第26話 憤怒
先導する楓の部隊に続き、舗装された道から外れて木々の間を駆け上がっていく。
山頂を守るように立ちはだかるのは、蜥蜴頭の人型──リザードマン。
しかし四方から襲いかかるそれらに、楓の部隊は的確に対処していた。
10名ほどの、ハンターにしては大人数の部隊。しかし、よく連携が取れている。
「姐さん、キリがねぇ!」
「このまま抜けるよ!」
何より、楓の存在が大きい。
彼女が巧みに操る槍は、的確に魔物の急所を貫いていく。
そして周りのハンターも彼女を信頼し、その指示に従う。
涼花には出来ない戦い方だった。
そのまま一度も剣を振るうことなく、彼らの後に続く。
山頂に近づくにつれ、魔素は濃くなり、気づけば周囲には霧が立ち込めていた。
「な──!」
突如、先頭を走っていたハンターの体が細切れになった。
あまりに突然の出来事に、全員が足を止める。
霧の中からゆっくりと現れたのは、一つの影。赤黒い肌に、筋骨隆々とした巨体。
その額からは、捻れた一本の角が生えていた。
「楓、そいつは……!」
「分かってる。大丈夫、私たちでやる」
楓がさも当然のように言い放ち前に出るが、涼花は頷くことができない。
確かに楓は強い。昔から才能に溢れていた彼女であったが、別れた後も研鑽を怠らなかったのだろう。今やハンターの中でも一握りの実力者と言えた。
しかし、地下鉄で見た鬼の力は、おそらくそれ以上だ。
楓も目の前の存在の脅威を感じ取っているようで、油断せずに鬼を見据えている。
「あんたは先に行って。陽菜ちゃん、悪いけど残ってもらうね」
「……はい」
周囲を見渡す。覚悟を決めていないのは、自分だけだった。
「……陽菜に傷つけたら、許さないから」
「はいはい、分かったよ」
呆れたように楓が笑う。
今日まで、彼女のことなど忘れたい思い出だった。
背を向け立ち去る彼女の後ろ姿は、今でもたまに夢に見る。それでも──
「それに、楓も。死んだら、一生恨む」
「誰の心配してんの、ばか涼花」
それでも、彼女を恨んだことなどない。
別れた後も、勝手に幸せになっていればいいと、そう思っていた。
こんなところで死ぬなんて、到底許せる訳がなかった。
§
息を切らしながらたどり着いた山頂。そこには文字通り、何もなかった。
あれだけあった木も岩もなく、削り取られたように平地が広がっている。
あたりの霧はますます濃くなって、周囲を見通すことは困難だった。
「なに、あれ……」
──そして、霧の向こうに聳える、真っ白な塔。
おそらくこの山頂から伸びているであろうそれは、穢れなき純白で彩られ、外壁には神秘的な装飾が施されている。
その頂上は上空の遙か彼方に消え、見通すことは叶わなかった。
昔の人類の技術力にはいつも驚かされる。
如何にして、天まで届くような塔を建てたのか、想像もつかなかった。
「綺麗な塔だろう?」
「っ……!」
突如、背後から聞こえた女の声に、驚きのあまり飛び退く。
──霧の中とはいえ、全く気がつかなかった。
「あんた、誰。こんなとこで、何してるの?」
呼吸を落ち着けて、その人物を注意深く観察する。
燃え盛るような真紅の長髪に、額から突き出た二本の角。
そして、その背から伸びる真っ黒な大翼。
まるで、絵本に出てくる、悪魔と呼ばれる存在そのもの。
「お前らこそ、こんな山に何の用だ?」
どこか人間臭い、皮肉げな笑みを浮かべる女。
しかし、その目は違う。黒々とした、憎しみに支配された瞳。
「大人しくコロニーに引きこもっていればいいものを。大方、あの英雄様の差金だろう?」
──こいつ、コロニーを知っている。
それに英雄という言葉。当然、脳裏によぎるのは姉の姿だった。
注意深く女を見据え、距離を保ったまま対峙する。
「文字通り、困った時の神頼みってやつだ。本当、お前たちは醜いな」
その悪意に満ちた表情を見て、覚悟を決め、刀を引き抜く。
──事情なんてどうでもいい。姉を嘲るように笑う目の前のこいつは、敵だ。
「あー、ストップストップ。昔の知り合いに似ててね、あんまりお前とは戦いたくないな」
「何をふざけた……」
目を細め告げる女の感性が、全く理解できなかった。
ここまで悪意を向けておきながら、そんな理由で矛を収めるというのか。
しかし時間稼ぎの作戦にしては、その言葉には感情が篭っているように見えた。
「どうだ?仲良くなろうぜ嬢ちゃん。私、エステアってんだ」
エステアと名乗った女──フレミアもそうだったが、どこか人間臭いその立ち振る舞いに、戦意が削がれる。
ここまで意思の疎通が出来れば、和解することができるのでは、そう勘違いしてしまいそうになるほどに。
「……仲良くなったら、人間に敵対するの、やめてくれる?」
淡い期待を込めて、手打ちを提案する。
魔物ならいくらでも殺せるが、これはどうにも寝覚めが悪かった。
しかしエステアは、心底馬鹿馬鹿しいといった様子で、呆れたように笑った。
「それは出来ない相談だな。私の妹達を殺した罰、きちんと受けてもらう」
やはり、そう甘い話はないらしい。
意思の疎通が出来たとしても、魔物と人間は分かり合えない。
それに、今の会話で確信した。
──私には、こいつと仲良くなる権利なんて、もうない。
「そう……なら、いいことを教えてあげる」
「なんだ?」
怪訝そうな眼を向ける女。あまり言いたく無いが、言わなくてはならなかった。
「あんたの妹の、黄色の髪の子。殺したのは……私」
告げる時、どうしてか喉が震えた。
嫌な予想は、どうやら当たってしまったらしい。
エステアが目を伏せて、大きく息を吐き出す。
弛緩していた空気が、一気に張り詰めるのを感じた。
再び瞼を開けた彼女の瞳には、底なしの憤怒が渦巻いていた。
冷静を装いながらも拳を振るわす姿。
その静かな怒りが、却って恐ろしさを感じさせた。
「……残念だ」
そう冷たく言い放ち、エステアは腕を振り上げる。
張り詰めていく空気。周囲の空間が軋んで悲鳴を上げるようだった。
何か不吉なことが起こる前触れを肌で感じるが、予想ができない。
音楽団の指揮者のような、見覚えのあるその仕草。
彼女が腕を振り下ろした瞬間──あたりは爆炎に飲み込まれた。




