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出発

天上界には天使がいる。天上界は地面も空も真っ白である。そこはまるで雪化粧をした一面の銀世界である。天上界と天国は別物だが、天使は天国の霊魂と通信する能力を持っている。

 天使は今もどこかで誰か苦しい想いをしていたりつらい悩みを抱えていたりする人がいたらその人たちに対して手を差し伸べてくれている。下界の不幸せな人を幸せにすることこそは天使の仕事でもあり喜びでもある。天使はそれで給料をもらえる訳ではなくてもいつでも下界の皆の幸せを願ってくれている。

なにより、天使は楽しそうにしている者や幸せそうにしている者を見るのが大好きなのである。天使はとてもやさしいという訳である。天使は生まれつきのやさしさを身につけている。

天使は人を幸せにすると何度か言ってしまったが、正確に言うと、それは少し違っている。下界には人間界だけではなく昆虫界や動物界というものも存在するので、天使はそういった人間以外の生き物の幸せも願っている。天使はもちろん願っているだけではなくて動物や昆虫のことまでも幸せにしてくれている。ようはそれもまた天使の喜びの一つなのである。天使はとことんやさしさに満ち溢れている。

 もし、天使が本当にいるのなら、人はひょっとしたら悪魔もいるのかと思うかもしれないが、それは間違っている。世の中には悪魔や死神といったものは存在しない。死神や悪魔は人が生み出した想像の産物に過ぎない。世の中は神や天使だけが見守っていてくれている。

 そればかりか、実は地獄でさえも人間が作り出した想像の産物に過ぎない。ただし、天国での待遇は生前の行いで違ってくるし、堕天使というものは存在しているので、その点は注意が必要である。

 ここでは天使の特徴を述べておくことにする。外面で言うと、天使の頭の上には天使の輪が浮かんでいるし、天使には羽があので、天使は空を飛べる。天使と人間の外面の大きな違いはその二つくらいである。

 天使と人間には内面にも大きな特徴がある。天使は尿意や便意を催さないし、天使はそもそも食事をしない。ただし、眠りに就くところは天使も人間と同じである。

冒頭では『天上界には天使がいる』と言ったが、天上界の住民は天使だけではない。天上界には他にも神や妖精が住んでいる。そもそも、天使は神から仕事をもらって日々の生活をしている。

実のところ、神様とて下界の森羅万象に通じている訳ではない。ようは何人もの神様が管轄を決めて下界のことをいつも見守ってくれているという訳である。妖精は特別な力で天使を助けたり天使の話し相手になってくれたりもする。妖精は人型のものや動物型のものや物体型のものが存在する。詳しいことはあとで述べることになるから、妖精の話はこのくらいにしておくことにする。


ここにはエフィという一人の天使がいる。天使は皆が女の子なので、エフィは当然のことながら女の子である。エフィはやさしくて正義感もあるとても穏やかな気質の天使である。

ただし、エフィは一つの問題を抱えている。性格は特に暗い訳ではないのだが、エフィは口下手と怖がりな一面が災いし、エフィにはこれといった友達が一人もいないのである。

友達は欲しくない訳ではないので、一応はエフィも他の天使に対して話しかけるのだが、エフィはどうしても傷つくのが怖くて親しい友達を作ることができないでいる。自分のこととはいえ、エフィは困ったものだと常々思っている。エフィは友達がいなくても、気配りはできるのである。

話は変わるが、エフィは学校に通っている。天使は生まれると5~10年間は学校に通うことになる。天使は不死身である。しかし、天使と下界の住民との差は激しいため、天使は今も増え続けている。

学校へと通う年はどうしてアバウトなのかというと、その理由はどのくらいの期間スパンを学校に通うかは天使の自由裁量になっているからである。慎重な性格のエフィは学校に通ってから今年で10年目である。つまり、エフィはもう間もなく独り立ちするという訳である。

エフィは今日も聖ミカエル学校に通っているが、今はお休みの時間である。そのため、エフィは図書館に向かった。天使の友達がいないので、今のエフィにとっては本が休み時間の友達なのである。

「かわいいエフィ」ある一人の女性はエフィのことを呼び止めた。「もし、エフィは急ぎでないのなら、私とお話をしない? それとも、エフィはもうすぐ卒業だから、今は忙しいのかしら?」

「こんにちは」エフィは挨拶をした。「ボナ様のご要望とあれば、私はもちろんいつでもボナ様とお話をさせて頂きます」エフィはそう言うと歩みを止めた。エフィは腰が低いのである。

 ボナというのは聖ミカエル学校で一番に偉い女神のことである。エフィはなぜそんな大物と知り合いなのかというと、ボナはいつも友達のいないエフィの話し相手をしてくれるからである。

 エフィとボナはベンチを見つけて腰を下ろした。エフィよりはさすがに大きいが、女神のボナは目を瞠るほどに巨大という訳ではない。身長は他の神様も似たり寄ったりである。

「エフィはもうすぐ天使としての仕事をするのかと思うと私もうれしいわ。エフィはいつでも成績が優秀だったから、私はエフィに期待をしているのよ。期待をしているだけではなくてもちろん困ったことがあれば、私はいつでもエフィのことを助けるつもりだけどね」ボナはやさしく言った。

「ありがとうございます。ボナ様は私のお母さまみたいです。ああ。あの、天使にはお母さんはいないので、私は『下界の人たちのお母さんはこんな感じなのかな』って思っちゃっただけなんです。私は勝手なことを言ってしまってごめんなさい」エフィはしどろもどろになってしまっている。

「ふふふ」ボナは微笑んだ。「そんなことは別にいいのよ。エフィのことは私も娘のようにして想っているからね」ボナはいつでも抱擁感のある女神なのである。エフィは顔を赤くしている。

