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第1話 天啓

初めて魔物を殺した時のことは、今でも鮮明に覚えている。


始まりは姉の頼みだった。

姉といっても、血の繋がりはない。私を拾い、女手一つで育ててくれた人。


姉は高名な人物であり、人々の先導者であった。

誰もが今日の食事にありつくのも精一杯で、明日生きられるかも分からない、そんな社会。孤児など珍しくもなかった。

だが、幸運にも姉に拾われた私は、日に三度の食事と暖かい寝床を手に入れた。


高潔で、責任感があり、荒廃した社会の中にあって燦然と輝く太陽のような人。

誰もが姉に敬意を向け、英雄と呼んだ。

ひとたび姉が剣を振るえば、何百という命が救われた。

治安の悪化は深刻で争い事も絶えなかったが、姉が仲裁に入れば全てが丸く収まった。


幼い私が姉のようになりたいと思うのに、時間はかからなかった。

動機が憧れだったのか、何もできずに庇護を受けることへの罪悪感だったのか定かではないが、とにかく姉の真似をしたがった。


最初のうちは言葉もろくに話せないこともあり、失敗ばかりだった。

次第に日常会話程度であればできるようになり、周囲の大人の手伝いだけでなく、揉め事を見れば仲裁しようと首を突っ込んだ。

しかし、そのどれもが上手くいかなかった。


それも当然だろう。

十にもならない子供に出来る手伝いなんて、たかが知れている。

揉め事の仲裁にしても、姉の庇護のもと何の苦労も知らない子供の言葉など、誰に響くはずもない。

根本的に、自分の性格があまりよくないと気づいたのもこの辺りだった。


それでも姉と暮らす日々は、幸せだった。

今思えば、姉の苦労は計りしれないものだっただろう。

昼は人々の代表として剣を取り、夜は読み書きや常識など、生きるための知恵を私に与えた。

狭い布団で姉の温もりに包まれながら絵本を読み聞かせてもらう時間が、何よりの楽しみだった。


しかしそれも長くは続かなかった。

姉の太陽のような笑顔は、やがて翳りを見せていった。

元々、限界があったのだ。何万という命は、一人の肩には重すぎた。


人々は姉に盲目的な信仰と理想を押し付けるようになっていく。

そして彼等は決まって、私を育てることに酷く反対した。

孤児なんて、孤児院にでも預けて、復興に専念して欲しいと。


まあ、それも彼等にしてみれば当然だろう。

限られたリソースの中で、出自も知れず、言葉もろくに話せない子供が、英雄の手を煩わせている。

私も、姉のお荷物にすぎなかった。


劣等感と罪悪感が募る日々。そんなある日、姉は私に魔物の討伐を頼んだ。

どこか疲れたような、泣き出しそうな、そんな姉の表情が印象的だった。

思えば姉に何かを頼まれるなんて、これが初めてだった。


剣を取ったことなんてなかったけれど、それでも頼られたことへの緊張と、隠しきれない喜びの中、幼い私は意気揚々と姉とともに森へ赴いた。

そして、一匹の魔物を殺した。


まだ幼いオークだった。

腹をナイフで貫いてやれば、最初は身を捩り抵抗していたが、次第に動きが緩慢になり、最後には私を睨みつけたまま動かなくなった。

何もかも上手くできない私だけど、魔物を殺す才能はあったらしい。


命を奪う罪悪感と、それが霞むほどの圧倒的な達成感。

その瞬間、私は天啓を得た。

魔物を殺せば、人の役に立てる。

魔物から人を助ければ、良い人でいられる。

そうして私は魔物を殺すことに没頭していくことになる。


もう、10年以上も昔の話だ。

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