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第3話 心配

ギルドへと向かった涼花を見送り、少女──陽菜は一人、大通りを歩く。

通りには色とりどりの店が隙間なく軒を連ねており、呼び込みの声と行き交う人々の喧騒は、夕暮れ時の今なお健在であった。

城壁に囲まれたコロニーを南北に貫く、この街の大動脈。

かつてはこの場所も、貧困とそれに伴う治安の悪化で混沌としていたそうだが、陽菜が物心つく頃には、すでに今の活気を取り戻していた。


賑やかな通りを眺めながら夕飯の献立を考えていると、自然と足取りも軽くなるというもの。

そうして通りの一角、色鮮やかな野菜が並ぶ八百屋が陽菜の目的地だった。

ジャガイモを両手に持ち、左右の重さを比べていると、横合いから恰幅のいい女性に声をかけられる。


「いらっしゃい、陽菜ちゃん」

「こんばんは、おばさん。今日も来ちゃいました」


陽菜とはかれこれ4年ほどの付き合いになる、八百屋の女主人。

初心者の陽菜に、優しく料理を教えてくれた恩人だった。


「ジャガイモ、値上がりしてるんですか?」

「プランテーションの電力不足だとかで、今期は不作でね……せめていいやつを持っていっとくれ」


女主人は申し訳なそうな表情で、籠からジャガイモを取り出し、陽菜に手渡す。

よくよく観察すると、陽菜の持っていた物よりも肌が丸々としており、身も詰まっているよう。

料理の腕はそれなりに上達した自信があるが、こういった食材の目利きに関しては、まだまだ学ぶことばかりであった。


「電力不足ですか……少し心配ですね」

「なんでも、発電所の方で魔物被害が出たらしい。ひとまず解決したらしいけど、また税金が上がりそうで嫌になるよ」


女主人が、大通りの先──山脈の並ぶ北部に視線をやり嘆息する。

なだらかな山の麓にずらりと並んだ発電所は、ここからでも確認することができた。

少し前に、涼花が仕事であちらに行っていた記憶がある。

大量発生したジャンクラットの退治──素早い上に数も多くて大変だったと嘆いていた。

ケーブルを齧ってしまうと聞いたので、きっとその影響だろう。


その話をすると、なぜか女主人は少し吹き出して、小さく肩を揺らした。

陽菜はその理由が分からず、首を傾げる。


「今日も涼花ちゃんのとこかい?相変わらず仲良しだねぇ」


女主人が揶揄うように笑う。

料理を教えて貰った恩も勿論あるが、細かいことを気にしない女主人の性格を陽菜は好いていた。

けれどたまにこうして、涼花について、つまり彼女とどのような関係なのかということを、揶揄うように探りを入れてくることがあって、その度に陽菜は返答に窮してしまう。

自分でも涼花との関係をどう言葉にしたらいいのか、分からないのだった。


「仲がいい……私と涼花さんは、仲がいいのでしょうか?」


確かに涼花とは長い付き合いだ。

しかし、友人とはまた違う関係のように思う。

年だって離れているし、彼女には返しきれない恩がある。

それに、彼女にとって自分は、あの日助けた子供のままだろう。


ああでも、こうでも、と頭を働かせていると、頭上から笑い声がした。


「相変わらず、陽菜ちゃんは真面目だね」

「真面目、ですか?」

「言葉なんて、曖昧でいいの。大事なのは、相手との関係に何を求めるか、だよ」

「それなら……」


関係ではなく、何を求めるかということなら、いくらでも思い当たる。


── 一番は、辛い思いなどすることなく、幸せに生きて欲しい。

願わくば、そんな幸せに生きる彼女の傍にいたいとも思う。

そして、彼女も自分を必要としてくれたら、それ以上はないだろう。


こんなことは恥ずかしくて口に出せないが、たまには抱きしめて欲しいし、抱きしめてあげたいとも思う。

そういえば、さっき見た──いや、決して故意ではなく、布団を捲った際にたまたま目に入ってしまっただけだが──彼女の裸体は芸術品のように美しかった。

危険な戦場に身を置いているとは思えないシミ一つない肌に、無駄のない引き締まった体。

あれこそ、全ての女子が憧れる腹筋というものだろう。

欲を言えば──


「陽菜ちゃん……」


呆れたような声で、現実に引き戻される。

頭の方に集まっていた熱が、すっと引いていく音が聞こえた。


「えっ……!ああ、すみません。えっと、色々あって、よく分かりません……」


生暖かい視線を向ける女主人に、いたたまれない気持ちが込み上げてくる。


──別に、自分と涼花はそういうのではないのだ。

ただ、昔助けて貰った恩返しがしたくて、けれどそれはきっかけに過ぎなくて、それでは、今の自分は。

でも、そもそも、女同士だ。

別に女同士でなければどうということもないけれど、女同士だ。

あと2年もすれば彼女も成人。当然、結婚の話も出てくるだろう。

家柄も実力も兼ね備えた彼女を嫁に欲しいという者は、きっと多い。

孤児院育ちで無力な自分が彼女の傍に居られる今は、きっと泡沫の夢のようなもの。

いつまでも心地いい関係が続くわけではないということは、自分が一番分かっていた。