「ところで」ボナは言った。「エフェはお勉強でわからないことはない? 今なら、エフィは遠慮なくそのことを私に聞いてくれてもいいのよ」ボナはやさしさを見せた。エフィはすぐに応じた。

「はい。それではお言葉に甘えさせてもらいます。これはテキストの事例にあったのですが、天使はどうして死刑囚の元にも現れるのですか? それはもちろんすばらしいことだと思いますが、どうせなら、妖精はその人が天国に来てから救済すればいいのではありませんか? 私は死刑という制度には反対ですが、死刑囚は間もなく昇天してしまうのですから、人手不足の天上界にとってはその方が利益になるのではありませんか?」エフィは正論を述べた。天国は人型の妖精によって管轄されているのである。

「エフィはやっぱり論理的な思考がしっかりとできるのね。でもね」ボナはエフィを見た。

「本来」ボナは話を続けた。「下界には誰も幸せにできない人がいないのと同じようにして存在していてはいけない人というのもいないのよ。だから、天使が死刑囚の心を救うことに意義はあるの。エフィの言うとおり、その人は死んでしまうのだから、それは無意味だという意見もあるかもしれないわね。それでも、天使による魂の救済が成功すれば、その死刑囚は周りにいる他の囚人や看守に影響を与えることができるし、あるいは謝罪の手紙を被害者やその遺族に対して心を込めて書けば、その気持ちはその人によって被害を受けた人に届くかもしれないでしょう? 人は憎んで怒るけど、天使はいつも清らかでやさしくないといけないのよ。エフィはどんな人にも差別をしないでやさしくどんな人にも救いの手を差し伸べるということを忘れないでね」ボナは女神の微笑みを見せながら教え諭すようにして言った。ボナはさすがに神様だけあってエフィからの難問もすらすらと即答をしている。エフィは応じた。

「はい。わかりました。天使は人の心を救う時に損得の感情を表に出してはいけないのですね。私は今のボナ様の言葉をこれからも肝に銘じておこうと思います。ボナ様はまるで歩くテキストですね。って」

「あわわ」エフィは慌てた。「ごめんなさい。私はつい調子に乗ってしまいました。ボナ様は神様なのだから、ボナ様が正しいのは当然でした」小心者のエフィは少し取り乱したような感じである。

「いいえ。天上界の神の一人一人は一部の下界の人達が思い描いているようにして全知全能という訳でもないから、私にだって欠点の一つや二つはあるのよ」ボナはそう言って微笑みを見せた。当然と言うべきか、エフィは慌てて今のボナのセリフを否定した。エフィは本当にボナのことを尊敬しているのである。エフィとボナはその後もお話をした。専らはボナが話の主導権を握っていたので、エフィは聞き役に回った。ボナと別れた後のエフィは図書館で本を読んで講義のある教室に向かった。

時々は他の天使から気軽に話しかけてもらえる時もあるが、エフィはいつも教室に入るとより一層の孤独感に捉えられてしまうことになる。やがては講義が終わると、エフィは家に帰る前にラファエル公園に寄った。天使にだって息抜きをする時くらいはあるので、天上界には公園に限らず、スポーツ・ジムやコンサート会場や音楽室といったものも存在している。今回のエフィはとにかく公園にやって来た。

今のラファエル公園にはエフィの他にも三人の天使が戯れていた。しかし、エフィの特等席はちゃんと空いていた。エフィはブランコに乗って遊ぶのが大好きなのである。

多感なエフィは下界の仕事のことに思いを馳せながらブランコを漕ぎ出した。エフィはその内に疲れたので、一旦はブランコをお休みすることにした。すると、エフィの背後には忍び寄る影があった。

「おっす!」ルシフェルという名の天使はエフィに対して話しかけてきた。「元気している? あなたは昨日もここでブランコを漕いでいたよね? あなたはよっぽどブランコが好きなんだね?」ルシフェルはエフィのことを見つめている。エフィの方はなんとはなしに「はい」と答えた。

「って」エフィは我に返った。「あわわ、私は私物みたいにしてブランコを占拠してしまってごめんなさい。私はすぐにいなくなります。さようなら」エフィはそう言うと一目散にこの場を去ろうとした。

「ちょっと待ちなよ」ルシフェルは高飛車に言った。「あたしはこの公園の管理人じゃないし、あなたのブランコの使い過ぎを咎めに来た訳じゃないんだからね。あなたは少しあたしの話し相手になってくれない? あたしはちょうど退屈していたんだよね。あたしはルシフェルって言うの。あなたは?」

「私はエフィです。ですが、ルシフェルさんはどうせ私なんかとお話をしてもおもしろくなんてないと思いますけど」エフィは相も変わらずに卑屈である。ルシフェルはその反応をおもしろがっている。

「って」エフィは再び我に返った。「えー! あの『炎天使』のルシフェルさんがどうしてこんなところにいらっしゃるのですか?」今のエフィは多少のパニックになっている。

「あわわ」エフィは失言に気づいた。「いえ。ルシフェルさんは別にこちらにいらっしゃってはダメという訳ではないのですが、私なんかとルシフェルさんでお話なんてことは滅相もないです」

『炎天使』とは天使レベルの階級の一つである。天使は実績を残すことによって『下→中→上』というようにしてレベルが上がって行くことになる。『下』の中には『梅天使』→『竹天使』→『松天使』という階級がある。『中』の中には『銅天使』→『銀天使』→『金天使』という階級がある。『上』の中には『炎天使』→『風天使』→『光天使』という階級がある。もしも、エフィは聖ミカエル学校を卒業すれば、その時は自動的に『下』の『梅天使』の階級を貰い受けることになるのである。

「エフィは滅茶苦茶にパニックになっているな。あたしは『炎天使』といったって別に大したことはないよ。あたしはけっこう庶民的だよ。一度なんかは天使同士のケンカを止める時にうっかりと暴言を吐いて堕天使になったことがあるからね。あの時は我ながらバカなことをしたなって思ってるし、今では深く反省しているよ。あはは」ルシフェルは思い出し笑いをしている。ルシフェルの性格は陽気なのである。

