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第16話 覚悟

時は少し遡り、数ヶ月前。涼花が地下鉄から帰還した翌日。

その日もエレナは代表室で、涼花と向かい合っていた。


珍しく目元を腫らした妹を前に、エレナは言葉を探す。

昨日、夜遅くにエレナの元を訪れたのは、妹が世話になっている少女。

大まかな経緯は彼女から聞いていたが、詳しい事情は妹本人に聞かねばならなかった。


「それで、どうだった」

「綾乃さんと花田さんは……助けられなかった」

「っ……そうか」


死者二名。予想よりも大きな被害に、思わず目を見開く。

藤堂たちの実力はよく知っていた。

見積もりが甘かったのか、それとも敵が想定を上回ったのか。

だが、いずれにしても妹の責任ではない。

責任があるとすれば、代表として送り出した自分の責任だった。


「桃華と藤堂は帰ってこれたけど、藤堂は左腕を……」

「あいつ……」


藤堂のことは、それこそ彼女が十にもならない内から知っている。

可愛らしい少女であったが、いつからか青年のように振る舞い、何かに取り憑かれたように剣を振るうようになってしまった。

原因がおそらく自分だということもあり、対応に迷っていた所で今回の事態。

エレナには、彼女の心が折れないことを祈ることしかできなかった。


「お前は、平気か?」

「私は、うん。ちょっと足を怪我したけど、もう治った」


涼花は瞼を閉じ、少しの逡巡ののちに答える。

そこに特に無理をしている様子はない。だが心配なのは、その精神のほうだ。


ハンターとしての妹の実力に疑いはない。

だが──親の愛情というものを知らない影響だろうか。

涼花はすっかり強くなったが、その精神には幼い部分が多く残っていた。

自分も戦い方を教えるばかりで、忙しいことを言い訳に、保護者らしいことは何一つしてやれなかった。


「それもあるが、色々と、あっただろう?」

「あー……うん、それも平気。陽菜がいてくれたから」


涼花はまだ赤みの残った目元を細め、柔らかく微笑んだ。

──妹のこんな表情を見るのはいつぶりだろうか。


「そりゃ、よかった。今度、礼を言っとかないとな」


エレナが戦い方を教え始めてすぐに、妹はその才能の片鱗を見せ始めた。

やがて、10歳を過ぎる頃には、そこらのハンターを凌駕するほどに。

だが、過ぎた才能は反感を買う。

その目を引く外見もあり、やがて彼女は孤立していった。


涼花は気丈に振る舞っていたが、まだ幼い妹が周囲からの視線に何も思わなかった筈がない。

ギルドの代表たる自分が身内のために介入するわけにもいかず──いや、これも言い訳だろう。

結局自分も、妹の才能を受け止めきれなかっただけだ。


だからこそ、妹に懐いてくれている陽菜の存在を嬉しく思う。

今後は彼女が妹とバディを組むと報告を受けた。

これからは彼女が、危うい所のある妹を見守ってくれるだろう。

流石に、一緒に住む許可をくれと言い出したことには驚いたが。


どこか気恥ずかしそうにする涼花の表情。

妹の珍しい様子をしばらく眺めていてもよかったが、自分はギルドの代表なのだ。

いつまでもこうしている訳にはいかなかった。


「それで、地下鉄の様子は?」

「魔物も多かったし、魔素も尋常じゃなかった。それで──」


それは想定通りであり、だからこそ妹だけでなく腕の立つ藤堂を送った。

だが、何が起きて死者2名という結果になったのか。妹の言葉を待つ。


「角の生えた魔物に遭遇した」

「なっ……!」


思いがけない一言に、エレナは立ち上がっていた。

心臓がうるさいほど脈打ち、頭の奥がずきずきと痛む。

喉の震えを押さえつけ、声を絞り出す。


「……他には」

「え?」

「他には、どんな特徴があった」


怪訝そうな表情をした妹が少し考え込む。


「他……角が生えてるだけで後は人型に近かったと思うけど。ほら、絵本に出てくる鬼みたいな」


全身から力が抜ける。

──最悪の事態ではない。深く息を吐き、ソファに腰を下ろした。


「そう、か。それで、そいつはどうした」

「殺してきたよ」


場合によっては自分が戦わなくてはいけなくなる、そう思っての質問だった。

しかし、妹は何でもないことのように、勝利を告げる。


「そうか……勝ったのか」

「そこそこ危なかったけどね」


"そこそこ"なんて物ではない。

死者二名──犠牲になった者には申し訳ないが、それはむしろ軽い被害だ。

場合によっては数百、或いは数千という単位で人が死ぬ。


「……ねぇ、エレナ。何か知ってるの?」

「知らないと言えば、嘘になる。ただ、教えることは、できないな」


あからさまな態度だったせいか、妹に探りを入れられてしまう。

だが、教える訳にはいかない。特に妹にだけは。


「なにそれ……」

「そういう約束でね。すまんが、分かってくれ」


突き放すような答えに、妹の表情に影が差す。

自分の不甲斐なさに、胸が痛んだ。それでも。


すべてを打ち明け、その身を抱きしめられたら。

なんて、そんなの今更だ。自分はとうに覚悟を、生き方を決めている。


──自分は、姉である前にギルドの代表で、そして、人類の英雄だ。

英雄として、勝利のためなら全てを捧げる。

それが、妹を戦いの道に追いやってしまった愚かな姉の、せめてもの罪滅ぼしだ。

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