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第24話 常識

目的地である山頂に向けて、石や木材でできた足場を登っていく。

かつて人々はこの道を通り、こぞってこの山に登ったという。

魔物がいない時代とはいえ、何故昔の人々はこんな所を登りたがったのか、涼花には不思議でしょうがなかった。


「ここら辺はまだ安全そうね」

「まだ魔素も薄いし、しばらくは平気じゃないかな」


知り合い同士の方がいいということで、楓と、陽菜の幼馴染達を含めた5人で固まって動いていたが、空気は最悪だった。

会話は、時折投げかかられる楓の話に涼花が返答するだけ。

石を踏む音と、遠くで聞こえる他の部隊の声だけが、この場の気まずさをより一層際立たせていた。


「ちょっと前の様子見てくるから、涼花は待ってて」

「いいけど、1人で行くの?」


楓は目を細めて考えた後、にまりと笑った。


「そうだな、陽菜ちゃん、だっけ?着いてきてもらおうかな」

「はい、私は大丈夫ですけど……」


そう言って陽菜がこちらの様子を伺う。

そんなに不思議そうな目で見られても、楓の意図は涼花にも分からなかった。


「涼花の昔の話、聞きたくない?」

「ちょっと、楓」

「大丈夫、変な話はしないって。それに……陽菜ちゃんと私は、似たもの同士に見えるからさ」


陽菜が遠慮がちに、こちらと楓を見比べる。

助けを乞うように首を振ったが、陽菜は申し訳なさそうな顔をしつつも、楓の方に向き直った。


「えっと、じゃあ、よろしくお願いします」

「よっしゃ。それじゃ、ちょっと歩こっか。また後でね、涼花」


そう言って、楓と陽菜は先行して進んでいき、すぐにその姿は見えなくなった。

そして、残されたのは陽菜の幼馴染2人。もう本当に、勘弁して欲しかった。


§


陽菜は、涼花と幼馴染達を置いて、先行する楓の背中を追いかける。

涼花には申し訳なかったが、楓の話には非常に興味がある。

それに、今は幼馴染達と少し気まずいこともあり、その申し出はありがたかった。


「楓さんは、涼花さんの昔のバディなんですよね?」

「そう。ちょうど10年ぐらい前かな。同年代で張り合いがあるのは私ぐらいってことで、エレナさんが組ませてさ」


10年というと当然、自分が涼花と出会う前だ。

エレナを除いて、初めて出会った昔の涼花を知る人物。

懐かしむように目を細める楓の姿に、なぜかちくりと胸が痛んだ。


「あの頃のあいつはまだ可愛げがあったなぁ……結局、喧嘩ばっかりで5年ぐらいで別れたんだけどね」

「その、なんでバディを解消したのか、聞いてもいいですか?」


そう聞くと、楓はこちらを見定めるように観察する。

可愛らしい瞳の奥に秘められた強い意思──少し身がすくんだ。


「陽菜ちゃんはさ。あいつのこと、どう思ってるの?」


楓は陽菜の質問には答えなかった。代わりに返されたのは、酷く漠然とした問い。


「どう、というと……」

「なんで陽菜ちゃんみたいな子が、あんな奴と組んでるのかなって」


石を蹴りながら隣を歩く楓。

その批判的な口ぶりの意図が分からず、俯いて考え、楓の言葉を待つ。


「だってあいつ、馬鹿だし、しょっちゅう寝坊するし、脱いだ服は散らかすし……それに、すぐにメンタル病んで面倒くさいし」


待っていたのは、想像以上の言葉だった。

確かに涼花は抜けている所があるが、陽菜に言わせれば、そんなのは彼女の、表面的な話だ。──というか、そこがまたいいのに。この人は全く。

あまりの言い草に、反論しようと顔を上げる。しかし、すぐに言葉を失った。


「自分のことなんかどうでもよくて、良い子でいようって、そればっか。その癖、繊細で傷つきやすくて……一生懸命で、放っておけない。そんな、面倒くさいやつ」


露悪的な言葉とは裏腹な、まるで愛しい宝物を眺めるような、そんな眼差し。

