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第27話 熱情

山頂に駆け出した涼花を見送り、残された者たちは角の生えた魔物と対峙する。

陽菜は木陰に身を隠し、魔物の隙を伺っていた。

おそらく、涼花が地下鉄で遭遇したという、鬼と呼ばれる魔物。

既に2名がその不可思議な力の前に切り刻まれており、部隊は木々に紛れるように散開していた。

陽菜がいまだに息をしているのも、ただ運が良かっただけだ。


「そっち行ったぞ姐さん!」

「はいはい!」


鬼と交戦して生き長らえているのは楓だけだった。

彼女は周囲の木々を飛び周り、常に鬼の死角から攻撃を仕掛けている。

しかし彼女が巧みに操る槍も、鬼の厚い筋肉を前には致命傷を与えるには至っていない様子。

涼花がどうやってこれに勝ったのか、陽菜には想像もつかなかった。


深呼吸して、どうにか勝機を探るが、全く糸口が掴めない。

先ほど山頂から聞こえてきた凄まじい爆発音が気がかりで思考が纏まらなかった。

しかし、このままでは涼花の元へ辿り着くどころか、全滅は免れない。

跳ねる心臓と震える指先が煩わしい。

もっと冷静に、どうすれば切り抜けられるのか、考えなくては。

冷静に、もっと深呼吸して、落ち着いて──


「それじゃだめ」

「っ……!」


突然、背後からの声に悲鳴を上げかけ、寸前で口を塞がれる。

声の主は、先ほどまで鬼と交戦していたはずの楓だった。

まさに神出鬼没の身のこなし。自らを足手まといと評していた楓だが、陽菜の目にはとてもそうは見えなかった。


「いい?頭を使うだけじゃ駄目。それは、私たちの戦い方じゃない」

「どういう……?」


振り返ろうとすると抱きしめられ、動きを封じられる。

楓は陽菜の耳元に顔を寄せ、言い聞かせるように囁いた。

声が直接、頭に染み込んでくるよう。


「今、陽菜ちゃんがやりたいことは何?」


──私の、やりたいこと。

涼花の元に辿り着き、彼女の無事を確かめなければ。

彼女に危機が迫っていれば、何に替えても守るのが、自分の使命だった。


「それを邪魔しているのは?」


邪魔しているのは、あの鬼だ。

山頂を守るように立ち塞がるあいつが、邪魔で仕方がなかった。


「涼花のことを考えて」


言われるがまま、涼花のことを考える。

命を救われたあの日のこと。ずっと一緒に歩みたいと思って、それが叶わず、もどかしい思いをしていた日々のこと。

ようやくバディになれたこと。わがままを言う自分を受け入れてくれて、同じ家に住まわせてくれたことは、飛び跳ねるほど嬉しかった。


「もっと。体が熱くなるでしょう?」


頼もしいけど、時々ちょっと抜けてるところ。

自分のことは二の次で、放って置けないところ。

美しい濡れ羽色の髪に、真っ白な肌。

細い指先、不器用に笑う口元、星空を閉じ込めたような瞳。


「あいつ、今頃死んでるかも」


そして、それらが失われることを考えた。

二度とあの瞳が、自分を映すことはない。そんなこと、許せるわけがなかった。


「いい眼。その熱に身を委ねて」


体中の血液が沸騰して、心臓が早鐘を打っていた。

それでも、熱に身を任せて涼花のことを考え続ければ、心臓の鼓動が破裂しそうなほど加速していく。

それに反して、感覚は極限まで研ぎ澄まされ、周囲の時間はゆっくり流れるようだった。


「その愛が、私たちを強くする」


楓がそう言い残し、木々の影から躍り出る。

そのまま彼女は、鬼の注意を引くように、声を上げながら槍を投擲する。


鬼がゆっくりとそちらを向き、腕を振り翳す姿が目に入った。

そのまま鬼の腕が振り下ろされ──


「え……?」


──気づけば、世界を置き去りにしていた。

恐る恐る振り返れば、首を失って倒れ伏す鬼の姿が目に入る。


あたりに沈黙が落ちる。自分の荒い息と、心臓の鼓動がやけにうるさかった。

不意に立ち眩みがして、その場にへたり込んでしまう。

体が浮遊感に包まれて、どこかに飛んでいってしまいそうだった。


「よくやったね。見込み通りだよ、陽菜ちゃん」


そう言って歩み寄ってきた楓に抱きかかえられる。

部隊の皆、そして幼馴染の2人が駆け寄ってくるのが見えるが、どこか現実味がない。


「陽菜ちゃん、深呼吸。落ち着いて」


