閑話 ひとめぼれ
遠くで響いた友人の悲鳴を聞いて、少女は顔を上げた。
あたり一面の雪景色。眼前には鼻息を荒げて迫りくる化物。
──間抜けな顔だな。
そんな場違いな感想が脳裏をよぎるのを、どこか他人事のように感じていた。
時間が極限まで引き伸ばされる中で、ただ漠然と、終わるんだな、と思う。
死への恐怖も、生への未練も感じられない。
その無感動こそが、自分の人生を象徴しているようで、少女は少しばかりの寂寥感を覚える。
少女は孤児だった。
生まれて間もないところを拾われ、10年間、両親の顔も知らないまま、孤児院で育てられた。
自分の生い立ちを知ると、皆一様に同情の眼を向ける。
しかし、幸福とは言い難い環境かもしれないが、決して不幸ではなかった。
両親の顔は知らないが、大人たちは皆優しく、境遇を共にする友人もいた。
──けれど、心の奥にはずっと空虚があった。いつも何かが欠けている気がした。
自分の居場所はここではない。
そんな漠然とした焦燥感が、日常の影についてまわる。
だから、どうせ空っぽの人生だ。
このまま終わってしまっても、それほど悪くはない。
──せめて痛くありませんように、と。目を瞑り、訪れるはずの瞬間を待つ。
だが、いつまで経っても、終わりはやってこなかった。
おそるおそる目を開ける。
まず目に入るのは、今にも自分を殺さんとする化物。
その姿は、まるで時間ごと止められたように、凍りついていた。
遠くでは、友人たちが安堵の声をあげているのが見えた。
そして、少女の視線は自然と、こちらに歩み寄る存在へと引き寄せられる。
白銀の世界を染め上げる、深い、深い、濡れ羽色の髪。
夜空を閉じ込めたような瞳に、吸い込まれるような錯覚を覚えた。
彫刻の如く整ったその容貌は、どこか造り物めいていて、それでも温かかった。
「間に合って、よかった」
そう言って、小さく笑う。その声が、仕草が、少女の奥深くに焼きついた。
まるで、生まれたばかりの雛鳥のように。
その名もまだ知らない。
けれど、雪の中に立つその存在は、間違いなく、少女の運命だった。




