高校の正門をくぐった。
「ついに高校か……」
中学までは淡々と過ごしてきた蒼だが、制服に袖を通すと、なぜか胸がざわつく。
校門をくぐると、すでに新入生の群れが中庭に集まっていた。部活の勧誘ポスターや掲示板、制服姿の新入生たちのざわめき……。見慣れない景色に、蒼は自然と少し後ろに下がった。
「ねえ、蒼!」
背後から聞き覚えのある声が飛んできた。振り向くと、笑顔を弾ませた少女が立っていた。
「おー相沢さん!」
相沢凛。小学校からの幼馴染で、昔から元気いっぱいでおせっかいな性格。
「高校でも同じ学校になったんだね! やっぱり運命かな~」
蒼は小さく苦笑いする。昔から彼女のペースに巻き込まれることは多かった。
凛は手にした小さな紙切れを差し出した。
「これ、教室に入る前に見つけたの! ちょっと変な紙なの!」
蒼が受け取ると、紙には見たこともない文字列がびっしりと並んでいた。中央には小さく「伝言」と書かれている。人間の手で書いたとは思えない、不規則な線の連なりだった。
「……誰が置いたんだ?」
「わかんない。でも、すごく変なの!」凛は目を輝かせ、好奇心いっぱいに紙を振る。
「触ってみて。なんか……変な感じがするの!」
半信半疑で紙に手を触れると、微かに指先に光のような感覚がまとわりついた。その瞬間、校庭の樹木がわずかに揺れ、空の色が瞬間的に歪んだように見えた。
「……今の、気のせいかな?」
「絶対に違う! ほら、世界の一部がちょっとだけ変わったみたい!」
凛は興奮して身を乗り出す。
蒼は紙をじっと見つめ、警戒しながらも胸の奥にくすぐられるような好奇心を感じた。平凡な高校生活は、この瞬間から少しずつ、不可思議な世界に引き込まれていく予感がした。
その日の授業が終わると、二人は教室に残り、伝言の謎を確かめることにした。紙を広げて眺めると、文字列の中に微かに光る部分があることに気づく。
「……これ、文字じゃなくて何かのコードみたいだな」
蒼が指摘すると、凛は首をかしげる。
「コード? なんの?」
「わからない。でも、人間が書いた紙じゃないことは確かだ」
蒼の言葉に、凛の好奇心がさらに燃え上がる。
その時、教室の隅で黒髪の少年が静かに二人を見ていた。新入生の転校生、百瀬透。まるで何かを知っているかのような微笑を浮かべ、さりげなく教室を離れる。蒼はその視線に気づいたが、凛の勢いに押され、言及しなかった。
「放課後、少し調べてみようか」
蒼が紙を握りしめる。
「うん! 面白いことになりそう!」
凛は笑顔でうなずいた。
放課後、二人は屋上へ向かった。校舎の階段を上る途中、風に乗って奇妙な音が耳に入る。まるで誰かが遠くで囁いているような微かな声。
「……風の音?」
蒼は眉をひそめる。
「うーん、でも……ただの風じゃない気がする」
凛も首をかしげた。
屋上に着くと、紙を手にした蒼の指先が微かに光り、周囲の空気がわずかに揺れた。太陽の光はいつも通りなのに、何かが現実の端を押しているような感覚。
「……見て、蒼!」
凛が指さす先、空の一角に微かな虹色の光が揺らめいていた。形ははっきりしないが、そこだけ世界が違う角度で存在しているように見える。
「……こんな現象、見たことない」
蒼は思わず息をのむ。
「ねえ、これ……もしかして、紙が呼んでるのかも!」
凛は目を輝かせ、紙を軽く振る。
すると、光の揺らめきが微かに紙に反応し、文字列の一部がほんのわずかに動いたように見えた。まるで紙自身が意思を持っているかのようだった。
「……やっぱり、普通じゃないな」
蒼は静かに呟く。
その瞬間、屋上の端で、百瀬透が姿を現した。静かに二人を見つめる透の目には、紙の光を理解しているかのような知識が宿っていた。
「……君たち、もう気づいちゃったんだね」
透の声は低く落ち着いていたが、どこか不思議な響きを含んでいた。
凛が驚いて振り向く。
「え、なにその子……?」
蒼は紙を握りしめたまま、目を細める。
「……この学校、ただの高校じゃないかもしれない」
光る紙、揺れる空、そして転校生の存在――。平凡な高校生活は、この瞬間からほんの少しずつ、異世界の気配に包まれていく。
「さあ、どうする?」
蒼が凛に聞くと、凛は大きくうなずいた。
「もちろん追いかけるに決まってるじゃん!」
こうして、日常の片隅に忍び込む非日常――異界からの伝言を解き明かす冒険の第一歩が踏み出されたのだった。




