第4話 溜息
コロニーの中心部に堂々と居を構える巨大な建造物。
元は年季の入った由緒正しき屋敷だったらしいが、増築に増築が繰り返され、混沌とした様相を呈していた。
そしてその様子は、この屋敷を拠点とする組織の実態をよく表している。
都市の治安維持と魔物の討伐を担う武装組織──通称、ギルド。
その最上階に位置する代表室で、二人の女がソファに腰掛け、テーブルを挟んで向かい合っていた。
「で、昨日は朝帰りで報告もせず、今日は夕方まで寝ていたと」
「エレナ、怒ってる?」
涼花の対面には、濁った灰の目をした女。
無造作に伸ばされた金髪は、あちこち跳ねており、持ち主の性格を映し出しているかのようだった。
女──エレナは大きく溜息をつき、半眼で涼花を睨む。
「いや、怒ってるんじゃなくて呆れてるんだ。あんまり、陽菜ちゃんに心配かけるんじゃないぞ」
「しょうがないじゃん。昨日拾った子が、お礼に奢らせてくれって言うからさ」
涼花の言葉に、エレナは片方だけ口角を上げて笑う。
性根がにじみ出るような笑み。
「へぇ、また女を拾ってきたのか」
「人聞き悪いな。拾ってこいって言ったのはエレナじゃん」
昨日、涼花が姉から命じられたのは、遭難したハンターの救助。
魔物が住み着いた地下鉄の廃路線へと足を運んでいたのだった。
「救助しろとは言ったけど、お持ち帰りしろなんて言ってない」
「……はぁ。食事して、家に送っただけ。さすがに、死にかけた子を放って帰れないでしょ」
また意地の悪い笑みを浮かべる姉に、今度はこちらが嘆息する番だった。
そうして軽口を叩き合った後、エレナは本題とばかりに身を乗り出す。
「それで、地下鉄の様子はどうだったんだ?」
「どうせ、それが本題でしょ」
姉がわざわざ自分を指名した時点で、ただの遭難者救助ではないことは分かっていた。
案の定、地下には魔物が大量発生しており、さながら地獄のような有様であった。
「そこら中“豚”まみれだったよ。ある程度片付けて切り上げてきたけど……奥の方は地獄だろうね」
「へぇ、そりゃ大変だねぇ」
まるで他人事のような姉の口ぶりに、眉をひそめる。
「大変だねぇ、って。あれが溢れてきたら、処理するのはエレナでしょ?」
「まさか。私はもう隠居済みだよ。それはお前たち若者の役目だよ」
「若者って……」
姉はまだ三十代半ばのはずだが、言っていることはまるで老人のようだった。
これでもギルドの責任者で、かつては人々の尊敬を一身に集めた英雄だったはずだが、今ではすっかり口の悪い飲んだくれだった。
「しばらく地下鉄の入り口は封鎖だな。近々討伐隊を組む。お前にも参加してもらうぞ」
「拒否権はあるの?」
「ない。マスター──それもお姉様の命令だ」
腕を組み、ソファにふんぞり返る姉の態度に、再び溜息をつく。
でも、それももう今更だった。
特に気にすることもなく、話は終わったとばかりに腰を上げる。
「じゃあ、報告は終わったし、今日はもう帰るよ」
「なんだ、飲んでいかないのか?」
「陽菜のご飯があるからね」
陽菜が料理を始めてから早4年。
今ではその腕はなかなかのもので、酔って味を忘れるのはもったいなかった。
「陽菜ちゃんに、迷惑かけてないだろうな?」
「迷惑なんて……」
否定しかけて、先ほどの家を出る前の出来事を思い出す。
「まあ、今度連れてこい。妹に代わって私がお礼を言ってやるよ」
「誰が連れてくるか」
意地悪く笑う姉に背を向け、部屋を後にするのだった。
§
ギルドを出る頃にはすでに日は落ち、大通りの喧騒も落ち着いていた。
涼しい夜風をあびて歩く涼花の視線の先で、ひとりの少女が手を振っている。
「涼花さん!」
「桃華……奇遇だね」
「いえ、きっと今日はこちらに来られると思って、待たせてもらいました!」
