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第25話 追憶

陽菜を連れた楓が哨戒のために先行し、残されたのは涼花と、双子の姉弟。

その場には気まずい沈黙だけが残されていた。


「えっと……確か昔、会ったことあるよね」

「はい、以前助けていただいた遥と、弟の湊です。その節は本当にありがとうございました」


記憶は正しかったようで安堵する。

やはり、陽菜と初めて会った日に、一緒に魔物に襲われていた子供達だ。

面影を残しつつも成長した姿に、歳月の流れを実感する。


「2人とも、ハンターになったんだね」

「まあ、私たちみたいなのは、寺院の手伝いかハンターしか道がありませんから」


一応、年長者ということで何とか場を持たせようと対話を試みる。

しかし、帰ってきたのは素っ気ない答え。会話はそこで終わってしまった。


──もともと、こういうのは自分の得意ではないのだ。

これまで親しくした相手なんて、姉と、陽菜と──そして昔も含めれば楓ぐらいだ。早々に諦めて、沈黙に甘んじることを決める。

陽菜の友達に呆れられるのは寂しいが、出来ないことはしょうがないだろう。


「あの……」


幸いにも、これまで沈黙していた双子の弟──湊が遠慮がちに口を開いた。


「涼花さんは、陽菜のことどう思っているんですか?」

「どう、って?」


予想外の質問。その意図が読めず困惑する。

自分には勿体無いぐらいの良い子だと思うが、そういう話ではないだろう。


「俺たち、陽菜には昔からすげー世話になってて……」


そう言って湊が語り始めたのは、涼花の知らない、陽菜の話。

これまで陽菜に、過去の話や孤児院での生活を聞いたことはなかった。

姉の元で裕福な暮らしをしていた自分に、そんなことを尋ねる権利はないと思っていた。


しかし語られる昔の陽菜は、ある種の想像通りの姿。

──献身的で、理知的で、それでいて勇敢な少女の話。

愛しい宝物を眺めるそんな語りに、どれだけ陽菜という少女が周りから愛されているかを実感する。


「楓さんから、涼花さんのバディは、その、凄い大変だって聞いて」

「あいつ……」


確かに楓には迷惑をかけてばかりだった。

大変、という言葉だけで済ませてくれれば、まだ優しい方だろう。

そして、ようやく湊が言いたいことを理解する。


「陽菜には、幸せになって欲しいんです」


陽菜の、幸せ。

陽菜といると不思議な安心感がある。

そして、陽菜には紛れもないハンターとしての才能がある。

この先、成長した彼女の力は間違いなく大きな助けになるだろう。

だが、それらは全て涼花の都合だ。


陽菜は確かに自分を慕ってくれていて、無茶にも付き合ってくれている。

だが、この先彼女を幸せにできるなんて、口が裂けても言えなかった。

そもそも、彼女が慕ってくれている理由すらわからないのだ。


「勿論、涼花さんが人々のために戦っているってことは、分かっています」


慰めのような言葉が、かえって後ろめたい。

──そんな、立派なものじゃない。ただ、周りの人に嫌われたくないだけ。

こんな自分を拾ってしまった姉に、育てて良かったと、そう思って貰いたいだけだ。


「俺らも実際、そんな涼花さんに救われた身で。でも、あんまり危険なことに陽菜を巻き込むのは……」

「うん、分かった。一回、ちゃんと考えてみる」


一度、ちゃんと陽菜の気持ちと向き合うべきだろう。

自分には何もないから一緒に居ようと、陽菜は以前そう言っていた。

でも、そんなの勘違いだ。陽菜の周りには、こんなにも彼女を愛する人がいる。

もし、昔の恩を引きずっているだけなら、彼女は歩む道を考え直すべきだろう。


「すみません、偉そうなこと言って」

「ううん、心配かけてごめんね。私も、陽菜には幸せになって欲しい、そう思ってる」


早速、陽菜が戻ったら、この二人も含めて話をすることを決める。

それで姉弟の心配事も少しは解決するだろう。そう、思っていた。


「何それ……」


後ろを歩いていた遥が立ち止まり、声を上げた。

振り返ると、彼女は俯いて何かを堪えるように震えていた。

湊も不思議そうに彼女の肩を揺する。


「遥……?」

「私は──!」


彼女が荒げた声を、鋭い笛の音が遮った。

短い音が3回。非常事態の合図だった。


§


「涼花!」

「楓、状況は!」


先行していた楓と陽菜が慌てて駆け降りてくる。

随分と急いで戻ってきたようで、楓の服は返り血で汚れていた。

その後ろには楓が連れてきた一団が続く。


「包囲されつつある。奴ら先回りして山中に陣を張っていたらしい」

「なんで、魔物がそんな動き……」

「エレナさんから聞いた時は半信半疑だったけど、魔物を操ってる奴がいる」


涼花の脳裏によぎるのは鬼やフレミアの存在。

統率の取れた魔物が、人間のような作戦を立てて襲撃してくるなんて、悪夢のようだった。

しかし、少なくとも包囲されているというのは事実なようで、あたりには悲鳴と怒号が響いていた。


「とにかく、囲まれる前に抜けるよ」

「抜けるって他の部隊はどうすんの!」


楓の部隊は、おそらくこの遠征の中でも優秀な者が集められている。

この状況でこの部隊が抜けたら、他の部隊の被害は計り知れない。


そう葛藤していると、舌打ちをした楓に、頭を抱き寄せられる。

額が合わさり、猫の瞳が、涼花を捕らえて放さない。


「よく聞きなさい、おばか。私が頼まれた仕事は、何があってもあんたを山頂まで送り届けること」


昔から、楓に叱られる時は、よくこうされていた。

いつだって正しいのは彼女で、自分は聞き分けのないお子様だった。

刷り込みのように、思考が冷静さを取り戻していく。


「これは私らが全滅するのが先か、あんたが奴らの頭を潰すのが先か、そういう勝負」


冗談のような軽い口調。しかし、そこには確かな覚悟が宿っていた。


「……分かった。全速で抜ける、案内して」


目を細めて笑う楓に、額を弾かれる。

追憶するだけだった、懐かしい仕草と、その笑み。


「涼花のくせに、私に指図なんて生意気」


こんな事態だけど、一瞬だけでも昔の友達だった頃に戻れた気がして、少し心が弾むのだった。

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