表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/45

第21話 衝動

涼花は再び大樹に接近し、その周りを飛び回る。

迫る枝葉を躱しながら、大樹を切りつけていくが、やはり効いている様子はない。

だがそれで構わない──重要なのは気を逸らすこと。


「何度やっても無駄ですわ!」


フレミアはまるで音楽団の指揮者のように大樹を操っている。

涼花はフレミアの動きを観察しながら、さらに深く踏み込み、大樹の懐に入り込んだ。


「血迷いましたの!」


フレミアが笑い、嬉々として腕を振り下ろす。

大樹がその巨大を使って涼花を押しつぶそうと、地面へ倒れ込んだ。


──しかし、それは涼花の狙い通り。

大樹に攻撃を仕掛けることなく、涼花はその元から飛び退いた。


「陽菜!」

「待ってました!」


合図を受けた陽菜が、倒れ込んだ大樹に向けて、何かを投げ入れる。

途端に大樹の枝葉から火の手が上がった。


「なっ、なんて野蛮な……!」


消毒用のアルコールと布を使った、即席の火炎瓶。

フレミアの表情が怒りに染まる。


「そんな小火、無駄ですの!」


確かにそれは、大樹の巨体に比べれば、小さな火種に過ぎなかった。

火をかき消すように大樹が暴れる。

しかし突如、ぱちぱちと、気泡が弾けるような音が連続して響いた。

燃える大樹の表面から、無数の気泡が湧き出し、あたりに雨上がりのような青臭い匂いが立ち込めた。


「な……」

「ばいばい」


涼花が指を鳴らすと同時、不自然に火の手が大きくなり──大爆発を引き起こした。


§


あたりには水蒸気が立ち込め、天高く舞上げられた大樹の残骸が降り注ぐ。


「何が……!」


陽菜も驚いたようで、爆風から身を庇いながらも、その光景を眺めていた。


「うぅ……」


爆風によって、大樹の元から派手に吹き飛ばされたフレミアが、呆然と身を起こす。

ふらつきながら地面に手をつくその姿は、隙だらけであった。

懐まで距離を詰めた涼花が、フレミアの右腕を斬り飛ばす。


「いっ……!」


そして、短い悲鳴を上げる彼女の腹を、容赦なく蹴り飛ばした。

大きく弾き飛ばされたフレミアが地面に転がる。


「右腕、これでおあいこ。そろそろ降伏したら?」


倒れ伏すフレミアに、一応降伏を呼びかける。

フレミアは右肩を押さえつけて、こちらを睨みつけた。


「なんの真似ですの……」

「いや、まあ殺すのも可哀想かなって」


フレミアはこちらを殺すつもりだった。当然、彼女は殺されても文句は言えないだろう。

しかし、一応フレミアとは意思疎通ができる。

それに、この少女を殺すところを、陽菜に見られるのは嫌だった。


願わくば、このまま無抵抗に降伏を。しかしその考えは甘かったらしい。

俯いたまま、ゆっくりとフレミアが立ち上がる。


「また綺麗事を……あなたたちは、人間は、どうして」


顔を上げたフレミアに、涼花は息を呑む。

少女の瞳には果てしない憤怒が渦巻いており、血の涙が溢れ出していた。


「わたくしの姉様を──殺したくせに!」


悲鳴のような、泣き声のような、慟哭。

周囲から黒い靄が集まり、鮮やかな黄色の髪には黒が混じっていく。

美しい花園を無遠慮に踏み潰すような、冒涜的な光景だった。

渦巻く魔素の中、俯く少女の額から伸びる2本の歪な角が酷く痛々しい。


「死ね」


フレミアが涼花を指差す。

莫大な量の魔素による奔流が襲いかかるが、涼花は動けない。

憎悪と悲嘆に支配されたフレミアの姿から、目が離せなかった。


「涼花さん……っ!」


魔素に飲まれる直前、横合いから飛び込んできた影に突き飛ばされた。