 天上界には『神の掟』というものがある。もしも『神の掟』を破ってしまうと、天使は堕天使になって職を失って仕事に復帰したとしても、階級は一つ下げられてしまうことになる。

 『神の掟』に抵触する悪行はいじめやケンカや暴力や暴言や悪質な裏切りなどといったものである。大抵の『神の掟』はやさしさから懸け離れた行為を罰するものである。もしも、天使は堕天使になると神様の判決によってそれなりの自由を束縛されてみっちりとやさしさに関する講義を受ける毎日を送ることになる。堕天使になる恐れは天使に悪事をさせない抑止力になっているのである。

「あわわ」エフィは動揺をしている。「ルシフェルさんは堕天使になったことがあるという経歴はともかくとしても、実は暴言を吐いたことがあるなんて知らなかった。ルシフェルさんは超凶暴な天使さんだったんだ。そうだ。私は用事を思い出した。失礼します」お臆病なエフィはそう言うと再び逃げ出そうとした。ところが、エフィは簡単にルシフェルによってむんずと掴まれてしまった。

「あたしはなにもエフィのことを取って食おうとしている訳じゃないから、エフィはとりあえず安心してよ。それに、あたしは堕天使になった経緯についても反省をしているって言ったでしょう? 今ではそんなあたしも更生しているんだから、エフィはこんなにお淑やかな天使を捕まえて超凶暴だなんて心外よ。そんな下らないことよりも、あたしたちはもっときちんとしたお話をしようよ。ねえ。ここにいるということはエフィは聖ミカエル学校の学生でしょう? それなら、エフィはボナ様とお話をしたことはある?」ルシフェルは聞いた。エフィは『ボナ』という固有名詞を聞いて態度を和らげた。

「はい。ボナ様は私の尊敬している女神様です。私は今日もボナ様とお話をさせてもらいました。ボナ様はいつも一人ぼっちの私のことを気にかけて下さるんです」エフィは主張した。

「へえ。そうだったの。でも、それは奇遇だね。ボナ様のことはあたしも尊敬をしているの。ボナ様はあたしが堕天使になった時もあたしのことを見捨てないでしっかりと面倒を見てくれたからね。これこそは本当の捨てる神あれば 拾う神もありっていうやつだね? ボナ様のいいところはなんといっても天使や妖精がどんな失敗をしても怒らないところだからね」ルシフェルはボナのことを思い浮かべながら感慨深げにして言った。エフィはボナのことをよく知っていて尊敬もしているルシフェルの話に引き込まれた。

「ボナ様は学校長を務めながらも数々の天使の師をしていて『怒りは別の怒りを呼ぶことになる。愛情は別の愛情を呼ぶことになる』というのをモットーにしているんですよね。私はいつかボナ様の感心するような仕事ができたらなって思っているんです。ルシフェルさんはもちろんボナ様に認められるようなお仕事をいくつもやってのけておられますけどね。って」エフィは言葉につまった。

「あわわ」エフィは慌てている。「私はボナ様の話題がうれしくてつい調子に乗って上から目線になってしまいました。ごめんなさい。さようなら」エフィは逃亡しようとした。

「ちょっと待った!」ルシフェルは呼び止めた。「そのピンチになると、逃亡しようとするのは止めてくれないかな? あたしはお淑やかなんだから、あたしたちはもっと落ち着いて話をしようよ。話を戻すと、エフィはボナ様に認められたいっていうことだったね? 一冊とはいっても、あたしは自分の実績についての本も書いたから、少しはボナ様に認められているかもしれないね。エフィはあたしの本のことを知っている?」ルシフェルは問いかけた。エフィはベンチに座り直してルシフェルの話を聞いている。

エフィはすでに逃亡することを諦めている。つまり、エフィはルシフェルに対して心を許しかけているということである。ルシフェルは意外とエフィを懐柔できている。

「はい。ルシフェルさんの本は聖ミカエル学校の三号館にある資料室で読ませて頂きました。ルシフェルさんの本は天上界でもあそこでしか読めないレアものと聞いたので、読ませてもらいましたが、私は内容にも感動をしました。『当然の慈悲』事件からは特に私も多くのことを学ばせてもらいました」エフィは目を輝かせている。エフィは実を言うとルシフェルのことを出逢う前から尊敬していたのである。

「そっか。それはうれしい限りだね。あの事件はあたしの仕事を代表するものだから、あたしは今でもよかったなって思っているよ」ルシフェルはしみじみとした口調で言った。

 『当然の慈悲』事件とは人が怖くて働きには行けないが、小説は書けるという青年をどのようにしてルシフェルが救ったのかという事件のことである。無職であることについては青年にも働きたいという気持ちがあったので、ルシフェルはまず『物体開口』により、青年は悪くないということを伝えた。

全ての天使は学校を卒業すると下界の生き物や物体に対して10の特殊能力を使うことができるようになる。それらは『テン・シリーズ』と言って『物体開口』はその中の一つである。

 話を戻すと、例の青年は友人も知人もいなくてぬいぐるみをかわいがっていたので、ルシフェルはそのぬいぐるみに青年に対して言うメッセージを喋らせた。ぼくはいつまでもエールを送るから、働きに行くのは別にいつになってもいいというメッセージである。気の弱い青年は小説を発表する勇気も出なかったのだが、そちらは『時空移動』によってルシフェルが問題を解決して見せた。

ここではもっと詳しく言うと、ルシフェルはタイム・スリップによって大きな挫折を味わった有名な作曲家の人生を青年に対して垣間見せたのである。青年の心はそれらによって大きく救われることになった。

