私なんかが魔法少女でいいんスか?
「ひゃー! あっちーなー」
私は工藤みさき。いたって普通の女子高生だ。
普通に学校に通って、友達も普通にいるし、陽キャとも陰キャとも言い難い普通の性格だ。
成績も平均的だし、何かが特別得意とか苦手とか、そういうのは無い。
本当に目立たないほどの普通な女子高生だ。
ある日、下校中に、見慣れないものを発見した。
「なにこれ? 猫をデフォったぬい……?」
そこには、クレーンゲームとかで手に入りそうな、両掌に収まりそうなサイズの丸っこくて可愛らしい二頭身のぬいぐるみが落ちていた。
(ふーん。小学生とかが落としたのか)
対して考えもせずに、持ち主が現れたら分かりやすいように、少し高めの所に置こうとそのぬいぐるみを拾った。
その時、ぬいぐるみに違和感を覚えた。
(あれ……? このぬい、なんか熱くない? いや、真夏のアスファルトに落ちてたから当然か。って、このぬいちょっと重い……中に何か入ってるのかな? いや、よく見たら耳の部分がちょっとに動いてる!? 何これ生きてるの?)
疑問を頭の中に巡らせていると、ぬいぐるみの口部分から微かに声が漏れた。
「あ……つい……」
その声に私は硬直した。
「ぬいが喋ったああああああ!?」
あまりの衝撃に、自分でも驚くほどの大きな声がその喉から発せられた。
「みず……くれませんか……?」
え? 水? ぬいが? いや喋ってる時点でぬいじゃないことは確定なんだけど……なんで水?
「麦茶しかないけど……これ」
私は、ぬいにペットボトルを渡した。
キャップがちょうどぬいの口とピッタリだったから、コップの代用にした。
キャップ数杯分という微量を飲んだのち、ぬい……らしきものはペットボトルを返してきた。
「ありがとうございます……あつくてまいっちゃって……きづけばたおれてました……」
なるほど、それなら仕方ない。
ってなるかぁ!
「え、それって……熱中症……ってこと?」
こんな地球外生命体みたいな奴も熱中症ってなるんだ——なんて変な考えが私の頭を支配していた。
「はい……そんなかんじです……あ、えっと、もうすこしすずしいばしょに、つれていってくれませんか……?」
涼しい場所? 涼しい場所……あ! 駅! 私通学に駅使うんだった! というか、こんな可愛い奴、家で飼っちゃおうかな! 地球外生命体っぽいけど、まぁなんとかなるでしょ!
「オッケー! 一旦駅行こう! というか、何ならもう私の家、来ちゃう?」
「いいんですか……ぜひ……」
その言葉を聞くと、駅へ猛ダッシュした。
着くころには、汗で体中がびしょ濡れだった。
「あー! もう電車の時間、過ぎちゃった……」
私はスマホに表示された時刻を見て呻った。
猛ダッシュしたとはいえ、あの道で時間くったのはまずかったか……
よし、次の電車まで10分くらいあるし、なんとかこの地球外生命体の体を冷やしますか。
えーっと、何か使えそうなものは……自販機!
(あれだ!)
自販機に駆け寄り、水を1本買った。
ヒエヒエに冷えた水だ。
駅のトイレに駆け込むと、手洗い場の前でその水を取り出した。
次いで私のハンカチを出すと、水をまんべんなく染み込ませた。
「なにを……」
見つからないようにバッグに入れておいた地球外生命体は訊くが、「ちょっと待って」とだけ返した。
最後にハンカチをぎゅっと絞ると、地球外生命体の体にそっと掛けた。
「ひゃっ……つめたい……!」
「ね? こーすれば気持ちいいでしょ?」
制服で水気をふいた手でスマホを触った。
まだ次の電車には間に合う。
ハンカチの水で濡れないように、地球外生命体をビニール袋に入れてバッグに戻した。
よし。完璧!
改札に急いだ。
「ただいまーっ」
両親はまだ仕事だから言っても無駄だけど、中学校の時からの癖でついつい言ってしまう。
あの時はまだ母さんは家に居たからな……
でも言うて今も帰ってくるの7時だけどな。
自室のカーペットの片隅、ちょうど机の影となる場所に地球外生命体を寝かせ、適当な薄い部屋着を上にかけてあげた。
「ありがとうございます……」
「あ、ちょっと待って」
制服も脱がずに駆け出した。
たしか、熱中症になった時って、氷のうとかで脇の下とか血管が集まっているところを冷やせばよかったよね……
とは言っても、あいつ地球外生命体だけど、効くのかな……
というか、そんな掌に収まるほどの生き物に使えるほどの小さい氷のうなんてねぇよ!