地面を転がり、慌てて顔を上げると、そこには魔素の渦に飲まれる陽菜の姿。

やがて魔素はその体への吸い込まれ、陽菜は地面へと倒れ込んだ。


「陽菜っ……!」


我に帰った涼花は慌てて駆け寄り、その体を揺する。しかし反応はなかった。


「無駄ですわ。もう手遅れですの。綺麗事なんて捨てて、本性を見せてくださいまし!」

「なっ……!」


涼花の顔が蒼白に染まる。

ゆっくりと身を起こし、虚な目でこちらを見下ろす陽菜の姿に、あの日の桃華が重なった。

恐怖か、憎悪か。涼花には陽菜の衝動が予想できなかった。

憎悪に囚われた陽菜に殺されるならまだいい。

しかし、もし陽菜が恐怖に呑まれてしまったら。

そう考えるだけで、全身が凍りついたように動かない。


陽菜は虚な目のまま、両手を涼花に向けてゆっくりと伸ばす。涼花は目を瞑った。

──ああ、この子に殺されるなら。


抵抗せず、されるがまま陽菜に押し倒される。

陽菜の顔が首元に近づいてきて、吐息が少し擽ったかった。

皮肉なもので、それはいつか自分が鬼にした殺し方と同じ。

きっと化物の最後には、丁度いいのだろう。


涼花は目を閉じてその時を待つ。陽菜の口が近づいてきて──


──かぷり、と涼花の首を噛んだ。


「えっ……ちょっ、いたっ……!」


想像していた衝撃も、肉を裂く激痛もない。

ただ、小さな歯がちくりと皮膚に食い込む、くすぐったいような感触。


涼花は身を捩るが、陽菜は止まらない。

そのまま無言であむあむと、涼花の首を噛み続けた。


「ちょっと……!くすぐったいって!」

「な、何をしてますの……!」


遠くで目を白黒とさせているフレミアの姿が目に入る。

訳のわからない状況に、頭が沸騰しそうであった。


「ごめんっ!陽菜……!」

「きゅぅ……」


あまりにの羞恥に耐えきれず、陽菜のうなじを叩き、昏倒させる。

あたりに気まずい沈黙が落ちる。涼花は咳払いした。


「ふ、ふん。残念だったね。陽菜に、そんな醜い衝動はないってさ」

「なんですの……それ……」


少し震えた涼花の言葉。フレミアは呆然とするが、すぐにその表情が憤怒に染まる。


「とことん──気に入りませんわ!」

「そう。でも、それは私も一緒」


陽菜をそっと地面に寝かしつけ、ゆっくりと立ち上がる。

もう、彼女を殺す理由は十分だった。それに今なら、陽菜の目もない。


「もう、容赦しないから」

「何を……」


──そうだ、何を怖がっていたのだろう。

陽菜は4年も一緒にいて、こんな自分の居場所になると、そう言ってくれたのだ。

よく知らない誰かを重ねて、決めつけてしまうなんて最低だった。


涼花はゆっくりとフレミアの方に歩いていく。


「このっ……!」


フレミアが涼花に向かって腕を振り下ろす。

地面から現れた無数の蕾型の魔物が、涼花へと襲いかかる。

──しかし、それらは涼花に届く寸前で、凍りつき動きを止めていた。


「なっ……」


陽菜がこうまで自分を慕ってくれる理由は分からない。

でも、もう大丈夫だ。誰から疎まれ、化物と言われても。

ただ一つ、帰る場所があるなら。


フレミアの目の前で立ち止まる涼花。気づけば、周囲には霜が降りていた。


「ねえさ──」


涼花の刀が、フレミアの胸を貫いた。


§


あたり一面に広がる福寿草の花園。

凍えるようにして横たわる少女の胸からは、夥しい量の血が流れていた。

少女は呆然とした眼差しで涼花を見上げる。


「なんで……」

「ごめんね……おやすみ」


涼花は無慈悲に、少女の首を斬り落とす。

少女の体は黄色の光へと変わり、天へと昇っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