それだけで、彼女が涼花との日々をどう思っていたのか理解してしまった。

似たもの同士──楓のその言葉の意味が、少し分かった気がした。


「あいつ、すぐ無茶するでしょ?馬鹿みたいに“良いこと”しようって」

「それは……」


それはきっと、涼花の言葉だ。

彼女と交わした2人で“良いこと”をしよう、という約束。きっと幼い涼花は、楓にも同じ話をしたのだろう。その事実に、酷く胸が苦しくなった。


「ああ、ごめん。不安にさせたい訳じゃないんだ。もう、私にはそんな権利はないからね」


楓がこちらを見て、慌てて言った。でも、やはり言葉の意味が分からない。

それに、今の自分がどんな表情をしているのかも、分からなかった。


「あー、なんていうかな……私も最初はね、無茶させないように、私が守るって、そんな感じだったんだけどさ」


楓が立ち止まって空を見上げる。

なんでもない事のように話す彼女のその横顔が、あまりに綺麗で胸が詰まった。


「参るよね、あいつ、どんどん強くなるんだもん。気づけば、私は足手纏いになってた」


諦めたような、今にも泣きそうな笑み。


「だから、陽菜ちゃん。あいつと一緒にいるなら、強くならなきゃ駄目だよ。これは、馬鹿な先輩からの忠告」


実感の籠った、重い言葉。陽菜にはよく理解できた。

涼花の歩みは早く、その背中は遠い。


「あとは、できれば、上手いこと危険から遠ざけてあげて。言ってること、分かる?」


ようやく、楓が伝えたいことが、なんとなく分かった。

放っておけば、涼花は死地へと向かう。

彼女と共にいたいと、そう願うなら。彼女の願いに力を貸すのなら──


「……手綱を握れと、そういうことですね」


追いかけるだけの、子供のままじゃいられない。

彼女に並び立ち、共に戦う相棒にならなくてはいけないのだ。

そして、何に替えても、死の誘惑から守り切ろう。

それが例え、彼女の望みではなかったとしても。


「良い子だね、陽菜ちゃんは。私は無理だったけど、陽菜ちゃんになら任せられる気がするよ」


そう言って少し寂しそうに笑う楓。

きっと、これを伝えるために、陽菜を連れ出してくれたのだろう。


「ありがとうございます。でも、どうして……」


どうして、彼女がここまで親身になってくれるのか、分からなかった。

自分なんて、楓にしてみれば気に食わないと思ってもおかしくないだろう。


「それは……」


少し照れ臭そうに、勿体ぶるように、楓は言葉を溜める。


「陽菜ちゃんも、好きなんでしょ?あいつのこと」

「はい……えぇっ!?」


──思考が固まる。今度こそ突拍子もない言葉に、意味がわからなかった。


好き。好き?誰が、誰を。

そりゃ、尊敬もしているし、傍にいたいと思うが、この話の流れで、まさか友人としてとか、そういう話ではないだろう。


「いやいや!私も涼花さんも、女同士ですよ!」

「昔は結構あったらしいよ。女同士でも色々と」


楓は平然とした顔で言い放つ。

優しい人だと思っていたが、まさか騙そうとしているのかと疑ってしまう。

それくらい、楓の言葉は陽菜の常識から、かけ離れていた。


「でも、そんなの、出生率とかどうするんですか?」

「そりゃ、今とは違って、人口なんて気にしてなかったんでしょ」


確かに、それもそうかもしれない。

昔は何億人と、今では信じられないような数の人類がいたらしい。

でも、本当に、女性同士で好き合うなんてことが、許されていたのだろうか。

そんなことが、それなら、私は──


「まあ、ともかく。あいつのこと、よろしくね」

「……はい。それは、勿論」


真剣なアドバイスと、突拍子もない価値観の提示。

陽菜の悩みは尽きることがなさそうだった。

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