この話の骨子は気の弱い青年の尻を叩いて無理に働かせたり根性のなさを叱咤したりするのではなくてその欠点をルシフェルがやさしく受け入れたところにある。ルシフェルはそれを『当然の慈悲』だと主張したので、女神のボナはそれを受けるとルシフェルに対して文句なしの合格点を与えることになったという次第である。今は違うが、当時のルシフェルの担当の神様はボナだったのである。

「私は聖ミカエル学校の生徒ですが、出身はルシフェルさんも聖ミカエル学校なんですよね? 今のルシフェルさんはどちらでお仕事をされているのですか?」エフィは勇気を出して聞いた。

「今は天地っていう惑星のリグーン国よ。リグーン国はいい国だから、いつかはエフィとも肩を並べて仕事ができるようになるといいね? エフィはどこで仕事をしているの?」ルシフェルは訊ねた。

「私はまだ学生なんです。ですが、学校は三日後に卒業することになっています。学校は10年も通いましたが、仕事は本当にこんな私にもきちんとこなせるのか、今はとても不安です」

「あわわ」エフィはまたもや挙動不審になった。「私は会ったばかりのルシフェルさんに愚痴を聞かせてしまってどうもすみません」エフィは平謝りをしている。

「いや。そんなことは別にいいよ。あたしはエフィの本音を聞けてよかったからね。エフィはやさしそうだから、そこはなんとかなるでしょう。仮に、なんとかならなくても、あたしはエフィの相談役になるよ」ルシフェルは寛大である。エフィはそれを受けると心から感動したくらいである。

 その後のルシフェルはエフィの卒業祝いをするという提案をした。普段はここから離れた場所で仕事をしているが、今はこの母校のあるあたりに滞在をしているので、休暇中のルシフェルには時間的な余裕があったのである。回復力は遥かに人間よりも早いが、疲れることは天使もあるという訳である。

友達のいないエフィにとっては卒業を祝ってもらえるというルシフェルの提案は信じられないようなものだったが、ルシフェルはせっかくやさしくしてくれたので、エフィは卒業式が終わったあとに近くの音楽室でルシフェルと再会することを約した。ルシフェルはそれで十分に満足をしてくれた。

 エフィはルシフェルと別れて家に帰ることになった。その帰路のエフィは知り合いが増えてルンルンとした気分だった。エフィはこれからの自分がどんな恐怖を味わうのかも知らずにである。


 その三日後である。この日はエフィが聖ミカエル学校を卒業する日であってなおかつある一つの事件が勃発する日でもある。それはいい事件ではなくてよくない事件である。

 友達のいないエフィは聖ミカエル学校に到着すると例によって例の如く他の天使と雑談を交わすこともなく卒業式が行われる体育館へと向かった。エフィはなんとなく寂しそうである。

人間はもしかすると天上界にも体育館があるのかと思うかもしれないが、体育館は天上界にも実際にある。ただし、天上界の体育館は授業に使うのではなくて学生の休み時間に『小天使』がインドア・テニスやバスケット・ボールなどをやるためにある。『小天使』とはちなみに学生の天使のことである。

 外からなら、エフィはこの体育館を眺めたことはあるが、聖ミカエル学校には10年も在学していたのにも関わらず、体育館は一度も利用したことがない。独りぼっちのエフィにはスポーツを一緒にやる相手はいないし、体育館で遊んでいる小天使のグループに対して仲間に入れてくれるように言う勇気もなかったからである。とはいっても、エフィは少し走っただけでも疲れてしまうので、運動神経はあまりよくないし、スポーツはどうしてもやってみたいという訳でもなかった。

 話を戻すと『小天使』の卒業式は粛々と行われた。今年の聖ミカエル学校の卒業者はおよそ100名である。この式には学校長も兼任している女神のボナも出席していたので、エフィは最後まで真剣な気持ちで式に臨んだ。エフィは卒業式が終わると卒業証書を持ってルシフェルの待つ音楽室へと早速に向かうことにした。校内では『小天使』を卒業した天使たちが楽しげにしていたので、エフィは少し寂しく思ったが、それはいつものことなので、とりあえずは早く学校を出てしまうことにした。

 エフィは早歩きで校内を歩いていると一人の妖精が『ポヨン・ポヨン!』と飛び跳ねてエフィの方へとやって来た。飛び跳ねていることからもわかるとおり、彼は人型ではなくて物体型の妖精である。

「みんな!」その妖精は言った。「ビッグ・ニュースだてぃ! 三号館は火事で焼けているてぃ! 火事場の皆は大急ぎで妖精を呼んできてほしいと言っているてぃ!」妖精は一人で大騒ぎをしている。彼はポポと言う名の妖精である。先程は物体型の妖精と言ったが、さらに詳しく言うと、ポポはマシュマロ型の妖精でまっ白くてふわふわとしている。ポポの大きさは横が26センチくらいである。つまり、ポポは大きなマシュマロなのである。エフィは見ただけでもそのことには気づいた。

いくらかの天使は現場を見に行くために駆け出した。しかし、野次馬根性のないエフィはルシフェルのところへ急ごうとした。ところが、エフィはその時にあることを思い出した。

 聖ミカエル学校の三号館はルシフェルが書いた世界で一冊だけの本が保管されている場所である。エフィはルシフェルの著作を助け出すために聖ミカエル学校の三号館へと向かった。

ルシフェルの本がある資料室はもしかしたら無事かもしれないとエフィは思ったが、それはエフィが現場に到着すると儚い願望だということがわかった。資料室は三階にあるのだが、三号館はなんと二階と三階がメラメラと燃えていたのである。つまり、ルシフェルの本は大ピンチである。

