第6話 英雄
集合時間だけが記された手紙が涼花の元に届いた。
送り主の大雑把な性格が滲み出ているそれを、呆れ半分で読み終えたのが2日前のこと。
今日が指定されたその日であった。
姉の招集を受け、指定された時刻より少し早く到着した涼花。
その隣には、桃髪の少女が控えていた。
「この前も思いましたけど、その服めっちゃ可愛いですね」
「エレナの古着。昔の制服で、セーラ服っていうらしいよ」
革製の鎧に鋼の補強を施し、いかにもハンターといった装いの桃華。
対照的に涼花の格好は制服──セーラー服にパーカーを羽織り、防具らしいものは革製の手甲だけという、極めて軽装であった。
「でも、そんな軽装で大丈夫なんですか?」
「一発貰ったらおしまいだからね。動きやすさ重視なの」
「え〜?そういうものなんですか?」
桃華は少し落ち着かない様子で、部屋を物珍しそうに散策し始める。
「私、代表室なんて初めて入りました」
「ふーん……ギルド入ってからどれぐらい?」
「訓練生時代を含めたら4年は経ってます。でも、私なんてまだまだ下っ端ですもん」
二人はそんな他愛ない会話を交わしながら待っていると、時刻を少し過ぎた頃、ようやく扉が開いた。
入ってきたのはエレナと、見知らぬ三人の男女だった。
「待たせたな、涼花」
「エレナ遅い」
涼花の小言に、姉は悪びれた様子もなく答え、視線を隣の少女に向けた。
「そっちのは……桃華、だったか?」
「はい!まさかマスターに覚えてもらってたなんて……!黎明の救国譚、いつも読んでます!」
「へえ、若いのに見る目があるじゃないか」
“黎明の救国譚”──いかにエレナが高潔で、慈愛に満ちた人物かを綴った伝記だ。
涼花は貰ったそれを、ページを開いて、5分で本棚の奥にしまい込んだ。
身内が大仰な文で讃えられるのが気恥ずかしいのもあるが、それ以上に罪悪感で読むことができなかった。
──時々忘れそうになるが、昔の姉は凄かったのだ。
人々の英雄であり、コロニーの先導者。
目の前で気怠げに笑うこの人が、英雄譚の主人公だなんて、今となっては誰が信じるだろうか。
別に英雄だった頃の姉に戻って欲しい訳ではなかった。
ただ、姉の心からの笑顔を見たのはいつだっただろう。
それを失わせてしまったのは、お荷物だった自分と、何もかもを姉に背負わせた無力な人々だ。
罪悪感から目を逸らすように、エレナの後に控える集団へ水を向ける。
「それで、その後ろの人たちは?」
「お前と会わせるのは初めてだったか。うちの中でも動けそうな奴を選んだ。藤堂」
藤堂と呼ばれた女が一歩前に出て、涼花に右手を差し出した。
「今回同行することになった剣士の藤堂だ。ミス涼花、よろしく頼む」
「涼花でいい。よろしく」
年の頃は二十代半ばだろうか。焦茶の髪を後ろで一つにまとめた女。
気の強そうな顔立ちと、気障な態度に男勝りな口調──あまり得意ではない人種に、苦笑しながらも握手に応じる。
「お噂はかねがね」
「はぁ、それはどうも……」
「こっちは仲間の花田と綾乃だ」
その言葉を受け、控えていた男女が一歩前に出る。
「花田だ。見ての通り盾持ちだ。よろしく頼む」
二メートル近い巨体を鋼の鎧に包んだ大男が、ゆっくりと、その剃り上げた頭を下げた。
その迫力に、思わず桃華が小さく悲鳴を上げる。
「サポーターの綾乃です。よろしくお願いします」
続いて名乗ったのは、波打つ茶髪を垂らしたローブ姿の女性。
穏やかな印象を与える目尻が、少し陽菜に似ていた。
「剣士の涼花。よろしく」
涼花は腰の剣を軽く持ち上げる。わずかに反りのある、独特な細身の剣──刀だった。
「同じく剣士の桃華です!よろしくお願いします!」
涼花と桃華の言葉に、藤堂が少し目を見開く。
「剣士二人で潜るつもりだったのか」
「まあ、そう」
「でもこれで剣士が三人に、盾持ちとサポーターが一人、悪くない構成ですね!」
人数はそのまま戦力に直結する一方で、連携や相性も重要だ。
特に、衝突の多いハンター同士、人数が多ければいいというわけでもない。
その点、この構成はバランスが取れていた。
「でも、エレナ。別に助っ人いなくても大丈夫だと思うけど」
「一応の保険だ、悪く思うな。入り口の見張り組からの情報でな、魔素濃度の上昇が止まらんらしい」
入り口でその状態なら、中は大変なことになっているだろう。
この前、桃華を助けた時とは比較にならないほどの地獄絵図が、きっと待っている。
──それこそ、気を抜けば、死んでしまうような。
「……涼花、分かってるな?」
「分かってるって。命大事に、ね」
「ああ、それでいい。気をつけて行ってこい。藤堂、頼んだぞ」
エレナが目を向けるが、藤堂は険しい顔で考え込んでいる。
「藤堂」
「……え?ああ、はい。任せてください、マスター」
そう言って自身の胸を叩く藤堂だったが、その表情にはどこか陰が差している。
涼花はその様子を不思議に思うが、すぐに疑問を手放したのだった。