桃色に染めた髪を高い位置でまとめたツインテールがよく似合う、明るい少女。
昨日、涼花が地下鉄で救出した少女だった。
もう夜だというのに、いつから待っていたのだろうと内心驚く。
「それで、やっぱり、私とバディを組んでくれませんか!」
「昨日も言ったでしょ。危険な場所に行くことが多いから、だめ」
「確かに、今回は失敗しちゃいましたけど、これでも訓練所の成績は一番優秀だったんです!」
まるで昨日の焼き直しのような会話。
昨日は、粘り強く交渉を続ける彼女に付き合っているうちに、いつの間にか日付けが回っていた。
流石に終わった話だと思っていたが、想像よりも彼女の諦めは悪かったらしい。
断りを入れる涼花に構わず、桃華は手を取り歩み寄ってくる。
「私の噂、知ってるでしょ?組んだ奴は悲惨な目に合うって。あれ、本当だから」
「知ってます!でもそれって結局、実力不足の八つ当たりじゃないんですか?私は危険な目に遭っても涼花さんを恨んだりしません!」
桃華は涼花の手を取ったまま、ジリジリと歩み寄る。
涼花は押されるように一歩下がった。
「私、結構無茶するから、引いちゃうかも……」
「大丈夫です!引きません!」
桃華がジリジリと歩み寄る。涼花は一歩下がった。
「……」
「荷物持ちでもなんでもします!お願いします!」
たじろぐ涼花に、桃華は顔をずいと近づける。
「ちょ、ちょっと待って」
勢いに押されて、涼花は思わず制止の声を上げる。
めげる様子のない少女に、内心で溜息をついた。
涼花は基本的に単独行動を好む。
いくつか理由はあるが、一番は人間関係が煩わしいことであった。
桃華への断り文句は嘘でもなんでもなく、今まで3人とバディを組んだが、全て上手くいかなかった。
恐怖と嫉妬の目を向けた者、死地により心を折られた者──そして、付き合いきれないと愛想を尽かした者。
理由はそれそれ違ったが、結局、涼花の隣には誰も残らなかった。
やっぱり断ろうと思い、視線を少女に向ける。
「ねぇ、やっぱり──」
「私も、涼花さんみたいに強くなりたいんです」
「それは……」
今までの元気な様子とは一変、懇願するようなその瞳に言葉が詰まった。
想像よりも真剣な様子の少女。
あまり適当にあしらうのは失礼かと考え、改めて検討することを決める。
──こういう時はメリットとデメリットを考えるべきだろう。
デメリットは挙げたらキリがない。一言で表すと面倒、という言葉に集約されるだろう。
メリットは、特に浮かばない。……強いて言えば目の前の少女が喜ぶ、ということだろうか。
尚も上目でこちらを見つめる少女の様子を伺う。
少しタイプは違うが、感情を素直に表現する少女に、陽菜の面影が重なった。
重なってしまえば、涼花の中で結論は出てしまったも同然だった。
──桃華や、陽菜のような素直さや純粋さは、もう自分にはない。
精神は大人になれないまま中途半端に擦れて、身体だけが大きくなってしまった。
こんな自分でも、彼女たちの幸せの一助になれるなら、それはきっと歓迎すべきことだ。
なにより、この少女の願いを叶えることは、きっと"良いこと"だろう。
言い訳のように理由を並べながら、この後に及んで尚、何かを期待している自分に嫌気がさす。
それでも、少しは試してもいいと、そう思ってしまった。
「……はぁ、しょうがない。またあの地下行くから、そこで、お試し。怖くて動けないなら置いてくからね」
その言葉に、少女の顔がパッと華やぐ。
さっきまでの涙目が嘘のように、満面の笑顔。
「はい!よろしくお願いします!」
何やら丸め込まれてしまった。
だが、少しの面倒でこれほど喜んでくれるなら、悪くない、そう納得することにした。
それに──どうせ長くは続かない。
そんな打算もあって、涼花は桃華とバディを組むことを決めたのだった。