 しかし、エフィは戸惑うことなく三階にふんわりと向かった。天使は飛べるので、エフィは直接に三階へと向かった。窓は開いていたので、エフィは三号館の侵入に成功をした。

「わー!」エフィの頭の上からはなぜか声がした。「熱いてぃ! 焼けちゃうてぃ! だけど、ぽくは正義の味方だから、逃げることは決してしないてぃ!」声は妙に威勢がいい。

さすがにしゃべり方でわかるかもしれないが、声の主は先程のポポである。ポポは驚くべきことにもちゃっかりとエフィの天使の輪の上に乗っかっていた。

「わあ!」エフィは仰天した。「びっくりした! 私の頭の上にいつの間にか変なのが乗っている!」エフィは言った。ポポはエフィの頭の上でふんぞり返っている。

「あわわ」エフィはようやく自分の失言に気がついた。「ごめんなさい。私は口が滑っちゃった。でも、マシュマロさんはどうしてこんなところについてきちゃったの?」エフィは聞いた。

エフィは質問をしながらもルシフェルの本のあるところへと向かっている。エフィは問題の本のある場所をきちんと把握している。ポポは相も変わらずに太々しい態度のまま言った。

「それはもちろんぽくの正義感がとても強いからだてぃ。ぽくは変なのじゃなくてポポだてぃ。よろしくてぃ。『小天使』さんはこんな火事場に何をしにきたてぃ? 火遊びをしたら、危ないてぃよ」ポポはとんちんかんなことを言っている。エフィはそれでもつっこみを入れずにルシフェルの本を取りに来たのだと説明をした。すると、ポポは手分けをして探すことを提案したが、上記のとおり、場所はすでにわかっているので、エフィはそれをやんわりと否定をした。ポポは勝手に拍子抜けしている。

 という訳なので、エフィはついにルシフェルの本を手にすることに成功した。ルシフェルの本は幸い少しも焼けてはいなかった。これこそは本当の不幸中の幸いである。

「やった!」エフィは歓喜した。「あとは帰るだけだ! あれ?」エフィは頓狂な声を上げた。エフィとポポはいつの間にか炎に囲まれてしまっていたのである。これはまさしく最悪の状況である。

「あわわ」エフィはパニックに陥った。「大変だ! ただでさえも、私達は熱気と煙で気を失いそうなのに、逃げ場までもなくなったら、あとは焼け死ぬのを待つだけだ。私はやっぱり分不相応なまねなんてするんじゃなかった。私達はもうダメだ」エフィはそう言うとへたり込んでしまった。エフィは完全に意気消沈している。しかし、ポポはエフィと違って勇気凛々としていた。

「心配はいらないてぃ!」ポポは自信に満ち溢れている。「ぽくはこういう時のためについているんだてぃ! こんな状況は妖精のぽくにかかれば、ちょちょいのちょいで打開できるてぃ!」

ポポのセリフを聞くと、エフィは安心した。なぜなら、天上界の妖精は瞬間移動や空間移動の能力を持っているからである。妖精は他にも物を作ったり火や風を操ったりもできるのである。だから、先程のポポは妖精に来てくれるようにと要請をしていたのである。つまり、この火事は消防隊員ではなくて妖精が消火活動にあたるという訳である。妖精は水も操れるのである。ポポは気合いを入れ直した。

「それじゃあ、ぽくたちは瞬間移動をするてぃよ! ああ。そうだ。忘れていたけど、ぽくは頭が悪くて劣っているから、空間移動や瞬間移動はできなかったんだてぃ。ごめんなさいてぃ」

「そうなんだ。それじゃあ、ポポさんはできなくてもしょうがないね」エフィは笑顔になった。

「って」エフィは絶望した。「今はそういう感じのギャグはいらないよ。私は自業自得だけど、ポポさんはこのままだと犬死だよ。私はとにかくなにか策を考えないと」エフィは思考モードに入った。これこそは今を生き残るための最後の抵抗である。ポポは生まれつき能力が低くてうまく力が発揮できないので、さっきのポポが言っていたセリフは事実である。

ポポは現に『熱いてぃ!』とか『焼けちゃうてぃ!』と言って騒いでいるだけでもはや役に立てそうにない。それでも、今は自分だけではなくてポポの命もかかっているということを忘れずにいるとエフィには名案が思い浮かんだ。鍵はエフィが手にしている卒業証書である。しかし、エフィはその方法を取ると『神の掟』に抵触してしまうかもしれないので、エフィには堕天使になる可能性があった。とはいっても、エフィはすでに卒業を祝うというルシフェルとの約束を反故にしてしまっている。

そのため、自分は『神の掟』の裏切りにはその点でも相当するかもしれないとエフィは思った。エフィはどう考えても卒業証書を使ったある作戦を使用した方がいいと判断をした。エフィとポポの二人はその大技によって炎に囲まれたこの状況を打開した。エフィとポポは九死に一生を得たのである。


 エフィは聖ミカエル学校の火事騒ぎがあったあとから自分の家で脅えていた。超えてはいけない線を越えてしまったので、自分の処分はどうなってしまうのだろうかとエフィは心配しているのである。

 エフィがそんな感じでそわそわしていると、手紙のボックスから音がした。大抵の天使の家には手紙を入れるボックスがあって手紙を書いて中に入れると宛先の家や施設に届くようになっている。

エフィは手紙を取り出した。その手紙は女神のボナからの呼び出しであるということがわかった。そのため、エフィは早速『神の聖域』でもあるボナの住居へと向かった。

エフィの家からボナの邸宅まではおよそ10分で到着できる。エフィは目的地に到着すると応接間でボナと対面することになった。ボナの隣にはエフィと同じようにして呼び出されたポポがいた。

「かわいそうなエフィはそんなに暗い顔をしなくてもいいのよ。話は私もここにいるポポから聞いているけど、エフィはなにも悪いことをしていないでしょう? 賢いエフィはもちろん『神の掟』に抵触することもないし」ボナはやさしい口調で言った。ボナは神様だけあって気分の浮き沈みがないのである。

