第23話 旧友
久々の休暇はあっという間に過ぎた。
陽菜との修行や勉強会、料理の練習に古着屋巡り。
血生臭い日々から離れた穏やかな日常。
終わりを告げたのは、やはり姉からの招集であった。
「おー、集まってるね」
「凄い人数……みなさん今回の遠征組ですか」
陽菜との修行にも使っていた、コロニーの東に位置する高原。
そこは今や、ベテランから若手まで多数のハンターによって占拠されている。
少なく見積もっても100名は下らないその規模が、この作戦の重要性を物語っていた。
「鬼門山……よく考えたら不吉な名前ですね」
「文字通りみんなで鬼退治ってわけ。楽しみだね」
あたりを見渡せば、丘の上には天幕が貼られ、見覚えのあるギルドの精鋭たちが指示を飛ばしている光景が目に入った。
本来であれば、ここに藤堂達もいたのだろう。
自分などに心配されたくはないと思うが、彼女が今どうしているのか、少し気になった。
周囲を眺めながら歩いている内に天幕にたどり着いた。
顔馴染みの守衛に案内され簡素な会議室に入れば、地図と睨めっこをしている姉の姿があった。
「おはよ、エレナ」
「おはよう、ちゃんと起きてきたか」
「そりゃ、陽菜に起こして貰ったからね」
適当な椅子に腰をかけ、出された緑茶を飲みながら、姉と軽口を叩き合う。
かつてない規模の作戦だが、お互いに気負いはなかった。
「それで、今回は何すればいいの?山登りとしか聞いてないけど」
「ああ、そうだ。基本的に道中、お前は戦わなくていい」
「温存ってこと?でも山中は魔物だらけでしょ?」
今回の目的地は東の山──鬼門山の頂上と聞いていた。
そんな所を目指す理由を今更問いただすつもりはないが、それでも疑問は残る。
流石に道中の魔物がすんなり通してくれるとは思わなかった。
いくら戦い慣れしていようと、山中の魔物に囲まれ袋叩きにされればどうしようもない。
「だから、とっておきの護衛を用意した。お前もよく知っている奴だよ」
姉が意地の悪い笑みを浮かべる。非常に嫌な予感がした。
「え、それって」
「入っていいぞー」
基本的に人格が破綻している者が多いハンターの中で、護衛に長けている者などそう多くはない。
その上、凄腕で自分の知り合いとなれば、思い当たるのは1人だった。
「あー、私ちょっと、今日はお腹痛いかも……」
なんだか急に体調が悪くなったような気がする。
まだ早朝だが、もう既に帰って寝たい気分だった。
「相変わらず、逃げ癖は治ってないのね」
天幕の入り口から、聞きなれた、けれど久しぶりに聞く声がした。
受け入れたくなかったが、恐る恐る後ろを振り返る。
10名ほどのハンターの一団、その先頭に立つ女の面影には覚えがあった。
「げ」
「随分な挨拶じゃない。ばか涼花」
二つに結んだふわふわな薄茶の髪。小動物のような顔立ちはあの頃のままに、背は少し伸びただろうか。
髪と同じ薄茶の、猫のような愛らしい瞳。その瞳を細める仕草が、酷く懐かしい。
元バディにして、たった一人の友人──その筈だった、旧友。
「楓、なんで……」
「しょうがないでしょ、頼まれたんだから」
楓と組んでいたのは、陽菜と出会う前の話だ。
思い出されるのは、くだらないことで毎日のように喧嘩していた、懐かしい日々。
彼女に迷惑をかけては、いつも怒られていたように思う。
──死にたがりのお守りなんて、もううんざり。
そう言って自分の元から立ち去る彼女の姿が蘇る。
あの時の楓がどんな顔をしていたか、どうしてか思い出せなかった。
それっきり、すれ違うことは何度もあったが、お互いに不干渉を続けていた。
相変わらずの姉の意地の悪さに嘆息する。
自分と楓が喧嘩別れをしたことを知らないわけでもあるまい。
「それで、元気にやってたんでしょうね」
「え……ま、まあぼちぼち、かな。うん」
またあの頃のように怒られるのではと身構えたが、予想に反して柔らかい彼女の口調に拍子抜けしてしまう。
いや、お互いもう子供ではない。あの頃のように言い合う方が変だろう。
「いい?私たちは体が資本なんだからね。ちゃんと規則正しい生活して、三食ちゃんと食べなきゃ駄目よ」
──いや、訂正。あまり変わっていないのかもしれない。
「う、うん。最近は陽菜もいるし……あ、陽菜って言ってね、私の新しいバディなんだけど」
「ふぅん……」
陽菜を紹介しようと、隣に目線を向ける。
しかし、陽菜はこちらの話は聞いていなかったようで、天幕の入り口の方をただ見つめていた。
その視線の先には、楓とともに入ってきたハンターの集団。
その一角にいる、どこか見覚えのある少年と少女。
「陽菜、どうして」
「遥……」
似通った顔立ちの2人──記憶が正しければ双子の、陽菜の幼馴染。
ショックを受けたように言葉を失う2人と、気まずそうに俯く陽菜。
始まったばかりの大規模遠征。既に面倒事の予感を、ひしひしと感じていた。