楓の指示に従い、ゆっくりと深呼吸をする。

心臓の鼓動が徐々に落ち着き、少しずつ体が重さを取り戻していくように感じた。


§


楓に背負われながら、山頂を目指して進む。

数分もすれば、心臓の鼓動もすっかり元通りになっていた。


「もう大丈夫です。自分で走れます」

「そ、じゃあ私たちだけでも、先行きましょう」


楓の背から降り、その場でジャンプして体の感触を確かめる。

鼓動は落ち着いたが、体はいつもより軽い。

何かを掴んだという実感だけが、確かに残っていた。

これが、涼花や楓が見ていた景色なのだろうか。


「陽菜、やっぱお前すげーな」

「湊……」


そう声を掛けてきた湊は、全身が血と泥で塗れていた。

しかし様子を見る限り、特に大きな傷ではないようで安堵する。


「あーあ、余計な心配だったな……涼花さんには後で謝っとくよ」

「……?よく分かりませんが、涼花さんは優しいので、きっと許してくれますよ」


先ほど何か涼花と話したのだろうか。

言葉の意味は分からなかったが、湊はどこか吹っ切れたような、そんな表情をしている。

詳しく聞きたかったが、今は涼花の元に向かうのが優先だ。

背を向け山頂に走り出そうとするが、すぐに足を止めることになった。


「何それ……」


絞り出すような声が聞こえた。

恐る恐る振り返ると、俯いて肩を震わせている遥がいた。

今の声は、彼女が出したのだろうか。


「なんで……なんでそんな簡単に諦めてんの!あんたが陽菜を諦めたら、私は──!」


突如声を荒げる遥に、一瞬身がすくむ。こんな彼女を見るのは初めてだった。


「遥……?」

「お願い陽菜、行かないで」


そう切実に言う遥は、やはりいつもと様子が違う。

気づけば、あたりには霧が立ち込めており、魔素も濃くなっていた。

正気を失ったような顔で、遥がこちらに笑いかける。


「もうやめよう?あの人について行ったら、命がいくつあっても足りないわ」


どこか様子のおかしい彼女が心配だった。

それに、自分の身を案じてくれるのは素直に嬉しく思う。

──しかし、今はただ時間が惜しい。

先ほどから山頂の方で響いている爆発音が気がかりだった。


「遥……ごめんなさい。後でなら話を聞きますから」

「待って……待って!陽菜!」


背を向け駆け出そうとするが、凄い力で腕を引かれる。

抱きつくように、遥が腕を掴んでいた。


「遥……」


顔を伏せて袖を掴む彼女の指は真っ白で、震えていた。

いつも大人びていた彼女のこんな姿は初めてで、思わず足が止まる。


「あんなやつより、幸せにするから、行かないで……」

「なんで、そんな……」


絞り出された彼女の声は震えている。

尋ねつつも、今の自分なら、その理由が分かる気がした。

──私達はきっと、同じ想いを抱いている。


「陽菜、好きよ……世界の誰よりも、愛しているの」


そう言って、顔を上げた彼女が綺麗で、息を呑む。

いつも冷静で大人びていた彼女が、顔を歪めて泣いていた。


その表情と、真っ直ぐな感情を受け止めて、心に浮かぶのは不思議な高揚だった。

誰かから愛されることが、こんなにも温かくて、幸せなことだったなんて、生まれて初めて知った。


「……ごめんなさい。私、好きな人がいるんです」


でも、遥の気持ちには応えられない。ようやく、自分の気持ちに気づけたから。

いや、きっと、そうではない。とっくに気づいていたのに、蓋をしていただけだ。


「でも、ありがとうございます。気持ちを伝えるのに、性別なんて、関係ないんですね」


言葉ひとつ、愛情を伝えるだけで、こんなにも相手を幸せにすることができる。

そこにはきっと、女同士だからとか、そんなことは関係ない。

こんな当たり前のことに気がつくのに、随分と時間がかかってしまった。


「待って、なんでそうなるの……」


早くこの想いを涼花に伝えたくて仕方がなかった。

想いが燃料となり、全身を燃やす。

今はただ、この熱情に身を任せていたい。


「私は、私のやりたいことをします。また、生きてたら会いましょう、遥」


やりたいことを。それはいつか、遥が背中を押してくれた言葉。

幼馴染に背を向け、陽菜は山頂へと駆け出した。

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