「え?」エフィはきょとんとした。「ですが、私はルシフェルさんとの約束を破ってしまったし、卒業証書の能力を使って勝手に下界へ行ってしまいました」エフィは悲痛な面持ちで言った。ポポは同様にして悲しそうである。天使は卒業証書に書いてある呪文を唱えると下界で旅行をすることができる。エフィとポポはそのようにしてあの火事場から脱出を計っていた。

しかし、天使は『神の掟』で旅行をする前には神様からの許可を得ないといけないことになっている。つまり、天使は卒業証書の能力を使う許可を得ないで下界に行くことを禁止されているので、その規則を破ったエフィは堕天使になる可能性があるという訳である。

「そうね。普通なら、エフィは確かに違反行為を犯していることになるけど、エフィが下界へと下りたことは緊急事態だったから、私は不問に付してもいいと思っているの。それから、エフィはルシフェルとの約束を破ってしまったことだけど、それはルシフェルのことを思いやったからこそのやさしい想いに端を発した行動だったのだから、私にはそれも罰することはできないわ。裏切りと言っても『神の掟』の裏切りは悪質なものを罰するものだからね。先刻はとても怖い思いをしたのにも関わらず、エフィはよくがんばったわね」ボナはやさしく言った。ボナは相変わらずの度量の広さを垣間見せた。

「ありがとうございます。いつものとおり、ボナ様はおやさしいので、私は感無量です。そう言えば、出火の原因はなんだったのですか?」エフィは少し立ち直って聞いた。

「あの時は三号館でどうやら妖精が悪戯をしていたらしいのだけど、出火の原因はその時の火の不始末みたいね。それは私が『神の目』で見たから、間違いはないわ」ボナは穏やかな口調で言った。

 『神の目』とはその場所で起きた過去の出来事を見通すことができるという神様の能力のことを指している。それは神様がいる限りほぼ間違いなく天上界での犯罪行為はバレることになるということも意味している。だから、天上界の治安はこの上なくいいのである。ボナは話を続けている。

「今では犯人も捕まったし、消火活動も終わったから、三号館の建物も妖精たちの力で修復されるのは時間の問題よ。それで? エフィは人間界に行って何をしていたの? それはまだポポにも聞いていなかったのよ」ボナは問いかけた。それは最もボナが気になっていたことである。

「正直に申し上げると、私達は人間界では何もしていませんでした。着いたところはどこかの公園だったのですが、人間の子供たちはまだ学校に行っている時間だったので、そこにはあまり人はいらっしゃいませんでした。もしも、たくさんの人がいらっしゃったら、私は怖くて逃げ出していたかもしれません。ああ。ですが、男性の老人はポポに興味を持ったので、ポポは私のお気に入りのぬいぐるみだということで通しました。私はそれ以上の追及をされないようにそそくさとポポを連れて離れたベンチに行ってしまいました。そのご老人には申し訳なかったのですが、私はあまり嘘をつくのが得意ではないので、それ以上は根掘り葉掘り素性を聞かれないためには仕方がありませんでした」エフィは完全に小さくなってしまっている。天使は人間界に行くと人間と同じ姿になるので、その点は問題なかった。とはいっても、天使の飛行の能力はそのままである。エフィは恐縮しているが、ボナはやはりどこまでもやさしかった。

「エフィは少しずつ成長して行けばいいのよ。エフィはこれから下界でのお仕事が始まることだしね。私はそのためにポポにも協力してもらおうと思っているの」ボナは穏やかに言った。

「ぽくはエフィのお友達になるてぃ。ぽくは妖精の中でも落ちこぼれだから、実はお友達がいなかったんだてぃ。だけど、ぽくは火事の件でエフィとお友達になったから、エフィとはこれからもお友達になりたいてぃ。ぽくはエフィが下界でのお仕事をする時に愚痴を言いたかったりつらいことがあったりしたら、その時はなんでもそのお話を聞くてぃ。それとも、ぽくはなんの超能力も使えないから、エフィは嫌てぃ?」ポポは聞いた。妖精のポポは天使のエフィと友達になることを心から望んでいる。

「ううん。そんなことはないよ。友達は私にもいなかったから、私はとてもうれしい。ポポさんはやさしそうだから、私は安心できそう」これはとても臆病なエフィらしい発言である。

「エフィは『さん』づけでなくてもいいてぃよ。ぽくもエフィとはお友達になれてとってもうれしいてぃよ。ぽくは頭が悪いけど、正義感の強さはいつでも売りにしているてぃ」ポポは誇らしげである。

「ポポの長所の一つは性格に裏と表のないところよ。話はうまくまとまってよかったわ。これからはエフィとポポで助け合って困難を乗り越えて行くのよ。もっとも、私もいつだってエフィの相談役にはなるけどね。さあ、エフィには用事があるでしょう? 私からの話は以上だから、エフィは堂々とした態度で行ってらっしゃい」ボナはまたもや女神の微笑みを見せた。エフィはぺこりと頭を垂れた。

 という訳なので、エフィとポポはボナに対して挨拶をするとこの場を辞した。ポポはもう眠くなってしまっていた。そのため、ポポはエフィに対して暇を告げると自分の家に帰ることにした。

ポポの家とはいっても、そこは他の妖精たちも住んでいる大きな建物の中にあるホールのことだが、そこではポポのお気に入りのもふもふしたおふとんが待っているのである。

 エフィはポポとも別れると行きつけのラファエル公園に足を運んだ。ルシフェルは本当にいるかどうかはわからないが、ボナが暗示していたとおり、エフィはルシフェルに会いにやって来た。

 エフィはラファエル公園に到着すると、ルシフェルはジャングル・ジムの上で尊大に居座っているのを確認することができた。ルシフェルは心地よい風に吹かれて気持ちがよさそうである。