「……と、いうわけで、いつも私がアイスコーヒーに使ってる氷を持ってきちゃった。モフモフしてるし、直でいいよね?」
「え、まぁ、いいとおもいますけど……」
「よっしゃ」
地球外生命体の脇に氷を入れた。
最初は冷たそうに顔をしかめていたが、すぐに慣れたのか元の顔になった。
暫く沈黙が流れた。
唐突に、地球外生命体が口を開いた。
「あの……じこしょうかい、まだでしたよね」
「え? あぁ、そうだね」
「あらためまして、ボクはアオといいます。まほうのくにから、まほうしょうじょをさがしにちきゅうにきました」
「魔法少女? あー少女漫画とか子供向けアニメでよく見る敵と戦う感じの? もしかして君ってその相棒の動物モドキみたいなポジ?」
「まぁ、そんなところです。あなたとであって、ボクはビビっときました。あなたこそ、まほうしょうじょにふさわしい!」
「はァ? ムリムリムリ私なんて! 世界を救いたいとか思ってないし、そんなアニメとか漫画とか見てないし……」
「いえ、でも、さっきボクをねっちゅうしょうからすくってくれたじゃないですか! そんなきれいなこころがあるなら、だれでもまほうつかいになれるのです!」
「ムリだって! というかひらがな字幕! 読みづらい!」
「メタいこといわないでください! そういうせっていなんですから!」
「……はぁー、分かったよ。こういう二次元の世界の人々はそこら辺は触れないのが掟だからね」
「だからメタいので、それいじょうは」
「へいへーい。気を付けまーす。……あ、私の自己紹介まだだったね。私は工藤みさき。好きなことは……」
言いかけたところで、突然ブザーのような音が鳴り響いた。
「ん何このブザー音」
「たいへんです! あくまがもうちきゅうに! まどのそとにいます!」
「窓の外? うわ、マジだ」
そこには、典型的な悪魔の形をした地球外生命体が暴れていた。
外を歩いていた人は、驚いて走って逃げていく。
「さあ! いまこそまほうしょうじょのでばんですよ! このステッキをもって『パパパ・パーティクル・ガール・へんしん』ととなえてください!」
「ムリムリムリ! 恥ずいって! これ書いてる方も読んでる方も恥ずいでしょ!」
「だから! メタはつげんはよしてください!」
「たっく、もー……分かったよ……というか、丁度いいタイミングで来たな、悪魔。絶対何か示し合わせてるでしょ」
「あわせてません! さあ! じつがいがでるまえに、はやく!」
私は、仕方なく地球外生命体……じゃなかった、アオが差し出すステッキを受け取った。
「パパパ・パーティクル・ガール・変身……」
結構小さめに唱えたのに、たくさんの光が私を包んだ。
眩しすぎる。目をぎゅっと閉じた。
光がやんで目を開けたときは、私の身なりは変わっていた。
「おー……」
そういう系のアニメでよく見るようなドレス? ワンピース? を着ていた。
ただ、フリフリでハデハデすぎる。
正直言って、全く好みじゃない。
しかも、コルセットらしきもので腹をぎゅうぎゅうに締め付けられていて、恐ろしいほど動きづらい。
靴も然り、ブーツを履いているが、ブーツなんてお洒落でしか使わない。
戦闘には、パンプスやハイヒールと並ぶほどに使えないだろう。
「マジで動きづれぇ! しかも今夏だから死ぬほど暑い! 私が熱中症なる! しかもこのカッコで町に出るの!? 私だとバレないとしても恥ず過ぎるんだけど!?」
グチが息をするように口から出てきて、やっぱり魔法少女は自分でも向いていないと分かった。
なのにアオは「それでこそまほうしょうじょ!」と言ってきて、あー! もう! ムリだ限界!
気づけば私はドレスを脱ぎ始めていた。
コルセットを外し、後ろのボタンを外し……死ぬほど面倒だった。
「え? ちょ! なにしてるんですか!?」
「うるせぇ! やってられっかこんなカッコで!」
邪魔な物を全て外すと、私服の無地Tシャツとジーンズ生地の短パンを身に着けた。
うん。動きやすい。これこそ戦闘への最適解だ。
ステッキを取って、「アオ、行くぞ!」と外に出た。
靴はもちろん愛用の運動靴だ。
アオは熱中症の名残があるからかふらついていたが、なんとか着いてきた。
外に出てすぐにその悪魔を見つけた。
魔法少女初日の私でもわかる。
この悪魔は明らかにチュートリアル用だ。
その証拠に隙だらけだ。
「あ、まほうのせつめいなんですけど……」
アオが魔法の説明をしようとしたが、そんなのもう耳に入らなかった。
悪魔に向けて走っていくと、後ろに回り、キックをお見舞いした。
「うそでしょ……」
自分でも、嘘だろ……と思うほど、悪魔は弱かった。
正直、羞恥心でヤケクソになってお見舞いしたキックだが、まさか当たるとは思ってなかった。
しかも、今ので体力の半分を削ったっぽいし……
え、もしかしてこの世界線の悪魔って弱い……?
うずくまっている悪魔に歩いて近づき、何回か軽く小突いた。
すると、悪魔は消えていった。
防御力豆腐かよ! 私でももう少し強くないとダウンしないわ!
「や、やりましたねー……これぞ、ボクがみこんだまほうしょうじょ……」
アオも意外だという様子で形だけの賛辞の言葉を私に掛けた。
人生の中で一番嬉しくない賛辞だった。
「でも、これからであうあくまはもっとつよいはずです! かくごしておいてください!」
「えー! これまだ続くの!?」
さっき道端でアオを拾ったのが間違いだった。
まさかこんな面倒くさいことに巻き込まれるなんて。
「じゃあ、魔法少女のギャラはいくらなの?」
「まほうしょうじょがギャラとかいわないでください……でるわけないじゃないですか……」
「はァ!?」
さらに面倒なことになった。
あぁ、なんにも特徴が無い普通の女子高生だったのに、たまに無給で魔法少女と称して悪魔を倒すイタい女になっちまった。
これから私、どんな顔して生きていけばいいんだろ……