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第14話 あなたの、居場所に

コロニーの南西部に位置する、少し古びた赤い屋根の一軒家。

カーテンの隙間から差し込んだ温かな光に照らされ、女が目を開ける。


世にも珍しい、澄んだ星空を閉じ込めたような瞳。

肩口で切り揃えた黒髪に包まれた、不健康なほどに白い肌。

女は曖昧な意識のまま、しばらく虚空を見つめる。


寝すぎたせいか、身体が重たかった。しかし不思議と痛みや不快な物は感じない。

心地のいい倦怠感を引きずるようにして上体を起こす。


そのまま辺りを見渡して、言葉を失った。

──まるで自身を捕まえて離さないように、腰にしがみついて眠る少女がいた。


「え……?」

「んー……おはようございます。涼花さん」


少女は寝ぼけ眼を擦り、瞼を薄く開いて涼花を見つめる。


「なんで陽菜が一緒に寝てるの……??」


§


日はすっかり天頂に登り、窓の外からは人々の営みで賑わう音が聞こえてくる。

涼花は、食卓に色とりどりの料理が並べられていくのをぼんやりと眺めていた。

並べられた好物の香りに空腹の胃が小さく音をたてる。

しかし、料理の事を考えている余裕などなかった。


──昨日。なにか、物凄く恥ずかしいことを言った気がする。

寝起きから覚醒してしばらく、段々と記憶がはっきりとしてきた。

地下鉄から街に戻った後、ヤケになって路地裏で、それから──


「ね、ねぇ、陽菜。昨日って私、どうやって帰ってきたんだっけ……」


軽く探りを入れると、陽菜は料理を並べる手を止めた。


「昨日は私が背負って帰ってきたんですよ。もう、あんな所で倒れてたら危ないんですからね」

「へ、へぇ〜。陽菜ってば、意外と力持ちなんだね」


自分は大人としては小柄な方だが、まだ成長期である陽菜よりはひと回りほど大きい。

それを背負って帰ってきたという、意外な膂力に驚くが──いや、そういう話ではない。


「そ、その、陽菜?昨日、私なんか恥ずかしいこと言ってなかった?あんまり、覚えてないっていうか、その、ちょっと混乱してたっていうか」


つらつらと、歯切れ悪く言葉を重ねていると、近づいてきた陽菜に手を取られる。

陽菜の顔が、瞳が、近い。


「恥ずかしいことなんて、何も。私は涼花さんを尊敬してますから」


向けられるその真っ直ぐな瞳と言葉。思わず顔が熱くなるのを感じた。


「そ、そう?そりゃ照れちゃうな。あは、あはは」


逃げるように離れ、火照った顔を扇ぎながら、乾いた笑いを繰り返す。

今自分がどんな表情をしているのか、それすらよく分からなかった。

こういう時は、話題を変えるべきだろう。


「あ〜、そういえば今日って平日だよね。寺院のお仕事、大丈夫なの?」

「はい、大丈夫です。寺院のお仕事は辞めてきました」


話題を逸らした先は無難な世間話。帰ってきたのは思いもよらぬ返答だった。


「……え?」

「私、ハンターになることにしたんです」


絶句する涼花に構わず陽菜は続ける。


「ようやく私のやりたいことがはっきりと分かったんです。負担をかけてしまう先輩方には少し申し訳ないですが……でもしょうがないですね。これは、私の人生ですから」


どこか吹っ切れた様子の陽菜。その有無を言わせぬ口調に、思わずたじろぐ。


「ハンターって、でも、危ないし……そもそも陽菜、戦えるの……?」

「まずはサポーターとして頑張れれば、と。私、怪我の手当てに関しては、自身があるんです」


陽菜は食器を置いて、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。


「とはいえ、危険な目に遭う可能性はあります。でも、しょうがないですよね。これが、私のやりたいことですから」


いつの間にか目の前まで近づいていた少女の迫力に、涼花は唾を飲み込む。


「どこかに、私を守ってくれる、凄腕のハンター様が居ればいいのですが……」


これは、脅しだ。陽菜の意思は固い。

少しでも彼女の危険を減らすには、どうしたらいいか。答えはひとつだった。

──だが、それでも、この子にすら、見捨てられてしまったら、自分は。


「あ……」


ふわりと、柔らかい香りに包まれる。

その体温が直に胸に伝わってくるようで、心からの安らぎを覚えてしまう。


「大丈夫ですよ。私には何もないですから。私は、涼花さんだけなんです。決して、離れたりしませんよ」


そんな筈はない。陽菜には友人もいるし、寺院では頼りにされている。

それに、優しいこの子ならどこに行っても歓迎されるだろう。

だが、彼女の言葉と体温からは、嘘偽りない言葉であることが、不思議と伝わってきて。


「陽菜も、なの……?」

「はい。ですから、二人で一緒にいましょう?私が、あなたの、居場所になりますから」


その言葉に、また胸が詰まってしまう。

どうしてこの子は、こんなにも真っ直ぐ気持ちを伝えられるのか。


「……うん。わかった。私は、絶対陽菜を守るって、約束する」


遠慮がちに、陽菜を抱きしめ返す。

その温もりは、ずっと探し求めてきた物で、自分だけの居場所だった。



しばらくして陽菜は身を離した。

大人びた表情が少し幼気なそれに変わり、こちらを遠慮がちに見やる。

──まだ何か伝えたいことがあるのだろうか。


「それでですね、寺院の仕事をいきなり辞めると言ったら、少し怒られてしまって」

「……うん」

「教会を追い出されてしまったので、今日からここに住もうと思うんです」

「……うん?」


今度こそ涼花は絶句した。陽菜は涼花の手を取り、畳み掛ける。


「エレナさんには許可をいただいて来ました。これからは毎日でも、涼花さんのお好きな料理を作ります!どうですか、涼花さん!」


期待に満ちた眼差しで自分を見つめる翡翠色。

それに囚われてしまったら、涼花の返事なんて決まっているのだった。

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