「あわわ」エフィは慌てふためいている。「ルシフェルさんは本当にいらっしゃった。どうしよう? とりあえずは謝らないと天使としては失格だ。ルシフェルさんはせっかく私の卒業祝いをしてくれるとおっしゃって下さったのに、私はそれを破ってしまってどうもすみませんでした。ごめんなさい」エフィはそう言うと深々と頭を下げた。ルシフェルは羽を使ってふんわりとジャングル・ジムから降りて来た。エフィは怯えきってしまっている。ルシフェルは『ぐす』と鼻をすすった。

「そんなことはいいんだよ。エフィとはほんの少ししか話をしたことがなかったけど、あたしはエフィが時間になっても約束の場所にこなかった時にはなにかのトラブルに巻き込まれたんじゃないかってすぐに思ったよ。エフィは心のやさしい天使だものね。エフィは実際にここに来ても言い訳をせずに謝罪の言葉しか述べていないものね。事故についてはあたしも知っているよ。エフィはあたしの本を守ってくれたんでしょう? どうもありがとう」ルシフェルはそう言うと『ええん』と泣きべそをかいてしまった。ルシフェルは気の強い性格をしていても 情には脆くて意外と泣き虫なのである。ルシフェルからは身振りでベンチに座ろうと言われたので、エフィはルシフェルと一緒にベンチの方へと向かった。

「あわわ」エフィは挙動不審になった。「私はルシフェルさんを泣かしちゃった。どうしてだろう? 私がルシフェルさんの本を守ったことは当然のことだと思います」エフィは真剣である。

「だって」エフィは続けた。「私はルシフェルさんのことを友達だと思って」エフィは言いかけた。

「あわわ」エフィは慌てた。「私はとんでもないことを口にしそうになっちゃった。ポポとお友達になれたから、私は気が大きくなっているのかもしれない」エフィは多大なエネルギーを使っている。

「とにかく」エフィは言った。「私はルシフェルさんのことが好きだから、ルシフェルさんの役に立ちたかったんです」エフィは真剣な顔をしている。エフィの言霊には心が籠っている。

「えーん」ルシフェルは情緒不安定である。「エフィはなんていい子なの? 間違いないよ。あたしとエフィは友達だよ。天使は一緒にいた時間が長くないと友達になれないなんていう決まりはないんだよ。ぐす。それと、あたしはなんで泣いているかって?」ルシフェルは聞き返した。

「もちろん」ルシフェルはまだ泣いている。「それは感動しているからだよ」

「そうだったんですか。私はてっきり私に約束をすっぽかされて悲しいから、ルシフェルさんは泣かれているのかと思ってしまいました。私は友達がいなくてあまり他の天使とお話をしたことがないから、他の天使の気持ちを察することが苦手なんです」エフィは正直である。

「あわわ」エフィは困っている。「こんなことを言ったら、ルシフェルさんから折角の『友達』宣言を取り消されちゃうかもしれない。そうだ。私はルシフェルさんとお友達になれたんだ。私はすごくうれしいです。そう言えば、ルシフェルさんの本はここにはないんです。人間界に行った後は聖ミカエル学校の校門に帰ってきたので、私はルシフェルさんの本をその時に先生に渡してきちゃいました。ですが、ルシフェルさんの本はどこも焼けてなかったので、ルシフェルさんは安心して下さい」エフィはそう言うとルシフェルの返答を恐る恐る待った。エフィはちょっとしゃべりすぎたかなと思ったからである。ルシフェルは『ぐす』と未だに泣きじゃくっている。この場は静かな空気で満たされた。

「うん。エフィは本当にありがとう。でもね。なによりも、大事なことはエフィが無事に帰って来てくれたことだよ。もし、エフィがあたしの本を守ろうとして焼死をしていたら、あたしは完全に絶望をしていただろうからね。エフィは生きていてくれてありがとう。そうだ。あたしからは感謝の意を込めて歌を歌わせてくれない?あたしはけっこう音楽が好きなんだよね」ルシフェルは持ちかけた。エフィは素直にルシフェルの歌を聞かせてもらうことにした。ところが、これは大した天使の歌声だった。

 ルシフェルは一生懸命に歌っているのだが、その歌声は何分にもかなりの音痴なのである。しかも、ルシフェルはそのことに全く気づいていない。しかし、その気持ちはうれしかったので、エフィは最後までルシフェルの歌を聞いていた。ルシフェルの歌は音痴でも、エフィは感動をしている。

「まあ、あたしの歌はざっとこんなものよ。それにしても、さすがはエフィだね。あたしの歌を最後まで聞いてくれる天使は珍しいよ。なぜかは知らないけど、皆はあたしの歌を聞くと用事を思い出しちゃうらしいんだよね。まあ、あたしの歌は天使の記憶力を刺激するっていうことなのかもしれないけどね。エフィはあたしの歌に満足してくれた?」ルシフェルは目を輝かせて聞いた。

「はい。ルシフェルさんの歌声はとっても独創的だったので、私は胸が一杯になりました。ルシフェルさんは素敵な贈り物をありがとうございます。それにしても、ルシフェルさんはどうして私なんかに声をかけてくれたのですか? 私にはそれがとても不思議なんです。私はずっと独りぼっちだったから、あの時はルシフェルさんに声をかけてもらえて本当にうれしかったんです」エフィは心を込めて質問を発した。

「そっか。エフィはそう思ってくれると私もうれしいよ。あたしはなんでエフィに声をかけたかって?」「理由は簡単だよ」ルシフェルは続けた。「エフィはかわいくてすごくやさしそうだったからだよ。エフィは実際にピュアでやさしい子だったから、あたしの目に狂いはなかったっていう訳だよ」