「まあ、陽菜ちゃんにはまだ早かったか。それで、今日は何にするんだい?」


葛藤する陽菜の内心を知ってか知らずか、女主人は努めて明るく笑う。

こういう、なんでも冗談にできてしまうような女主人の性格が、陽菜にはいつもありがたかった。


「……今日はシチューにしようかと。涼花さん、体調が優れないようだったので、胃に優しいものがいいかなって」

「ふふふ、そうかい。じゃあ、安くしとくよ」


そう言って笑う彼女の顔には、もう何も言うまいというような、どこか楽しげな色が浮かんでいる。

だから、そういうのではないのだ。


§


夕暮れに染まる街を、ひとり歩く陽菜。考えるのは、やはり涼花のことだった。


──ちゃんとギルドに着いただろうか。どこかで倒れていないだろうか。

涼花は凄腕のハンターであり、その実力に疑いはない。

だが私生活での彼女はどこか抜けていて、こういった心配は絶えなかった。

それに、どこか繊細で儚いところのある彼女は、いつの間にかふっとどこかへ行ってしまいそうで、目が離せないのだった。


そんな事をつらつらと考えながら歩いていると、目に入ったのは見知った後ろ姿。

駆け寄って行って、声をかける。


「遥、湊、遠征帰りですか?」

「陽菜!ちょうどよかった。お前も一緒に飯食いにいかないか?」

「湊、声が大きい」


お揃いの栗毛を揺らし、戯れ合う二人組。

陽菜と同じ孤児院で育った双子の姉弟だった。

性格は正反対なように見えて、案外似たもの同士。

好きなものも嫌いなものも大抵同じで、行動する時は常に一緒。

肉親のいない陽菜は、出会ってしばらく、姉弟というのはこういうものだと勘違いしていた。

昔から変わらず仲の良い二人の様子は、陽菜の目には少し眩しい。


姉弟は、生まれた時から孤児院にいた陽菜と違い、両親を亡くして引き取られた過去を持つ。

流行り病だったそうだ。両親を亡くす。疑いようもない悲劇だ。


──では、両親の顔も、名前も、愛すら知らないのは。

両親がいないことに対して悲しみを感じたことはない。

けれど、悲しめないというその事実に、少しだけ寂しさを覚えるのだった。


姉弟が家族のように接してくれていることは理解している。

けれど、姉弟の間にある遠慮のなさと、自分に向ける眼差しは、やはり違っていて。

幼い頃は、そうした善意による気遣いにさえ疎外感を覚え、この世に自分の居場所などないと思い、眠れぬ夜を何度も過ごした。


いつから眠れるようになったのか、なんてわかっている。

自分は涼花に、家族の温もりを求めているのだろうか。


「陽菜ってば。どうかした?」

「ああ、ごめんなさい。少し考え事を」

「もう、相変わらずね。それで、湊じゃないけど、一緒にご飯でもどうかしら?」


姉弟は1年ほど前に孤児院を出て、ハンターとしての道を歩き出した。

かつてのように一緒に過ごす時間は減ってしまったが、今でも私にとっては大切な友人。

何も予定がなければ、二つ返事で了承したが、あいにく今日は外せない用事が入っていた。


「実はこの後予定が入っていて……すみません」

「そっか……また、涼花さんのとこ?」

「はい。夕飯をご一緒にと思って。よければ二人も一緒にどうですか?涼花さんも、きっと歓迎してくれます」


陽菜が涼花に救われた日、この姉弟もまた命を救われている。

だからこそ、久しぶりに顔を見せてはどうか──そう思っての提案だったが、姉弟の表情に陰が差す。


「なぁ、陽菜……その、涼花さんのことなんだけどさ」

「……?どうかしましたか?」

「あー、その、なんだ。俺も又聞きっていうか、先輩達の噂なんだけどさ……」


「湊、やめなさい」


歯切れの悪い湊と、それをたしなめながらも沈んだ表情の遥。

滅多にない二人の様子に、体が冷えていくのを感じた。

震えそうになる喉を抑えて、軽い深呼吸をひとつ。声を絞り出す。


「涼花さんが、何かあったんですか?」

「いや、なんでもない。すまん、不安にさせた。忘れてくれ」

「でも……」

「本当に、大した話じゃないんだ」


気になる話だったが、悪かった、失言だったと、繰り返し謝る湊の様子にそれ以上追及することは出来なかった。


「ごめんね。こいつも、悪気があったわけじゃなくて。大好きな陽菜が心配で、ついね」

「だっ……!そんなんじゃねぇ!」


そうしていつもの雰囲気に戻った友人たちの姿に、ひとまず安堵するが、胸にはもやもやとした物が残る。

陽菜が知らない涼花の話。きっと、ハンターとしての涼花の話だ。

最近では諦めかけていた願望が、胸の奥で燻り始めるのを感じた。


──いつか、ハンターとして涼花の隣に立ちたい。

それは、何度も涼花に相談しては、困らせてきた陽菜のわがまま。

自分を心配してくれているのは理解しているし、今の関係が心地いいこともあり中々踏み出せずに、ここまで来てしまった。

最近は口に出すことも減ってしまったが、押さえつけたところで、願望自体がなくなるわけではないのだろう。

久しぶりに、今日帰ったら改めて話し合ってみようと、そう決意するのだった。

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