「いいことを教えてあげようか?」ルシフェルはエフィのことを見つめた。「大抵の天使っていうのは皆がやさしいから、エフィは他の天使にやさしくして上げると必ず相手の天使もエフィにやさしく接してくれるようになるんだよ。第一歩は大変かもしれないけど、エフィはそれを忘れないでね」ルシフェルは言った。ルシフェルは元々男勝りでもあってなおかつ姉ご肌でもある。

「わかりました。私はルシフェルさんのそのお言葉を忘れません。かわいいと言えば、実は私にもかわいいお友達ができたんです」エフィはポポのことを頭に思い浮かべている。

「あわわ」エフィは照れている。「今の発言はちょっと恥ずかしい」

「ふふふ」ルシフェルはもう泣いてはいない。「エフィは恥ずかしがらないでよ。エフィって本当にピュアなんだね。お友達っていうのはポポのことでしょう? 話はボナ様から聞いているよ。ポポは有名な子だしね」ルシフェルは楽しげである。エフィはほっぺたを赤らめて俯いている。

 補足の説明をしておくと、ポポは障害者として妖精の中でも有名なのである。そのため、一度は話にあったとおり、ポポは瞬間移動や物作りができないのである。ルシフェルはこの時点でエフィとポポが最高のコンビになることを確信している。エフィとポポには確かに欠けている部分もあるが、エフィとポポは二人で協力をするとそれを補う能力があることを知っているからである。

「天使にとって人や動物や昆虫を助けて行く上で重要になってくるのはやさしさだよ。エフィはもう十分にやさしさを持っているでしょう?」ルシフェルは言葉を切ってエフィを見た。

「そして」ルシフェルは続けた。「エフィはこれからもっともっと成長して行くことになる。エフィは必ず天使として名を上げることになると思うよ」ルシフェルはまじめに言った。

「はい。私の夢は『光天使』になることですから、私は普通の天使と同じことをしていたのではいけないと思っているんです」エフィは意気込みを述べた。ルシフェルは笑顔である。

「あわわ」エフィは動揺している。「ルシフェルさんから友達って言われたから、私はつい大口を叩いちゃった。ごめんなさい」エフィはすっかりと恐縮しきってしまっている。ルシフェルはそんなエフィを見ると『ふふふ』と笑顔を零した。エフィはかわいそうな程に小さくなっている。

「謝らないの」ルシフェルはエフィの頭を撫でた。「っていうか、エフィの『あわわ』って超受けるんだけど」ルシフェルはエフィのことを軽く小バカにしている。

「エフィは本当にやさしくてかわいい子だね」ルシフェルはここで一転してまじめな顔になった。「私はエフィと出逢えてよかったよ」ルシフェルはやさしく微笑んだ。

「ありがとうございます。ですが、私はやさしくなんてありません。それに、私はもっともっと強くもならないといけないんです。私は人間界に降りた時に男性のご老人に話かけられたのですが、実は怖くなってしまって二言三言の話をしただけでその場を離れてしまったんです。あの方はきっととても傷ついてしまったのではないでしょうか? 私は自分が傷つけられることには慣れていますが、他人を傷つけることには慣れていないんです」エフィは悲しそうな顔をしながら後悔を口にした。

「大丈夫だよ」ルシフェルは励ました。「エフィは今の自分にできるベストを尽くしたんでしょう? それなら、今はそれでいいんだよ。それでも、エフィは納得ができないなら、反省はしても、後悔はしないっていう言葉を噛み締めてみてごらん。うわ!」ルシフェルはエフィの顔色を窺って声を上げた。

エフィはルシフェルの言葉に感動して号泣していたのである。ルシフェルは無言でエフィの肩を抱いて頭を撫でてあげた。エフィは頬を赤らめているが、実のところは安心感を覚えている。

「とにかくさ」ルシフェルは言った。「エフィのバックにはボナ様とポポだけじゃなくてあたしもついているんだから、エフィにはこれから何があっても大丈夫だよ。心配はなにもいらない。エフィは少しずつ少しずつ成長していけばいいんだよ」ルシフェルは言った。ルシフェルは図らずもボナと同じようなセリフを口にしている。ボナはかつてルシフェルの担当の神様だったからである。

「ありがとうございます。私はルシフェルさんのおかげでとても安心することができました」エフィはまだ涙を流しながらも言った。エフィはすでにルシフェルのことが大好きになっている。

「そっか。それなら、あたしはうれしいよ。エフィは覚えておいてね。人間もそうだけど、天使には誰も幸せにできない天使なんていないんだよ。今のあたしはエフィとお話をしただけで幸せな気持ちになれたから、エフィはあたしを幸せにしてくれたんだよ」ルシフェルは真剣な顔をしている。

「そうですか?」エフィは聞き返した。「ですが、ルシフェルさんは私の話し相手になってくれてありがとうございます」エフィはつぶらな瞳をしている。ルシフェルは笑顔になった。エフィはつられて微笑んだ。その後のルシフェルはエフィにハグをしてエフィとお別れした。ルシフェルはエフィと再会することを約束することも忘れなかった。エフィはというとしばらく公園にいて涙を流し続けた。

夕方の公園には天使はエフィの他にはいなかったので、エフィは結果的に誰かに声をかけられることはなかった。ボナという恩人はいても今まで友達のいなかったエフィにとってルシフェルやポポの存在はそれ程に大きかったのである。つまり、エフィはうれし泣きをしている訳である。

エフィはとても感受性の豊かな天使である。エフィは泣きその上で虫なので、泣きたい時には涙が枯れるまで泣いてもいいということを知っている。涙を流すと、気持ちがすっきりするからである。涙を流すとストレスの発散にもなる。エフィの本当の天使としての出発の準備はついに整ったので、エフィの仕事は期待と不安を抱えてここから本格的にスタートする。自分の奏でる愛の旋律を待ち詫びている人はたくさんいるとエフィは信じて健気に一生懸命にがんばって行くつもりである。

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